烈戦記
第十三話 〜大将着陣〜
『...はぁ』
隣で豪統様が何度目かになる溜息をつかれた。
『豪帯様も何れわかるようになりますよ』
『...気苦労をかけてすまぬな』
そして何度目かになるやり取りを済ませた。
少し前にこの陵陽関は先の事件により戦争に向けて会都から正式な軍の派遣を通達された。
そして今ここ陵陽関北門では軍の迎え入れに向けての通達より前に、正式には事件後直ぐに豪統様と私は交通整備に手をつけていた。
今回は前回の御子息殿のように緊急では無く、有る程度余裕を持って(それでも急ではあるが)交通整備に取り掛かれた事と、商人達の友好的な理解の元なんとか迎え入れ前に整備を終わらせる事ができていた。
そして我々は今派兵の通達日と会都からの距離で予測を立てた上で今日その派兵を迎え入れる為に朝から北門で待機している最中だ。
憂いは無い。
それは相手があの御子息殿の父上殿であっても今の所隙は無いはずた。
それなのに何故こうまでも隣の豪統様は溜息をつかれておられるのか。
それは今より少し前の昨日の事になる。
『嫌だ!』
『帯よ...わかってくれ。私はお前の事を思って...』
『絶対に嫌だ!』
予想通りといえば予想どおりだ。
今私と豪統様は豪帯様が目を覚まされたという事で豪帯様の寝室に来ているのだが...。
『僕だって父さんの役に立ちたいんだ!』
『何度も言うがお前を今回の戦争に関わらせるつもりは無い!戦争は政の手伝いとは訳が違うんだ。...お前の気持ちはわかるが...』
『それでも僕はここに残る!』
『帯!』
『嫌だ!』
と、このように今後の豪帯様の件について豪統様と豪帯様が珍しく意見をぶつからせている。
豪統様の意見は、まだ未熟で初陣どころか軍への従軍すらまだまともに行った事の無い豪帯様を戦争に出すわけにはいかないと再び元いた村へ避難させるというものだ。
対して豪帯様の意見は...とにかく何でもいいから父の手助けがしたい、といったところだ。
『凱雲!凱雲からも何とか言ってよ!』
『えっ?』
不意に名を呼ばれて腑抜けた返事をしてしまった。
どうやら豪帯様が私に助けを求めてきているようだ。
だが、残念ながらはたから聞いていた私からは豪統様の意見はもっともなものだった。
仮に豪帯様がこの関に残られたところで戦争になればできる事は無い。
そればかりか、この関にはあの洋班だけにとどまらずそれの父が来るのだ。
私は洋循という男を知らない。
しかし子が子ならとはよく言うのだからいつまた豪帯様が危険な目に合わされるかわからない今警戒はしなければいけない。
そうなれば手間が増えるだけだ。
『...凱雲。わかってはいるとは思うが...』
しかし、かといって豪帯様の意見も無視するにはあまりに酷というものだ。
これは完全に情であるが、豪帯様は豪帯様で幼い頃から甘えるべき親から離れてずっと叔父の元に預けられて今までを過ごして来たのだ。
そう思うと積もる思いもあるだろうし、何よりその父を気遣って我儘を押し殺してきたのだから一言可哀想だというのがひっかかる。
『『凱雲!』』
『...』
二人の言葉が合わさる。
どうやら傍観者のつもりがいつの間にか両意見の決定打のような立ち位置になっていたようだ。
さて...どうしたものか。
義理と道理をとるか。
はたまた人情をとるか。
『私は...』
口を開く。
二人が更に私に集中する。
そしてその私の意見は...。
『私は豪統様の意見が正しいと思います』
『...ッ!』
『...』
豪統様を選んでいた。
当然といえば当然だ。
まず、主人である豪統様への義理を抜いたとしても道理を捻じ曲げる事はできない。
それに人情で言えばそれは豪統様にだって言える事だ。
子に子の悩みがあれば、その子の親にもまた親の悩みがあるものだ。
残念だが、今回は豪帯様本人の為にも諦めてもらおう。
『...』
『...』
『...』
無言な空気がこの部屋を支配している。
だが、その中でも豪帯様は俯きながら降ろしている両手に拳をつくりその小さな身体を震わせていた。
それはさながら噴火直前の火山のように。
『...帯』
『もういいっ!!』
『帯!』
案の定豪統様が豪帯様に声をかけるや否や声を張り上げて部屋を飛び出していった。
『...』
『...』
部屋には再び無言な空気が流れた。
...これは当分私も豪帯様に口を聞いていただけないだろう。
『...はぁ』
その重苦しい空気の中で豪統様は部屋にあった椅子に腰を下ろした。
しかし、木の椅子特有のギシッと軋む音は相当量な物体を受け入れた時の様に重たく、そして深く聞こえた。
『お疲れ様でございます』
『あぁ...』
豪統様に声をかける。
それに対して豪統様は天井を仰ぎながらいかにもといった感じで返事を返してきた。
『...はぁ』
そして今に至る。
豪統様は思いのほか豪帯様の言葉が響いているようだ。
そりゃ親としては子の想いはできるだけ反映させてやりたいというのが親心というものだ。
特に豪帯様のように普段我儘を言わない子の願いとしては尚更だ。
しかし時として親はその子を正しい道、または安全の為に厳しくならなければいけない時がある。
しかしそれを仕方ない事と綺麗に割り切るには豪統様は優し過ぎるようだ。
『...私だってできる事ならあいつと一緒にいてやりたい。しかし、...』
また豪統様の一人語りが始まる。
これで何度目になるのか。
豪統様は豪帯様が絡むとどうにもこう...女々しくなられる。
今に始まった事ではないが。
私は表情に出さないように聞き耳だけは立てたまま前方遥か彼方を見た。
『...ん?』
『しかし、私はこんな情けない姿を見せつづける訳にはいかない。そうなれば他ならぬ帯自身に...』
『豪統様』
『...思いをさせるばかりじゃなく再び同い年の洋班様にいびられて...』
『豪統様』
『...ん?どうした?』
『見えたようでございます』
『...来たか』
完全に自分の世界に入り込んでいた豪統様に呼びかける。
それは正面に広々と広がる土砂ばかりの荒野とその端に広がる青々とした木々の隙間から時折見せる険しい岩肌を見せる山々の景色の中に微かな砂埃を見せる一団の姿が見えたからだ。
『...』
僕は父さんと喧嘩別れした後、部屋の荷物を整えて北門へ向かっていた。
理由は自分が数日前までいた村へ戻る為だ。
しかし、旅支度と言うには余りにも寂しい様相だった。
腰に差した一振りの得物と数少ない荷物を背中にかけた、ただそれだけの準備。
それはこの関に来た時と同じ量の荷物。
本当ならもっと荷物が増えているはずだった。
この関に来る前は余分な物は全て置いてきた。
理由はただ物が無かった事もあるが、それよりもこの関での生活を一つの自分の中での分岐点にしたかったからだ。
自分に必要なもの、自分の思い出のものは全てここで手にいれるつもりだった。
しかし、それが叶う事は無かったようだ。
それを持って行く荷物を整えている時に気付いて思わず泣いてしまっていた。
我儘なのはわかってる。