烈戦記
『洋班様…早急に兵を関までお引き下さいませ』
『あ…?』
『貴様!何を寝ぼけた事をぬかしておる!この夜営の状況が見えんのか!?』
『…ここでの夜営は自殺行為でございます。既に蕃族にはこの村襲撃の報はいっているはずです。ですので陣を捨てて早急に…』
『蕃族相手に陣を捨てて逃げろだと!?ふざけるな!第一こんな時間に兵を出してくるわけが…』
ジャーンジャーンッ
真っ暗な夜空に陣銅鑼の音が響いた。
…予想はしていたが早すぎる。
『な、なんだ!?』
『なんじゃ!?』
『蕃族だ!!さっさと兵を退け!!』
『貴様ら!!』
蕃族領側より少し遠くの小高い丘の上から声がした。
そしてそちらを見れば月明かりに照らされた騎馬武者が単騎で影を見せた。
…まずい。
『だ、誰だ!』
『我が名は形道晃!蕃族の王、刑道雲が第一子なり!貴様らこそ何者だ!?見たところ賊の類ではないな!』
『ふふふ…聞いて驚くな!?我々は…』
ドカッ
『あだっ!?』
『…ん?』
『俺の名は烈州州牧が第二子、洋班!貴様ら蛮族を討ち取りに来た男だ!』
『…何?零の官軍か?』
『そうだ!降伏するなら今のうち…』
『どういう事だ!貴様らと我ら蕃族は同盟関係にあるはずだろ!』
『はぁ!?蛮族風情が調子に乗るなよ!貴様ら蛮族なんぞと我ら高等民族が同盟など組めるか!』
『何!?貴様らぁぁ!』
『待たれよ!!』
『…ん?その声は』
堪らず声を張り上げた。
『凱雲!そこにいるのは凱雲か!?』
『いかにも!』
刑道晃が私に気付いて声をあげる。
『凱雲!これはどういう事だ!?何故同盟を反故にするような真似を!?』
『…』
『答えろ!』
私は何も答える事ができなかった。
言い訳や謝罪の言葉で住むような事では無い事は十分に知っている。
…だが、今の私にはそれ以外の言葉が思い当たらなかった。
『…っち!豪統だ!豪統を出せ!』
刑道晃は痺れを切らして豪統様の名を叫んだ。
『あんな蛮族相手に臆病風に吹かれる下っ端なんぞ関に置いて来たわ!それより来るのか!?来ないのか!?』
『…成る程。そうなっておるのか』
刑道晃は何かを察してくれたようだ。
一瞬心の中で誤解が解けた安堵が過るが、かといって現状は未だに最悪のままだ。
誰が命令してようが関係無い。
我々は蕃族の民に手を出したのだ。
その事実は変わらない。
『そちらで何が起こっているのかは知らん。だが…』
刑道晃は言葉を濁らせ、変わり果てた村の姿を見渡した。
村には蕃族の民の姿は無く、見える人影は全て陣銅鑼によって目を覚まして戸惑う兵士達だけだった。
『貴様らは我が同族に手をかけた。その事実は変わらない』
『あ?さっきから何をぼそぼそと…』
『黙られよ関越えの民よ。私は今そこにいる凱雲と話しておるのだ』
『んだと貴様!』
『凱雲』
刑道晃は隣にいる洋班を無視して話を続けた。
『長き間柄ではあるが、私には私の義務があり責務がある。それは軍人としてわかるな?』
『…あぁ、わかっておる』
そうか…。
やはり駄目か。
私は手綱を握りしめた。
『洋班様…』
『あ?なんだ?』
そして刑道晃にバレないように横目で洋班に喋りかける。
『…私達がこの場を引き受けます。ですので洋班様は合図を出しましたら急いで兵士達を纏めて下さいませ。…そして』
『逃げろってか?』
『…では、行くぞ』
刑道晃が腕をあげる。
あれが振り下ろされれば戦闘が始まる。
『…はい。洋班様、どうか決断を』
『ふざけるな!蕃族相手に我々高等民族が退けるか!黄盛!』
『洋班様!』
『はっ!ここに!』
『蛮族共を蹴散らせ!』
『御意!』
だが、私の努力も虚しく洋班は戦闘の意思を固めた。
駄目なのか!!
そして刑道晃の腕が振り下ろされた。
『かかれ!』
『かかれぇい!』
二人の男の声は夜空に交差し、戦闘の幕は切って落とされた。