烈戦記
だが、北国が小国の集まりから戦国六雄の傍、烈に纏まってからは北からの圧力が増し、此方は本格的に軍事力を持たねばならなくなる。
更にその烈すらも呑み込み広大な領土を有した零と隣接してからは尚更だった。
しかもその頃の北国零は更に膨張を続け、いつの間にか北の国々を統一してしまっていた。
その間にも我々は牽制や防衛の軍事費に国庫を蝕まれ続け、零には遠く及ばないにしてもそれなりの領土を有していた筈の我が国は栄えるどころか、発展は遅れ、内需は安定せず、挙句に敵国の商人達との交易によってなんとか国を保っている有様だ。
そして、その商人との交易によって国の情報が漏れてしまっているようだ。
…だが、我々には商人達を規制する事はできない。
そんな状況下では豪統殿の話しは渡りに船だった。
…だが。
"豪統殿、貴方の言い分はわかりました。確かに、我々はその領土には見合わない程の軍事費に頭を抱えております"
"そのようで"
"しかし、それでもこの話しはお受けできませんな"
"…何故です?"
そうだとも。
我々は誇り高き民族、蕃族なのだ。
北国では敵国の人間を拉致しては犬馬の如く奴隷として扱うのが習わしのようだが、そんな下劣な民族に屈する様な我々では無い。
現に今までの戦の中で我ら同胞もその奴隷の一部として連れ去られているのだ。
だからこそ我々は苦しい中でも国庫を割き続け、ひたすら同胞を助ける為、またこれ以上同胞に手を出させない為だけに兵を出し続けているのだ。
それが我々と北国との歴史であり、払拭できない関係なのだ。
停戦は勿論、同盟などは言語道断だ。
"…我々との歴史は知っておりますな?"
"…えぇ"
"仮に我々は最後の一兵になろうとも、その信念を、同胞の恨みを忘れる事はござらん"
"…そうですか。では再び戦場でお会いしましょう"
"あぁ、何時でも参られよ"
"…では"
交渉は決裂。
短い言葉を交わし、豪統殿は我々に背を向け内宮を出ようとする。
"待たれよ、豪統殿"
"…"
だが、それを父上は制しされた。
"敵国の、しかも大将首がわざわざ敵陣ど真ん中まで護衛一人で来るとは…覚悟はして来ただろうな"
父上が宮座から腰を上げて腰から剣を引き抜いた。
そして、それを待っていたと言わんばかりに内宮にいた重鎮達も剣を引き抜く。
それもその筈。
敵国の大将が護衛一人で我が国に乗り込んで来たという事は"貴様ら何ぞ護衛一人で充分"と言っているようなものだ。
皆舐められたものだと言わんばかりに目をギラギラとさせてその瞬間を待った。
それを察し豪統殿の傍らにいた凱雲が持っていた長柄の獲物の刃から布を取り払い大薙刀を構えた。
その時の彼から怯えたなどは一切感じられず、迫り来る者全てを薙ぎ払ってやると言わんばかりの不動の面様をしていた。
その気迫に冷や汗をかいたのを今でも覚えている。
"形道雲殿…敵国の使者に刃を向けてもよろしいのですか?"
一触即発の空気の中、豪統殿が背中越しに父上に話しかけられる。
"何分、戦育ちの性分でしてな。敵国の人間相手に対する礼を私はこれしか持ち合わせておらんのだ。悪く思うな"
そう口元を釣り上げながら父上は言われた。
決定的かと思われた。
私はこれから始まる戦闘に備えて構えを更に深くする。
…だが。
"でしょうね。実を言うと私達も武官の出でしてね。わざわざ敵国まで赴いて喋るだけの役には些か心残りがありましたゆえ…"
豪統殿はゆっくりと腰から剣を引き抜いた。
"しかし、もし来られるのでしたら用心なさいませ。私はともかく、この護衛凱雲はそう安安とは打ち取れませんぞ"
"何?凱雲だと?"
明かされた護衛の名で私を含めて周りがどよめいた。
我々の所には今の北国に三人の鬼神がいると伝わってきていた。
まず、初めにこの国より北に位置する場所に住む騎馬民族、荒涼蛮の王、?p@{!#
次に零国の将軍にして旧戦国六雄"童"の武門名家、乱家の若武者、乱獲。
そしてその彼らと互角に渡り合った無名武官の懐刀…。
それが三人目、凱雲だと。
"…果たして、今ここにいる武官で足りますかな?"
顔は知らないとはいえ、まさかこんな所で北国の武の頂点の三人の内の一人と対峙する事になるとは。
豪統殿の言葉に私達の緊張は一気に高まった。
…だが。
"ふふっ、ふははははっ!!"
"ち、父上!?"
その緊張は父上の豪快な笑声と共に消し飛んだ。
皆が皆どうしたと言わんばかりに父を見る。
"いやいや!何とも清々しい武者振りではないか!"
"そ、そんな事言っている場合ですか!奴らを早々に…"
"よいよい。皆、剣を下げろ"
"父上!?"
そしてその父からは思わぬ言葉が飛び出した。
皆が渋々と剣を下ろしていく。
"…刑道雲殿、これはどういうおつもりで?"
"いやなに、そなたらの豪胆振りに敵ながらに惚れましてな"
"父上!何を言われますか!"
"お前は黙っておれ"
"…ッ"
"…ワシは歳を取りすぎたのかもしれん。そなたらの姿に胸が空いてしもうたわ"
"…情にございますか?"
"いや、勘違いしてもらっては困る。ワシはただ、そなたらの首をここではなく戦場で奪いたくなっただけの話しよ"
"…そうでございますか"
そして豪統殿は納得したように剣を納めた。
そしてそれに続いて凱雲もまた薙刀の刃を宙へ逸らす。
"行け"
"では…"
最後は短いやり取りだった。
"父上!私は納得できません!"
そして豪統殿が内宮を出た後、私はすぐに重鎮達の前で父上に噛み付いた。
納得ができなかった。
何故敵国の、しかも大将首を目前にしながら刃を納めねばならなかったのか。
しかも、そうさせたのは他らぬ自分の父の酔狂によってだ。
これでは下について来る者はどうなる?
私は父の軽率な行為を攻めた。
だが。
"心配するな晃よ。何もワシはさっき言っていた理由だけで奴らを逃がしたわけじゃない"
父上にはそれとは違う理由があると言われた。
"では何故!?"
"…なぁ、晃よ。奴らを見てどう思った?"
"はい?"
そしてさらに問い詰めてみれば、唐突に質問を突きつけられた。
最初ははぐらかそうとしているのかと思った。
だが、父は大事をはぐらかすような人ではないし、宙を見据えるその鋭い眼差しは意味深に何かを察しているようだった。
"…どうと言われましても"
だが、質問の意味がわからず、私はそう答える事しかできなかった。
"彼奴らがどうしたのですか?まさかそれが彼奴らを逃がした理由にはなりますまい"
"直にわかる"
"…"
そして私を含め重鎮一同は何とも言えない空気になった。
いったい父上は何を考えられているのか。
敵大将を自分達の大将自ら逃がした事実は大きい。
だが、父上はこの国切っての読みの深さと手腕をもっているのもまた事実だった。
ださらこそ、重鎮達も父上の判断の意味を必死に探っていた。
"刑道雲様!"
そんな内宮の空気の中に兵士の声が響いた。
皆が一斉に内宮に入ってきた兵士に視線を向ける。
"なんじゃ?"
"じ、実は…"