烈戦記
『がははははっ!』
凱雲はさっそく水の手配に取り掛かる。
そして父さんもそれに加わる。
僕は父さんに近づいた。
『…父さん、何て言ったの?』
僕は小声で聞いてみる。
『何、"黄盛殿の情深い人格を知らしめる良い機会ですぞ"とな』
父さんも小声で返してきた。
なんだそれ。
『よう!黄盛!』
水の手配の最中、洋班の声が聞こえた。
…そういえば今日はまだ一回も彼の声を聞いていなかったっけ。
兵士の隙間から声の方向を見てみる。
だらしない歩き方で黄盛の方へ向かっている洋班が見えた。
…最初の時は怖かった洋班だが、今はそれ程怖くない。
なんと言っても、いざとなれば凱雲が助けてくれる事を知っているからだ。
そう思うと僕は溜め込んでいたモノがふつふつと込み上がって来た。
そう、親を馬鹿にされた云々ではなく、個人的な感情がだ。
『…べーッだ!』
『?』
僕は兵士達に紛れながら洋班を威嚇してやった。
『洋班様!?わざわざ出向いてくださったのですか?!』
『おう』
私は急いで馬を降りた。
『も、申し訳ございません!』
『ははっ、何を畏まってんだよ!俺との仲じゃないか!』
『…はは』
よかった。
怒ってはおられぬようじゃ。
『そういえばお前とはいつぶりだ?』
『…確か洋綱様が徐城太守に任命された時以来でございます』
『あぁ、確かそうだったな。ここに来る前に兄貴には会ってきたんだが、お前の姿が見えないからどうしたもんかと思っとったわ』
『申し訳ございません。何しろ私共も派兵が急に伝えられたもので急いで準備をしていたもので…』
『ははっ、気にするな気にするな!』
気にするに決まっておるじゃろ。
相手が相手なだけに…。
『洋班様!』
『ん?どうした豪統』
『わざわざ出向いて下さるとは…』
この方という人は…。
遣いの者が帰って来たかと思えば政庁から飛び出したとか…。
何を考えておられるのか。
『はははっ!なに、こいつとの仲だからな!な!?』
『え、ええ、古い付き合いですから…』
そして黄盛殿は黄盛殿で頭が上がらんようじゃ。
…まぁ、人の事は言えぬが。
『…そうだったんですか』
『それよりじゃ!』
今度はなんだ?
『兵も来た事だし、早速賊の討伐に向かうぞ!』
『…はい?』
思わず口が開いたままになる。
今なんと?
『ここにおっても退屈だ!早やく準備させろ!』
『ま、待ってください!』
『…なんだ?また痛い目に合いたいのか?』
『い、いえ!逆らう訳では無いのですが…』
洋班様は戦準備がどれほどのモノか知らないのだろうか。
遠征の為の武具や兵装はまだいい…。
だが、兵糧の問題や兵士達の休憩だってまだ満足にとれていないじゃないか。
時刻だって今出れば夜営せねばならないのにこの方ときたら…。
『兵糧や兵士の休憩もままならない上にこの時刻ですと夜営を必要としますので…』
ドカッ
『ウグッ!?黄盛殿?!何を…ッ』
『貴様!洋班様の命が聞けんのか!?』
突然黄盛殿に腹を殴られる。
何故だ。
同じ兵を預かる武官なら分かるはずじゃろ…。
それを何故…。
洋班様が見ておられる…ッ!
なら今が取りいる絶好の機会!
そう思ったら手が出ていた。
『たかが田舎関主の分際で!』
『しかし黄盛殿!』
『くどい!』
ドカッ
『ウッ!』
無茶苦茶なのくらいワシだって知っておるわ!!
しかし、相手は洋班様じゃぞ!?
やれるかやれないかではなくやらねばならんのだ!
許せ、田舎関主よ。
『その辺にしてやれ』
『は、はい!』
洋班様に止められる。
…どうじゃ?
ワシの事をどう思っておられるんじゃ?
『お前…こいつらなんかよりよっぽど見所あるじゃねえか』
『!?』
『黄盛よ、今回の一件が終わり次第俺が父上に推薦しといてやるよ』
『ほ、本当でございますか!?』
『あぁ、ワシとお前の仲じゃ。取り立ててやろう』
『あ、ありがたき幸せ!』
や、やった!!
まさかこうも簡単に上手くいくとは!
『よし!では早速準備に取りかかれ!』
『はいっ!…え?』
今なんと?
『ん?どうした?はよう準備に取り掛かれ』
『…』
しまった。
今の流れ的にワシに責任が来る事くらい予想できたじゃろうに。
…どうすればいいんじゃ。
『ご、豪統様…ッ!?』
後ろから田舎関主の部下の声がする。
父さんが殴られた。
だから僕は急いで凱雲を呼んで来た。
また昨日みたいに助けてもらう為に。
『凱雲…』
『凱雲…ッ!』
洋班は凱雲の姿を見るや苦虫を噛んだような顔をした。
『な、なんだ貴様!』
それを察したように隣の黄盛が怒鳴る。
『…豪統様に何をしておられる』
『何をとは侵害な!我らは洋班様より出発準備を命ぜられたのにも関わらず、此奴は一関将の分際で反発しおったのじゃ!』
『何?出発準備だと?黄盛殿は今の兵達の現状と兵糧準備がどれ程大変かを知った上で言われておるのか?』
『…ッ!そんな事田舎武官に言われんでも知っておるわ!』
『では何故?』
『それが洋班様の命だからだ!』
話しにならない。
凱雲や父さんは現状を見て無理かどうかを判断しているのに対し、黄盛は無茶苦茶であろうがなかろうが、上が望むか望まないかで判断している。
そんな状況で話しができる訳がない。
『そうだとも!貴様ら田舎武官共にはわからんだろうが、上の言う事が絶対なんだよ!貴様らが異常なんだ!』
洋班が黄盛の後ろで吠えている。
今までは後ろ盾がなかった分、黄盛が凱雲に怯まずに対する事ができると知った瞬間にでかい態度を取り出す。
…あんな風にはなりたくないな。
『…』
凱雲は黙り込む。
多分後ろ姿しか見えないが、相当怖い顔をしているんだろう。
体全体でどっしり構えていて、どんな事があろうと不動を貫きそうだ。
…だが、その予想はあっさりと覆される。
凱雲は大きく息を吸い込むと、その溜め込んだ息に声を乗せる事はせず、そのまま大きく肩を落として吐き出した。
『では洋班様、こうしましょう』
『…なんだ』
『まず掃討部隊を先鋒、後続の二つに分け、先鋒部隊は洋班様が率いて先に出発なさいませ。そして今出れば野営は必須でしょう。ですので朝までに後続部隊が兵糧などを用意し合流。その後に賊に当たるのは如何でございましょう?』
『…むむ』
洋班が黙り込む。
僕も含めてまさか凱雲が洋班に対して妥協案を出すとは思いもしていなかった。
『そんな簡易な案で事が成功すると思っておるのか!』
『では黄盛殿には他に案がおありで?』
『グ…ッ!』
この人はなんなんだろうか。
折角凱雲が出した案に文句を言う。
しかも何か考えがあったわけではなさそうだ。
そんなに洋班にいいところを見せたいのか。
『…それで進めろ』
『なっ!?洋班様!?』
そして洋班はこれを受け入れる。
『こいつの案なんて聞かなくてもなんとか…ッ!』
『お前に考えがねぇのはもうわかってんだ!引っ込んでろ!』
『…クッ!』
『…それでは我々は準備に取り掛かりま』
『おい待て』
凱雲が呼び止められる。
今度はなんだ。