烈戦記
『あぁ…なんという事だ』
どう考えてもいい予想が出せない。
洋班様達はきっと昼の戦果だけでは物足りずに蕃族討伐へ向かったのだろう。
では、いったい荀山の村の民はなんの為に犠牲に…。
私の築き上げた蕃族との友好関係は?
そして何より…。
『蕃族と戦争なんて無謀すぎる…』
今の蕃族相手に戦争なんて"無謀"なのだ。
今現在の国としての蕃族の認識とは、辺境の森の中に住む文明の遅れた少数民族、所謂蛮族と位置づけられているのが実は違う。
彼らは関を越え、森を抜けた先に広大で肥沃な領土を持ち、そこには無数の河川が流れ、文明も彼ら独自の文化と交易路を持つ。
そしてその環境を周りから包み隠すように広い森や深い谷、険しい山々に囲まれていて、我々を含めた外国からの侵略を受けずらい地なのだ。
そのせいもあり、戦時の大乱の中でもその領土を守り抜き、今も細々とではあるが交易相手を旧国"烈"から現在の"零"へと変えて共存してきた。
私もここの関主をするまでは間違った認識を持っていたが、交易を管理するにあたってその認識を改めるにいたる。
そしてそれを私は上へと何度か上訴はするのだが、一行に信じてもらえないばかりかこうして派兵までしてくる有様だ。
そして話しは戻るが、その蕃族を相手にするとなると一本縄ではいかない。
それこそ国の大事、我々のような一拠点程度が独断していい類のものではない。
それをあの洋班様は…。
私は全てを投げ出したくなる衝動に駆られた。
だが、この国の問題にはこの国からご恩を受け、この関を任せられた一武官として逃げるわけにはいかない。
そして何より、この問題に自分の息子が巻き込まれているのだ。
親として逃げるわけにはいかない。
『だ、大丈夫ですか?』
『…宿主、大丈夫だ。続けてくれ』
私は頭を抑えながら話しの続きを仰ぐ。
『はい…そしてこの話しをまず通りかかった凱雲様の屋敷で凱雲様に伝えたところ凄い剣幕で…』
『何故まず私では無く凱雲に話した…?』
『そ、それは私も迷いはしたのですが、急を急ぐと思いまして勝手ながら凱雲様にも伝えようと…。も、申し訳ございません!』
まったく…。
これでは軍の規律も何もありはしない。
この宿主は私達に気を効かせてくれたのだろうが、謹慎中の人間が上司の許しも無く政治や軍事に関わるのはいただけない。
また、報告だってまずは上司で上司から部下だ。
…民との距離が近すぎるのも考えものだな。
『まあいい。以後はまず何があっても私に報告してくれ』
『…はい』
私はバツの悪そうな宿主の隣を避けて部屋出る。
『宿主』
『…え?』
『ありがとう』
『は、はい!』
私は急いで南門へ向かった。
『これより豪帯様の保護、及び派兵団の進軍を止めに向かう!最悪蕃族との戦闘になるかもしれん!心しておけ!』
オーッ!
私の予想は的中した。
多分凱雲の事だ。
あんな事を聞けば兵を叩き起こして兵糧も用意しないまま出陣するだろう。
そう思って真っ先に南門へ来てみれば案の定800の兵が凱雲の鼓舞を受けていた。
『凱雲!』
『む、豪統様ですか』
凱雲が私に気付く。
そして馬を降りて私と凱雲は対峙する。
『謹慎中の身で勝手に兵を繰り出す事、お許し下さい。しかし…』
『話しは聞いた。一刻を争うのだろう』
『はい。では出陣をお許しに?』
『いや、出陣は私がする』
『駄目でございます』
凱雲は即答してくる。
しかし、凱雲も凱雲で最近私に良く逆らうようになった。
いや、そんな事はどうでもいい。
『凱雲、これは命令だ。それにお前は今きんし…』
『では豪統様のお身体に何かあった場合に誰がこの関を纏めるのですか?』
『しかし!私が行かねば洋班様は止められん!』
『誰が行ったところであの方は止められません!』
『ぐっ…』
遠回しに私でも無理だと言われたが、確かにそうだ。
だが、凱雲に任せてはきっと荒業時になるに決まっている。
それはいけない。
それにあそこには帯が…。
そうだとも。
私はただ単に帯がこれ以上私の知らない場所で危険な目に会うのが嫌なのだ。
『下手をすればあの蕃族を相手にしなければいけないのです。その時にもしも豪統様に何かあっては…』
『しかし、今あそこには私の息子が…』
『豪統様!』
『!?』
凱雲が私の肩をがっちりと掴む。
その喧騒に驚き言葉が詰まる。
『豪統様。今度こそ…今度こそは豪帯様をお守りしてみせます。だから…私を信じてください』
『…凱雲』
顔は伏せていて表情は見えないが、掴まれた肩から凱雲の心情がヒシヒシと伝わってきた気がした。
凱雲は先日の帯の怪我に未だに責任を感じていたようだ。
私は私の手で、親として自分の息子を守りたい。
だが、凱雲の言うように私が行っても何にもならない。
そればかりか、私に何かあればあの関は私では無い違う関主を迎える事になる。
…そうなれば、せっかくの民の平和も崩れてしまいかねない。
それは今までついて来てくれた関の人間達への裏切りだ。
私が責任を持って彼を守らなければ。
『凱雲、命令だ』
『…』
『…必ず息子を無事に連れて来い』
『!?』
『それと蕃族との戦は絶対にあってはならない。何としてでも洋班様を止めてこい。いいな?』
『ははっ!!』
凱雲が再び馬へ戻る。
『凱雲!』
『はい』
そんな凱雲に私は呼びかけた。
『…頼んだぞ』
『…お任せあれ』
そして凱雲率いる800の兵は洋班様の後を追って関を出た。
『…遅かったか』
兵を走らせてどのくらいがたったのだろうか。
私の目の先にある村からはこの時刻には不釣り合いな光が当たりを照らしていた。
あの光の正体は兵士達の篝火であろう。
そして兵士達が村で篝火を灯しているとなると、既にあの村は…。
『…』
私はそれについて考える事をやめた。
今は憐れみをしている暇は無い。
もし、仮にあの場で2000の兵だけで陣を構えているのであればそれは自殺行為だ。
一瞬このまま放置して合法的に洋班を排除できないかと思い浮かんだが、不毛だと踏んで諦めた。
仮に洋班が死ぬ事があっても、蕃族の民には既に手を出してしまったのだ。
もう戦は回避できないだろう。
『…』
本当にどうしようもない事をしでかしてくれた。
蔑すもうとすればする程に怒りの言葉は湧き上がって来るが、今はとにかくこれから重要になるであろう貴重な2000の兵力と豪帯様を回収する為に村へ急いだ。
『洋班様、粗方死体の処理が終わりました』
『…ん』
『仮の陣容も整えましたゆえに、今夜はここで夜営ということで…』
『…ん』
『…では洋班様の天幕へ…』
『待たれい!』
『ん?ゲェッ凱雲!?何故貴様がここに!?』
『…ん?凱雲?』
丁度村の中央では大きな篝火の下で洋班と黄盛がいた。
辺りは今にも夜営をしますと言わんばかりの天幕を張り巡らせていた。
ちらほら見える兵士達はここ連日の酷使によって疲労の様子が隠しきれていないようだ。
…これでは仮に陣を襲われる事があれば守り切るどころか逃げ切るまでにどれだけの被害が出る事やら…。