烈戦記
『私は誰よりも奴宮と共に戦場を渡り歩き、また私事についても共に酒を酌み交わして来た。それを副将ごときにとやかく言われる云われなど毛頭無いわ…ッ!』
私はできる限りドスの聞いた声で、そして淡々と脅すように牌豹へと話した。
牌豹は話の途中で既に私の目を見る事ができなくなっていた。
場はこれ以上に無いくらいに静まり返っていた。
牌豹自身にもそうだが、既に周りにも十分に牌豹の立場を示せただろう。
そろそろ罰を言い渡す頃合いか。
『…なら』
『ん?』
『なら何故…』
だが、牌豹の口からは思わぬ言葉が飛び出した。
『何故貴方は、そんなにも飄々としていられるのですかッ!?』
『…』
辺りが更に凍りついた。
本人の顔色も真っ青だ。
だが、それでも尚真っ直ぐと私の目を見て訴えてくるこの若者。
そんな若者に対して私は素直に呆れていた。
こいつは本当にあの奴宮の下に居たのかと。
信賞必罰は絶対。
それをそこなえば軍紀が緩む。
軍紀が緩めば兵は弱くなる。
それは軍に関わる人間なら誰しもが理解し、そして守り通していくものだ。
当然その軍紀の根源には上下関係というのが存在する。
だが、彼はそんな軍の線引きすら飛び出して私に喰いついてくる。
しかも、既に自身にその罪が降りかかり、また私が周りにも十分に理解できるようにそれを罪だと示した後にだ。
さらに用兵にかけては軍中で秀でていたあの奴宮の副将がこれなのだ。
いったい彼はどうして彼を副将に選んだのか。
私は内心苦笑いをしていた。
だが、もう一つ私には彼に抱く感情があった。
『それはな…』
『奴がお前を残したからだ』
『…え?』
それは彼の肝玉の太さや若さへの素直な称賛と期待だった。
『確かに奴宮の後釜としては些か以上に足りないものは多いようだが、お前が奴宮の仇を取るのだろ?』
そうだ。
今は戦時に突入する重要な時期。
だが、そんな時だからこそ彼の様な若くて勇気のある人間が必要じゃないのか。
今この国の大事を扱う人間は13年前まで前線で戦っていた歴戦の勇将達。
されど13年もの年月によって歳をとった古参老将達ばかりだ。
彼らはいずれ自らの役を誰かに渡さなければいけない。
そんな状況で未来ある若者を失ってもよいのだろうか?
こいつの場合は些か深慮には劣るが、それは私達が導いてやらねばいけない。
それが、国の未来の為なのだ。
『どうなんだ?』
『…え?あっ、えっと』
そして何よりあの奴宮の奴が後事を託していった若者なのだ。
ならば、彼以外に奴宮の代わりは務まらないのだろう。
私は奴宮を信じて彼を使う事にした。
『も、勿論です!必ずや凱雲の首をとってきます!』
『では、戦の中でかならず凱雲の首をとってまいれ。それで今回の失態を無しとしてやる』
『は、はい!』
だが、落とし所はしっかりとせねばならない。
私は牌豹に罪の償いを約束させた。
辺りは今のやり取りで一気に緊張が緩んだのか安堵の空気に包まれた。
だが、本当はここからが大変なのだ。
我々蕃族は形はどうであれ、再び北の大国"零"と戦をしなければいけないのだ。
幸い13年の平和な月日の中で国の内需は整った。
軍備だってしっかりと有事に備えて蓄えてきた。
兵も屈強。
あとは、私達がどれだけ勇戦できるかにこの国の存亡がかかっている。
もう、豪統殿のような変わり者は今後数百年この国には現れないだろう。
だが、だからこそ彼が残してくれたこの機会を生かして私達は自らの血を誇り、蕃族の地位を盤石にしなければいけない。
もう他国には頼れない。
私達は私達の道を進まなければいけない。
『皆の者!良く聞け!』
私は緩みきった空気の中で一際喝を込めた声で辺りへ叫んだ。
それによって兵は皆異質な雰囲気を察して再び静まり返る。
『これより晏城へと戻り、これからの北国との大戦に備え、守りを固める!』
大戦。
そうだ。
これから再び北との長い戦の日々が始まるのだ。
『平和は終わった!もう一度言う!平和は終わったのだ!』
もう偶然の平和は訪れない。
だからこそ、今度は私達で万年の平和を作るのだ。
『皆、再び気を引き締めよ!』
『オーッ!』
屈強な男達の雄叫び。
しかし、その雄叫びはどこかさみし気に、そして悲し気に私には聞こえた。
そんな雄叫びに包まれた村跡地でただ一人夜空を眺めた。
だが、その空は既に夜空というには不十分な程に明るさを取り戻しつつあった。
夜が終わる。
平和と共に。