烈戦記
『…』
『答えろ!!』
ドガッ
黄盛の拳が綺麗に凱雲の腹を捉える。
だが、人の腹を殴ったとは思えない鈍い音が聞こえた。
『…ッ』
そしてそれを受けた凱雲は一瞬眉をひそめるも、直ぐに涼しい顔をしてみせる。
おかしい。
黄盛は手を抜いたのか?
『…ッ!貴様!』
『洋班殿』
凱雲は黄盛を無視するように俺を睨む。
その瞬間背筋が凍る。
『な、なんだ』
『豪帯様は巻き込まないで頂きたい』
しまった。
また怯んでしまった。
俺には奴を潰した黄盛がいるじゃないか!
何を怯む必要がある!
『そ、そりゃ無理な相談だな』
『何故?』
『親の罪は子も同罪だ!それを捌いて何が悪い!』
『…どうしても撤回はして頂けないおつもりか?』
『お、おう』
『…』
やばい。
『こ、黄盛!何をしてる!こいつを斬れ!』
『は、ははっ!!』
黄盛が獲物の吊るしてある自らの馬へと駆け寄る。
『ま、待ってください!』
だが、それを豪統が引き止める。
『賊は必ずいます!嘘偽りはございません!洋班様の命であるならば…息子を案内役にお付け致します…ッ!』
『な、何を言われますか!何も豪帯様を人質に差し出さなくても!』
豪統が俺の言う事を受け入れる。
そしてそれを聞いた凱雲が慌て出す。
少し様子を見ておくか。
『凱雲…すまない。私の決意が足りないばかりにこんな事になってしまった。責任は私にある。だから…』
『何を弱気になられるのですか!?何も豪帯様まで』
『凱雲!!』
『…ッ』
『…頼む。自らの子を人質に出す私の気持ち…察してくれ』
『…』
あの凱雲も自分の主に言われては背けまい。
いい気味だ。
『主に言われては方なしだな?凱雲』
『…ッ!!』
『凱雲!!』
『…』
おうおう怖い怖い。
『なら早速彼奴を連れてこい。長くは待たん』
『…直ちに』
『…私は兵糧の準備をしてまいります』
奴らは各々が別々の方へと向かった。
きっと凱雲はこの後自分を責めるのだろう。
ざまぁねえな。
関の二人が居なくなるのを確認する。
さて…もう一つ確認せねばならない事を確認するか。あ'
『黄盛』
『は、はい。ここに』
『貴様、手を抜いたのか?』
『!?も、勿論にございます!あの様な田舎の一武官なんぞに遅れは』
ドカッ
『ウグッ!な、何をされますか!?』
『貴様!何故手を抜いた!』
『そ、それは…』
『もし次に奴らに手を抜いてみろ!その時は昇進の話はおろか徐城にすら戻れなくしてやる!』
『は、ははっ!!』
胸糞わりぃ。
何故黄盛がいながら俺は奴に怯えねばならんのだ。
『直ぐに兵を整えろ!』
『直ちに!!』
一連の話を目にしていた兵士達はみな諦めたように動き出した。
私はなんて情けないのだろうか。
一度は多くの者の為に少数の罪の無い者達を見捨てる決断をしたのにも関わらずその決断に迷い、その挙句に大切な部下の命を危険にさらし、さらには自分の息子までも人質に出さねばならなくなるとは…。
なんてざまだ。
これでは官士としても親としても失格だ。
そして今私は自分の息子に"人質になってくれ"と伝えに向かっているのだ。
しかも散々自分を貶してきた相手の元へだ。
…こんな父を許してくれ。
帯に用意した部屋の戸の前まで来た。
私の心は未だに揺れていた。
罪の無い数十人の者達の事。
自分の息子の事。
だが、それで私が中途半端なままでいては更なる災いを周りにまで与えてしまう。
意を決して戸を叩いた。
コンコンッ
僕の部屋の戸が叩かれた。
…だが、今は誰にも会いたくない。
コンッコンッ
無視を続けたら今度は控えめに叩かれた。
多分父さんかな…。
(…帯。入っていいか?)
戸の外からは案の定父さんの声が聞こえた。
控えめな声色からきっと慰めに来たのだと思う。
…でも、だったら今はほっといて欲しい。
ガチャ…
父さんが戸を開けた。
…億劫だ。
良いとも言っていないのに部屋に入って来た父さんに若干癇に障った僕は寝床の枕に顔を沈めたまま無視しようと思った。
『…帯、勝手に入ってすまんな』
『…』
なら入ってこないでよ。
『…』
『…』
『…まぁ、あれだ。凱雲の事は気にするな』
『…ッ!』
ボスッ
『うぷっ!?』
急に頭に血が登った僕は気付いたら父さんに枕を投げていた。
『出てってよ!慰めなんていらないから!』
『た、帯っ。すまん…』
『いいから出てってよ!ふんッ!』
『…帯』
『ふッ…クグッ!!うあぁッ!』
投げるものが周りに無くなった僕は自分の被っていた布団を投げようとする。
だが、上手い事布団が飛んでくれなくて結局めくれて寝床から落ちただけに終わる。
『はぁ…はぁ…』
『…』
布団に包まりたい…。
できないけど。
『…出てってよ』
『…』
『でっ…出てってよっ…お願いだから…』
恥ずかしさと悔しさのあまり、気付いたら涙が出ていた。
『帯…』
父さんが寝床の上の僕の所まで歩み寄って来る。
『…すまない』
そして優しく抱きしめられる。
本当なら直ぐに振りほどいて逃げ出してやりたい。
『…うぅ…クッ…ッ!』
だが、僕にはできなかった。
僕は父さんの胸で泣いていた。
『なんで…ッ!なんで凱雲負けちゃうんだよ!彼奴らっ…彼奴らなんかに…ッ!くそっ!』
『…帯』
『なんでッ!なんでなんだよッ!!』
『…ッ!帯…ッ!』
『ッ…!?』
この際名一杯父さんの胸で泣こうと思った。
だが、その父さんに抱かれたまま止められた。
一瞬どういう事か理解できなくて素に戻る。
『…父さん?』
『すまない…ッ。父さんはお前に聞いてもらわなきゃいけない事があるんだ…ッ』
『…
』
こんな時に言わなきゃいけないことってなんだろ?
『…討伐部隊の案内役を…やってもらいたいんだ』
討伐部隊の…案内役?
…あいつが関係してるのかな。
『…洋班がまた何か言ったの?』
『…ッ』
僕を抱き締める強さが増した。
…多分また辛い立場にいるのかな。
『…父さんが情けないばっかりに…お前をひとじ』
『父さん』
『ッ』
『…父さんも大変なんだよね?』
『…』
父さんの背中を軽く叩く。
すると父さんの抱き締める力が弱まる。
そして顔が見えるくらいの距離に離れる。
見合わせた父さんの顔は…今にも泣きそうな情けない顔をしていた。
…僕以上に父さんも辛いんだね。
僕は頑張って笑顔を作ってみせた。
『僕案内役やるよ』
『…しかし』
『大丈夫。何があっても頑張るよ』
『…』
『だって…父さんの息子だもん』
『…ッ』
急に体を引き寄せられて抱き締められる。
直前に見えた父さんの表情は罪悪感で一杯だった。
…僕、今回は覚悟決めなきゃいけないのかな。
『…すまないッ…すまない…ッ!』
父さんは声を押し殺しながら謝罪の言葉をかけてくる。
…どんな事になってるか知らないけど、もし戻ってこられたら今度こそ親孝行してあげよ。
さっきまであんなにも涙が出てきた目からは自然と涙は引いていた。
父さん…僕頑張るから。
そしてその日の夕方僕は派兵団の中に紛れて関を後にした。