烈戦記
"子供まで死んだ"
『ちくしょう…ッ!どうして僕は…ッ!』
後悔が後から後から湧いてくる。
どうにもならなかったのは事実だった。
でも、それでも僕には何かできたんじゃないか。
何かを失えばこれだけの人間の命を守れたんじゃないか。
そんな気がしてならなかった。
『…ちく…しょう…ッ』
僕は馬の上でうなだれていた。
『なんだ、来てたのか』
『ッ!!』
声のする方を振り向く。
そしてその声の主は紛れもない洋班だった。
彼の顔は満足と言わんばかりに清々しい表情を浮かべていた。
そしてその手には血のりでべっとりとした剣が握られていた。
『俺はてっきり怖気ずいて関に…』
『うわぁぁぁぁぁぁ!!』
『ッ!?』
気付いたら鉄鞭を鞘から引き抜き洋班に襲いかかっていた。
『洋班ッ!!貴様ッ!!』
『おぃ!なんだ急にッ!?やめろッ!』
僕は無我夢中で洋班へ鉄鞭を振り回した。
洋班は突然の事にわけもわからないといった感じで僕の鉄鞭から逃げていた。
『ふざけんな!!おぃ!?誰かこいつを止めろ!!』
『あぁぁぁぁぁぁ!!』
『うぐッ!!』
『よ、よし!抑えたぞ!』
『離せぇぇ!!』
『暴れるな!』
僕は一通り洋班を馬で追い散らした後、集まった兵士達によって地面に押さえつけられていた。
『はぁ…はぁ…ッちくしょうッ!なんなんだ!』
洋班は息を上げながら守られるように兵士達に囲まれていた。
『洋班!!洋班!!』
僕は頭を地面に押さえつけられながらも洋班を睨む。
『…てめぇ、気でも狂ったか』
『洋班様、彼奴をどうしますか?』
『あ?』
兵士達の後ろからでかい図体がヌッと出て来た。
黄盛だ。
『もしお望みとあらば私めが彼奴の首をはねますが』
『クッ…!』
黄盛の手にする薙刀が目に入る。
彼の薙刀にも血のりが滴っていた。
そして僕は自分の首がそれによってはねられるのを想像して背筋が凍った。
『洋班様、どうなさ…』
『ふんッ!』
ボガッ
『いだぁッ!?』
だが、またしても急に黄盛の顔に洋班の拳が突き刺さった。
『貴様ッ!俺が追われてる間どこにいた!?貴様の役目は俺の護衛だろうがッ!』
『す、すみません!』
『この役立たずが!』
『すみません!』
洋班は兵士達が呆然とする中で仕切りに黄盛に怒鳴り散らした。
黄盛はいつの間にか馬を降りて洋班の馬の前で頭を地面にすりつけていた。
『はぁ…はぁ…』
『すみません!すみません!』
『…こいつに手は出すな』
『すみま…え?』
『いいから手は出すな!!わかったか!!』
『は、はいぃぃ!』
怒鳴り散らして息を荒げていた洋班の口から驚くべき言葉が出た。
兵士に押さえられてやっと冷静さを取り戻したが、僕は洋班に対して相当な事をしでかしている。
てっきり蹴るなり殴るなりしてくるものだと思っていた。
最悪斬首もありえた。
だが、そんな僕に対して手を出すなと命令が出た。
僕は呆気にとらわれた。
『…ふん』
そして洋班はこの場を離れようとする。
『あ、あの…』
『洋班!』
『あ?』
僕を押さえる兵士がどうすればいいか分からずに指示を仰ごうとしたが、それより先に声を張り上げた。
洋班が面倒臭そうな横目で見下ろしてくる。
『…可哀相だと思わないのかよ』
『あ?なんだって?』
『こんだけの人間を殺しておいて平気なのかよ!?』
それを実行した張本人に向かってその言葉を投げつける。
返ってくる言葉なんてなんとなくわかっていた。
だが、それでも叫ばずにはいられなかった。
『賊を成敗したんだ。何を気にする事がある』
『クッ…!』
僕は悔しさのあまり地面に顔を擦り付けた。
言っても無駄。
この男にはここに横たわる人達なんてどうという事は無い存在なんだ。
同じ人間…そんな事さえ彼の中には無いんだ。
『ちくしょう…ッ』
結局止める事なんてできなかったんだ。
彼に目をつけられた時点で彼らの命運は決まっていた。
なんて言ったって彼は偉いんだ。
そして僕らの関には彼を止めれるだけの立場の人間がいないんだ。
『ちくしょう…ッ!』
『…ふん』
洋班は兵士達の中に姿を消していった。
『お、お前ら!関へ戻る準備をしておけ!』
そしてそれを追うように黄盛がついていった。
『こ、こいつどうする?』
『どうするって言われても…』
『はなせよッ!』
『あっ!』
僕を押さる兵士達から腕を振りほどく。
『…くそ…くそぉ…ッ』
『…なぁ坊主』
地面に伏して涙を流す僕に兵士の一人が声をかけてくる。
『気持ちはわからん事は無い。だが、悪い事は言わん。深く考えるな』
『…ッ』
兵士達は皆その場から散り散りになる。
"そんなんだから"
兵士の好意の言葉にそんな言葉が頭を駆け巡った。
僕はそのから暫く立ち上がる事ができなかった。
こうして僕の初陣は終わった。