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烈戦記

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彼の慢心に日時眉を寄せていた私としてはこれ程に透いた気分になれた時は無い。
隣ではそれに気付いた牌豹が顔をみるみる赤くしているのがわかった。
まったく…。
手が掛かる息子程可愛いいとは良く言ったものだ。

だが、それも最後になるかもしれない。
私は緩んだ口元を引き締めて牌豹を見返した。

『なぁ、牌豹よ』
『…なんですか』

牌豹は私の様子の変化に気付いたのか赤く染めた表情を引き締め直した。

『私はこれから奴に一騎打ちを仕掛ける』
『や、奴にですか…?』
『なんだ?私では役不足とでも言いたいのか?』
『い、いえ!そんなつもりじゃ…』

彼は直様顔を背けた。

武人としては敵の将よりも武で劣っていると言われるのは何より悔しい事だ。
だが、今回ばかりは牌豹の見立ては正しいだろう。
私では彼の足元にも及ばない。
それは奴の今尚続く戦働きや、牌豹を打ち破った実績によってわかる。
牌豹と私の腕の差は前までは私の方が上であったが、最近手合せは無くなっているものの、歳による腕の訛りと彼の武術の成長を見る限り、既に抜かれているだろう。

そんな事を私の一番目近で働いてきた牌豹がわからないわけがない。
牌豹は何とも言えない表情をしていた。

普段は人の話しを聞かない癖に一丁前に人の心配はしおって…。

だが、それでも私には奴に挑まなければいけない理由があった。

まず第一に、兵士達の士気だ。
私が到着するまで彼らはこんな化け物相手に勇気を振り絞って挑み続けていたのだ。
普段の訓練や将と兵との信頼の現れと言ってしまえばそれまでだが、それももう限界であろう。
現に、兵士達は私が来てからはそれまで苦悶と恐怖に歪ませた表情を期待と安堵の表情に変えているのだ。
これでは仮に兵の被害を顧みずに再びあの鬼神への突撃を命令しようものなら、彼らはきっと私への、また国への信頼を落としてしまうだろう。
更に、一度絶望から救ってしまった兵士達だ。
安堵に染まった彼らを再び決死の覚悟にさせるには並々ならぬ力が必要だ。
そしてそんな力を持つ者など、私はおろか、どこの国を探したっている訳が無い。
人の心とはそういうものだ。
しかし、だからと言ってこのまま何もせずに奴らを逃がせば、それはそれで我々蕃族の名誉に関わる。
だからこそこの一騎打ちには我々の、そして奴らの引き際になるという意味を持つ。

そして二つめの理由は私自身の問題だ。
既に私に限界が来ている事は少し前から知っている。
訓練時に馬に跨れば、馬を制御する為の手綱に力が入らない。
久々に訛った感覚を取り戻そうと薙刀を握ってみれば、それまでは小枝のように感じた得物にズッシリとした感覚を覚えるようになった。
そんな老いを感じる状態で北国との戦が始まってしまったのだ。
私はきっと昔程の成果を残す事は出来ないだろう。
そして、それは国の重鎮として、そして古参としてはプライドが許さない。
私はこの戦を戦い抜くには、余りにも歳をとりすぎてしまった。
だからこそこの戦。
武人として老害に成り果てるより、私は最後の数少ない戦場で華々しく散りたい。
それが出来なければ引き際を見極めて大人しく隠居しなければならない。
それだけは嫌だ。
そしてその散り際にこの戦は持ってこいだ。
死に際に意味を持たせるのは難しい。
だが、今回は偶然にもその意味ができていた。

『牌豹、もし私が負けた時はそのまま兵を引き上げ、形道晃様に有りのままの出来事を伝えろ。いいな?』
『…奴宮様、それはつまり』
『なに、もしもの時の為だ』
『…』

牌豹は私の意図を察したのか、何かを考えるように押し黙ってしまった。
多分牌豹の事だ。
私が一騎打ちで負けを見越した上で奴に挑むのは分かってはいるが、何故そんな一騎打ちにわざわざ挑むのかは分かってはいないだろう。
だが、これはもう経験の差だ。
こればっかりは牌豹自身が兵を束ねる一軍の将にならねば理解は出来ないだろう。

『そりゃぁ!』
『あっ!』

私は牌豹が次に発するであろう静止の言葉が出る前に馬を走らせた。



『凱雲!』
『む?』

私は薙刀を脇にしっかりと挟んで動かない凱雲の前に飛び出した。

『そなたは確か…』
『あぁ、そうとも。私は八年前のあの場にいた者よ』
『…そうか』
『よもや主らから同盟を裏切るとはな…』
『…』

凱雲はその言葉に表情を曇らせた。
別に本心で攻めているつもりはなかった。
多分凱雲達は否が応でも従わなければ行けはかったのは想像がつく。
だが、仮にそうだったとしても我々蕃族が一度でも彼ら北国と共に歩もうとした事。
その事実がどれだけ重く、そして大きかったのかだけは知っていて欲しかった。
そしてもし、今後北国と蕃族がもう一度共に歩もうとした時、二度とその誓いが崩れないようにしたかった。
そんな期待を込めての言葉だった。

『凱雲よ…。行くぞ』
『…』

凱雲は悲しそうな表情のまま馬上でその大薙刀を自らの頭上高くに振りかぶる体制をとった。

『あ!奴宮様!』

そして後ろからは牌豹の声が聞こえてきた。
それから察するにあの構えこそが彼の恐ろしさなのだろう。
だが、そんな事は改めて言われないでも私に慢心は無い。
私の生涯の全てを乗せてこの一瞬にかける。

私も自らの薙刀を後ろに構えた。


『我が名は奴宮!いざ!』


そして私は馬を走らせた。







奴宮という老将との一騎打ちは一瞬だった。
というのも、彼の腕が私に大差をつけられていたわけではない。
かの老将は正しく決死の、引くを顧みないその構えからの一撃を持って挑んできた。
そして、それは正しく彼が一流の"武人"であった証であった。
これは命のやり取りの場である戦場、また一騎打ちにすら今後の余生を根元に置いてしまう並の将ではできないものだ。
彼はきっと私との格付を既に見定め、そして尚挑んできた。
だからこそのあの一撃だったのだろう。
そして、格付を終えて尚挑んできたその理由もまた一流の"将"だった。
周りで見ているだけの敵味方の兵には到底わからないかもしれない。
だが、私は彼が最後に見せた"武人の散り際"を死ぬまで忘れないだろう。

『…見事なり』

私の口からは自然とその言葉がもれた。
そして馬を返し改めて振り返るその老将の亡骸に私は左手で畏敬の意を現した。

"武士とはかくありたいものだ"

私は閉じた瞳の奥でこの老将の様に先は余り長く無くとも、きっと武人の名に恥じぬ散り方をしようと自分に言い聞かせた。


そして、感慨に浸るもそこそこに私は彼がその命を持って残した意味仕上げの為に瞳を開いた。



『他に我に挑む者はあるか!』

私はいつの間にか敵味方共に静まり返っていた戦場で声を張り上げた。
そしてその声に皆一様に時間が動き出したかのようにざわめき始めた。
既に決着は着いていた。
だが、幕引きこそしっかりやらねば、きっと今この瞬間に起きた出来事に水を指しかねない。
私は敵側に戦意が無いことをしっかりと味方や敵自身に確認させた。

『引くぞ!』

そして私は終えた戦場からの撤退命令を味方へ出した。
作品名:烈戦記 作家名:語部館