烈戦記
第二話 〜道中〜
『本当にあいつは餓鬼だよ!!』
僕は焚き火の前で急に声を荒げた。
『…別れ際のあれですか?』
凱雲が簡素に、そして事務的に答えてくる。
半ば聞き飽きたように思えるその反応もそのはずで、かれこれ3,4回は繰り返していると思う。
しかし、わかってはいても何かの拍子であれを思い出してしまい悶えそうになる。
『だって別れ際だよ!?何であんな時くらい黙ってられないのかな!?』
『まぁあの少年もまだ年が年ですし…』
『そうだけど…そうだけどもっ!!』
あの瞬間が思い出される。
凱雲に持ち上げられた瞬間のあの何とも言えない変な空気。
恥ずかしさのあまり目を合わせられないから後ろを向いていたが、多分相当呆気にとられていたのではないか。
そして馬に乗せられた時の沈黙…からの堰を切ったような笑い声の嵐、波。
その時の顔の熱さと着たら火を吹いても可笑しくなかったんじゃないかと思えるくらいの恥ずかしい思いをした。
『僕だって…僕だって一人で馬に乗りたいよ!!』
はたから見たら僕が馬術の心得が無い、もしくは何らかの過去の悲劇によって乗れない人間に見えるであろう台詞を叫んだ。
しかし、それならまだ励ます方にも励まし方があるというものだ。
だが僕の場合ではただ単純に背なのである。
しかも既に背の伸びる肉体の限界に位置するであろう歳である。
こればかりはもうどうしよもない事である。
実際そんな不憫な人間が目の前で嘆いていても僕は愛想笑いしかできないであろう。
『豪帯様』
『あ、…ありがと』
どうやら泣いていたようだ。
凱雲が布を渡してくれる。
僕はそれで目を拭いたあと、鼻をかんで凱雲に返す。
それを凱雲は何でもないように懐にしまう。
『…なんかごめんね』
『豪帯様』
何度も繰り返している一連の会話の流れでいくと、ここで凱雲が"いえ"と呟く事で話が終わっていた分名前を呼ばれた事で少し不意をつかれた。
『何?』
『ある偉人の話をしてあげましょう』
『ある偉人?』
『かの者は後に覇者と呼ばれた男でありました。武にも文にも通じ、そして人材をこよなく愛した人間でありました。その者は初めは身分卑しく、出世への道は遠いものでした。しかし、彼は大陸を駆け、強者を破り、人から愛されついには自らの国を持つようになりました』
『…かっこいい』
『ええ、彼は色々な人間から憧れの眼差しを受けておりました。しかし、彼にはある弱点がございました』
『弱点?』
『ええ、それは背です』
やっと凱雲が何を言いたいかを理解した。
『かの者は護衛の兵よりも小さく、一度軍を率いれば馬に乗らねば見失ってしまう程でした。しかし彼からでる覇気は凄まじくそんなものを毛程も思わせないくらいの方だとか』
『…僕もそんな風になりたいな』
『なれますとも。いくら外見が良くとも大切なのは内に秘める器であります。それが大きければ大きい程に溢れ出るものは計り知れないものとなるものです。豪帯様も胸を張ればよろしいのですよ』
『うん…わかったよ』
そうだとも、背なんか一々気にしてるようじゃ大事なんか成せるものか。
自分は目指すならもっと大きな存在になりたい。
強く、優しく、そして見た者全てを虜にしてしまうような存在。
そう…あの方のように。
僕は懐の得物を握り締めた。
『大切にされているのですね』
凱雲が気付く。
『うん、これは僕の宝物だから』
そう、僕ら家族を救ってくれたあの方のように。
『…いつか鮮武様のように』
そう呟いた。
しかし僕はこの時凱雲が微笑ましくもどこか影を落としていた事には気づかなかった。
『そうだとも!!僕には器があるんだ!!あいつがなんて言おうと背なんか屁でもないんだ!!ざまーみろ!!』
そう声高らかに宣言する傍で凱雲が頭を抑えて大きな溜息をついたのは言うまでもない。
夜が深くなり、野営の為の簡易テントで僕は横になっていた。
凱雲は見張りをしてくれるのだと言って外にいる。
毎回毎回遠出の際は凱雲が寝ずに見張りをしていてくれる。
そもそも関の守将である父さんの副官が一人で護衛というのも変な話だが、この凱雲が"村に兵が押しかけても民が不安がるでしょう"、とあえて一人で行く事を提案したそうな。
確かにそうではあるが、街道がありはしても村を出れば賊に合うというのは良く聞く話である。
それなのに自分の一人息子を凱雲一人に任せるのだから父さんも相当凱雲を信頼しているのだろう。
しかし、たまに関での凱雲の訓練の様子を見る事があるが、ほとんど号令ばかりで、たまに兵と手合わせしても負ける所は見た事が無いが、イマイチ強者と呼ぶには迫力が無い印象だ。
ただ、本気を出したら強そう。
僕の認識はそのくらいだ。
そんな凱雲が外で見張りをしている間僕はというと簡易テントの中で明日に備えて布団に潜っている
よくよく考えれば凱雲は父さんの部下であって僕の部下ではない。
これまで凱雲本人が何も言わずにただ当たり前のごとく尽くしてくれていたから気づかなかったが、相当な事を僕はしてもらっているのではないか。
そう思いはしたが、仮に見張りを変わったとしても、僕が見張りを全うできるかは不安である。
確かにある程度関で父さんや武官の人達、凱雲から剣の腕は仕込まれていてそう簡単に賊にやられるとは思わない。
だが、本当の闘いを僕は知らない
あくまで訓練や修練の域を越えたものを見た事がない。
そう思うとやはり不安である。
『…僕もいつか戦場に出るのかな』
血を見るのは嫌だ。
痛い思いもしたくないしさせたくない。
戦場で命を掛けて戦った兵士から言えばこれ程馬鹿げた話は無いだろう。
だが本心がそう言ってしまっている。
一体僕はこの先どんな道を歩むのだろうか。
そんな思いに耽っていた。
『野郎共!!囲んじまえ!!』
そんな時、それらは現れた。
急な怒声と共に深夜で静かな雰囲気は去り、辺りは騒然とした空気になった。
僕は慌ててテントの外を見る。
どうやら賊に見つかったようだ。
相手は…
約18人…
まずい。
本当にそんな状況だった。
それと対峙するのは2mの大男一人
いくら強いとはいえ相手の数が数だ。
しかも凱雲を恐れていればまた話は別だか、賊達の目はそれではなかった。
警戒は必要だが戦える。
そんな目をしていた。
僕は自分が敵を倒せるかどうかを御構い無しにとにかく僕らが少しでも有利になるように加勢しようとする。
生き残る為に。
『…豪帯様、手出し無用にございます』
それを察したように凱雲が小声で止める。
一人で大丈夫な訳がない。
そう言おうとしたがその前に彼は言った。
『この程度、私一人で十分です』
相手は18人。
それを前にして"この程度"と言ってのける彼はいったい幾つの修羅場をくぐり抜けて来たのだろうか。
決して僕を危険な目に合わせないようにとかそんなのではない、確固たる自信がその言葉にはあった。
『荷物と有り金全て…』
賊が喋り始めた。
『『控えろ!!』』
夜空に怒号がこだました。
一瞬心臓が飛び出るかと思った。
現に今僕の身体は強張って動けない。