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烈戦記

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そして凱雲と対峙する賊達はその怒声に咄嗟に後ずさりした者や尻餅をついた者もいた。

こんな凱雲見た事が無い。

『貴様ら、覚悟はできておろうな』

そう言って凱雲は得物である大薙刀の刃に被さった布を取る。
その刃は月に照らされて怪しく光を放っていた。
それをこんな状況でも素直に綺麗だと思ってしまった。

『や、野郎共!!かかれ!!』

完全に空気に呑まれてしまってリーダー格の賊の号令はなんとも情けなく、"勝った"と一瞬で勝利を確信した。
18対1で剣も交えていないのに、である。
それくらいに凱雲が頼もしかった。

賊の一人がなんとか凱雲の前に出る。
明らかに怯えているが、勢いに任せたその身体は既に止まる事を許さない。
自分をわざと死地に追い込んでなんとか凱雲に斬りかかる。

『うわぁぁぁぁ!!』
『ふんっ!!』

大薙刀が賊の頭へ振り下ろされた。

一瞬の出来事。

賊は身を守ろうと剣でその斬撃を受け止めた。

だが、大薙刀の刃はその勢いのまま賊の身体を真っ二つに引き裂いた。

剣もろとも。


鮮血が飛び散らしながらその肉片は左右に落ちた。

『あぁ…あぁ…』

既に賊達からは闘いの意思は感じられず、目の前の惨劇を見せられた恐怖の感覚がヒシヒシと伝わってくる。

すごい。
これがあの凱雲なのか。
そう感じたのと同時に恐怖を覚えた。

『…次の相手は誰じゃ?』

『に、逃げろ!!』

その声で賊達が一目散に散らばっていく。
しかしそれを追おうとはせず凱雲は仁王立ちしている。

この人には敵わない。
自分の腕がどれほどのモノかを理解させられた。

『…豪帯様、片付きました』

凱雲から声をかけられる。

『う、うん』

まだ身体が震えている。
足が立たない。
初めて人と人との"殺し合い"を目の当たりにしてこの様である。
本当にあの時僕は顔を出さなくてよかった。

『これが私達兵士にございます』

そう言うと凱雲は肉片の片割れを持ちあげて森の方へ向かう。
その意図を察して声を上げた。

『あ、凱雲!!待って!!』
『ん?どうかなさいましたか?』

なんとかおぼつかない足取りでテントから出る。

『死体の…お墓作らない?』
『…』

凱雲は呆気にとられていた。

『賊の死体に情けは無用でございますよ』
『いや、そうなんだけどさ…』

凱雲に近寄る。

『多分…この人も何かがきっかけで賊になったんだと思うんだ。』
『…賊一人一人に同情していては霧がございませんぞ』
『わかってる。ただ、今回は一人だけなんだしさ。これくらいはいいかなって』

その言葉に凱雲は空を見上げた。

そして溜息をついた。

『お父上とそっくりでございますな』



本当なら僕の我儘だし僕自身も一人で墓を作る気でいたが、凱雲は何も言わずに手伝ってくれた。
本来なら森の中にある街道という事である程度深い場所に放置して
おけば獣や自然に処理してもらえて疫病の心配ない。
これが村や街ならまた話は別だが、ここは人通りの少ない田舎の街道。
内心は無駄な手間が増えた事に不満はあるとは思うが、それでも手伝ってくれるのが凱雲のいい所だ。

そして簡単なお墓ができた。

『ふー、できた』
『ええ、彼も賊の身でここまでされては来世では悪さはできないでしょう』
『…凱雲、ありがと』
『いえ』

そうして床へとついた。



『…ん〜…ん〜』
『…』

朝、日が登りかけで僕らは馬を進めていた。
昨日の夜の出来事で相当寝る時間を削られてしまったようですっかり寝不足である。

まぁ隣の凱雲は一睡もしていないのだが。
そう思うと毎回毎回大変だなと思う。

『…豪帯様、手綱はしっかり持たないと危のうございますよ』
『ん〜…』

凱雲が溜息をついた。



豪帯様がワシの前に座りながら馬の動きに合わせて体を揺らしている。
一応馬の手綱を握りながらも体を抑えてあげてはいるが、その小さな体はいつ自分の腕から落ちてしまうか分からない。
あまり気を緩めるわけにはいかない。

先ほどまで意識をなんとか保っていた豪帯様ではあったが、あまりの不安さから豪帯様を勝手に自分の馬に乗せたはいいが、いざ乗せてみるとこれはこれで危ない気もする。
まったく、豪帯様は不憫というかなんというか。

本人も相当気にしてはおられる様だが、こうして自分の前に乗せてみると本当にまだ子供ではないかと思わされる。
これでまだ中身が威風堂々としていればそれなりに威厳が出るというものだが・・・
豪帯様にそれを求めるのは酷である。
多分性格上親に似て、とてもではないが人に厳命を強いる事はできないであろう。
実際豪帯様はそれはもう周りからも大切に育てられているようだ。
人を使う事をできるようになるまでは先が長くなるじゃろう。
そうなって来ると後は体の成長に任せるしかないが・・・豪帯様は既に18になられている。
もうこの先には期待できない。

どうしたものだろうか。
豪帯様はいずれ豪統様を継がねばならなくなる。
そうなる前に、それなりになってもらわねばならない。
・・・しかし、村での子供達との喧嘩を見ているとどうしても不安になる。

「はぁ・・・」

不安。
ただただ不安である。


昨夜の事を思い出す。
豪帯様が作られた賊への墓。
あれは本当に賊の事を思って作られていた。
そう、とても丁寧に。

それこそ、その賊に家族を殺された人間があれを見れば豪帯様を蔑み恨むだろう。
そうでなくても、賊は賊である。
情をかけるなど普通は考えない。

だが豪帯様は言われた。
”この人”と。

豪帯様を見ていると考えさせられる。
人に害をなす存在をそれでも同じ人として見る豪帯様は悪なのか。
それとも同じ人でありながら賊だという理由で人としての権利を奪う自分達が悪なのか。

・・・私にはわからない。
少なくとも私が賊を賊と、敵を敵と見れなくなったらこの薙刀を振るうことすらできなくなる。
そんな事は決してないし、あってはならない。
私は兵士なのだ。
武人なのだ。
豪統様より恩を受ける以上は、私は豪統様の為にこの薙刀を振るい続けなければいけない。


・・・これについて考えるのはここまでにしよう。

そうして空を見上げてみる。
そこには青く晴れ渡った世界とそこを自由に飛びまわる鳥たちがいた。

何にも縛られる事無く空を飛べる彼らならその答えを分かるのかもしれない。

同じ仲間を殺める事の無い彼らなら・・・。

そうして視線を落とす。
そこには口を無防備にあけ、口の端から涎を光らせている豪帯様がいた。

そうだとも。

平和な世には彼のような存在が必要なのだ。

穢れを知らず、そして自らの手を汚したことの無い彼のような存在。

「・・・ふっ」

何を心配していたのだろうか。
馬鹿らしくなってしまって思わず笑いがこみ上げる。
そうだとも。
その為の私たち兵士なのだ。
豪帯様にできない事を私がやり、豪帯様の望むような結果をさしあげればいい。
豪帯様本人が未熟であればそれを全力で支え、それを補ってやればいい。
至極簡単なことだ。


「・・・見えたか」
作品名:烈戦記 作家名:語部館