烈戦記
これじゃあ僕以外の人達も眠れやしない。
第一南門にこいつらが何の用なんだ。
昼間に賊討伐と言って村を襲ったばかりだろうに。
それに賊退治なら内陸側である北門に集まるべきだろう。
南門なんて城壁を越えた先に蕃族しか…。
『…え?』
一瞬嫌な予感が頭を過る。
そしてそれによって急にぼけていた頭が冴えてくる。
そうだ。
戦ってなんだ?
賊退治が終わった今戦なんて起こるわけがないだろ。
もう目的を終えた奴らは明日の朝には州都に戻るだけなのにどうしてまた戦準備なんか。
しかもその目的の方角は明らかに蕃族を目指している。
それは南門に来ている時点で明確だ。
賊が関より外側にいるのを突き止めたからか?
いや、そんなはずは無い。
関に来てそんな情報は聞かないし、荀山すらあまり知らないような奴らが僕達より先に関より外の情報を掴めるとは思えない。
第一そんな情報があればあの村は犠牲になる必要はなかったんだ。
じゃあ残る目的はなんだ?
蕃族…か?
いや、そんなはずは…。
だが、相手は洋班だ。
もしかしたら…。
僕は枕元にある鉄鞭を手に取り部屋を出た。
『貴様ら!!何度言わせるんだ!!早くせねばバレるだろうが!!急げ!!』
気だるそうに身支度を整える兵士達の中を進んで行くと、そこには夜の静けさ、とは言っても昼よりも静かになった辺りに響き渡る声で仕切りに叫ぶ黄盛がいた。
まぁ黄盛がいるのはわかっていたから驚く事はなかった。
それよりもだ。
『黄盛さん!』
『ん?…ゲェッ!!』
分かりやすいくらい"しまった"と言わんばかりの表情の黄盛を見て想像に現実味が帯びてくる。
『何でお前がここに!?』
『それはこっちの台詞です。貴方達はここで何を?』
『う…うぐぅ…それはだな…』
『蕃族ですか?』
『ギクッ!?な、何故それを!?』
何だこの人。
わざとやってるのか?
だが、今の反応で想像は確信に変わった。
…まさかあの村だけでは飽き足らずに蕃族を襲おうとするなんて。
洋班という男はとことん想像の遥か上を行く人間だという事を再認識させられた。
『…まさか、僕にばれてまで出陣されようとは思いませんよね?』
『グギギィ…し、知るかそんなもの!これは洋班様直々の命令だ!それに貴様らは逆らうのか!?』
『やましい事だとわかってるからこんなコソコソとした真似をするんでしょ?』
『ウッ…』
よかった。
僕にはこの暴挙を止める事ができる。
あの村は救えなかったが、その犠牲を無駄にする事だけは止める事ができそうだ。
それが罪滅ぼしだとは思わない。
けれど、それでも僕にとってはこの事が支えになった。
あの村の虐殺からしっかりと何かを学べたと。
そして新たに起きそうになっていた虐殺を止める事ができたと。
僕は罪悪感から少し救われた気がした。
『では黄盛さん。兵士達を引き上げて休ませてあげてください。明日からはまた大変な行軍になるのですから』
『し、しかし…』
ザワザワッ
兵士達からは安堵の空気が流れる。
そりゃそうだ。
ここに来てからというもの、休憩という休憩も取らずに今日まで頑張ってきたんだ。
その上でまた戦闘をしなければいけない状況で待ったの声が掛かったのだ。
しかも、黄盛は押せば折れそうだ。
あと少し…。
僕は一息にケリをつける為に息を吸い込んだ。
『もし引いて下さらないのであれば僕は父さんに…ッ!?ゲホッ』
『?』
しまった。
喉が枯れ過ぎてむせてしまう。
しかも思ったよりも喉の渇きはひどかったらしく、今の一言で喉が割れたような痛みを感じる。
僕はその場に座り込んでむせた。
『ゲホッ!ゲホッ!ゴホッ!』
苦しい。
吐き気に近い感覚が喉を襲うが、出てくるのは乾いた空気だけだ。
僕は涙を目に浮かべて咳を続けた。
が、それが奴に思わぬ反撃のスキを与えてしまった。
『こ、こいつを捕らえろ!』
『!?』
黄盛は急にそう叫ぶと僕に目掛けて走り出した。
周りの兵士達も急な命令に唖然としながらも、こちらを追う構えに入り始めていた。
口封じをする為と悟った僕は急いで逃げ出そうとする。
…が。
ドンッ
『え?』
後ろにいたであろう人影にぶつかる。
一瞬状況が理解できなかった。
『おいおい黄盛。これはどうゆうことだ?』
『よ、洋班様!?』
僕はふと顔を上げるとそこには飽きれながら僕を見下げている洋班の顔があった。
マズイッ!?
僕は洋班を押しのけて逃げ出そうとする。
…が。
ガシッ
『おっと!逃がさねえぜ!』
僕はそのまま洋班によって羽交い締めにされてしまった。
『クッ!ケホッ、は、離せ!』
『バーカ!離すわけねぇだろーが!』
完全に身動きが取れない。
捕まった。
『ウヲォォ!』
『ん?』
そしてそこへ猛烈な勢いで黄盛が走ってくる。
…嘘だろ。
『洋班様ァ!そのまま捕まえといてくださぁぁい!』
『お、おい!?まさかお前!?』
『ぐらぇぇぁあぁぁ!!』
『ま、ま…!!』
『ウオラァァ!』
ドガンッ
『ガッ…ハッ…ッ!』
『うぐぅ!?』
猛烈な痛みが腹を襲う。
身体中の皮が拳のめり込んだ場所へと吸い込まれる気がした。
そして肉は裂ける様な痛みと骨の軋む感覚に襲われ…そして。
ドサッ
僕の意識は無くなった。
『はぁ…はぁ…』
な、何とか口封じはできた。
『うぐおあぁぁぁ!!』
だが、なんか嫌な予感がする。
な、何か俺はやらかしちまったのか!?
駄目だ!
頭が回らない!
洋班様に羽交い締めにされたガキに向かって拳を叩きこんだが、ガキは意識を失い、そして後ろにいた洋班様も猛烈に苦しがっておられる。
はて…何なんだこの違和感は。
『がぁぁ…ッ!』
『あ、よ、洋班様!』
い、いかん!
とにかく洋班様が苦しんでおられる!
駆けつけなければ!
『うぎぎぃ…ッ!』
『だ、大丈夫ですか!?』
『だ、大丈夫なわけ…あるかぁぁ…ッ!』
『…あ』
やっと興奮から冷めて理解した。
俺は…洋班様ごと拳で貫いてしまったんだ。
ドガッ
『アガッ!も、申し訳ございません!アダ!?』
バキッ
『ふざけんな!ふざけんなぁ!』
何なんだこいつは!?
何なんだこいつは!?
自分の上司毎拳を叩きこむ奴があるか!
しかも捕まえた時点でやりようは幾らでもあるだろ!?
なのにこいつは!!
俺はその後少しして直ぐに兵を率いて関を出た。
そしてその間ずっと鞘にしまった剣で俺の馬の隣を歩きながら謝り続けるこの男を殴り続けている。
非常識もいいところだ!
馬鹿もいいところだ!
こいつの言い分的には豪帯に見つかってから相当混乱したらしく、豪帯が咳き込んだ時には気絶させて口を封じる事しか頭になかったようだ。
そして、待つのに飽きた俺が来て豪帯を羽交い締めにしたのを契機と見て拳を叩きこんだ…と。
こいつには絶対に大事な事は任せられないと悟った。
第一、あれだけ気をつけろと言っていたのにも関わらずあっさり豪帯に見つかりやがって…。
ドガッ
『ふぎぃ!』
既に顔中あざだらけな黄盛は耐えきれなくなったのか等々地面に膝をついた。