烈戦記
第七話 〜前哨〜
『…なかなか来ないね』
『…あぁ。』
北門閉鎖を終わらせた僕らはそのまま、徐城からの派兵団を待つ事になった。
『豪統様、派兵団がこられるまで近くの宿で休憩なさってはいかがですか?一団が現れれば遣いを出しますので…』
『よいよい。ワシはこのまま此処に残る。でなければ商人達に示しがつかんからな』
そう言うとはははと心地良さそうに父さんは笑った。
そういえばこの関に来て以来、父さんが笑う所を見るのは初めてだと思った。
そう思うと早くこの一件が終わって欲しいとつくづく思う。
…誰にも邪魔されずに父さんと過ごしたい。
そんな我儘が頭を過る。
…早く大人になりたい。
『それより帯よ』
急に父さんに声を掛けられる。
『ん?何?』
『お前は別に出迎えに付き合わんでもいいのだぞ?何も州牧様を迎える訳でも無いのだし…』
『いや、僕も残るよ』
『いつ来るかも分からんぞ?』
『どうせやる事なんて無いんだもん。それに僕だってもうこの関の一員でしょ?』
僕はわざと誇らしげに言い放った。
少し前までやっていた交通整備だが、その時は必死でよそ事を考える余裕なんてなかったのだが、今暇が出来て考えてみると僕がこの関で行った初の仕事だったのだ。
そう思うと父さんや凱雲には手伝ってもらっていたものの、仕事に関われたという事実が堪らなく嬉しかった。
そしてそれは紛れもなく父さんをこの関の仕事で支えていく一員としての第一歩なのだ。
『ふふんっ』
僕は大袈裟に鼻を鳴らしてみせる。
『確かにそうかもな』
『…っ』
父さんがまた僕の頭を荒々しく撫でまわす。
でも嫌な気はしない。
何故なら父さんの僕への気持ちがその荒々しさから伝わってくる気がするからだ。
『へへっ』
『ただしな』
だが、照れる僕に父さんは言葉を付け足す。
『この関の一員として、この凱雲以上に働けるようにならねばな一人前とは認めぬからな』
『え!?』
凱雲以上?!
そんなの無理に決まってるだろ!
それこそ手を抜いてくれでもしなきゃ…。
そう思いながらそっとばれない様に父さんの横を覗いてみる。
が、凱雲と目が合う。
『…お手柔らかに』
そう言うと凱雲は大人びた笑顔を作ってみせた。
『望みなんてないじゃんか!!』
『はははははっ!』
『フッ…ん?』
凱雲が何かに気付く。
『豪統様、来られたようです』
『うむ、兵士達も長旅だ。しっかりと迎えてやろう』
『うん!』
確かに遠方には微かに砂塵が見えた。
…だが、その砂塵が静かに、そしてひっそりと舞う光景に不安が過る。
何かが起きる。
そんな気がした。
『お待ちしておりました。私はここの関を任せられております豪統と申します』
『うむ、ワシは黄盛じゃ』
派兵団の先頭で馬に跨っていたのは如何にも猪武者という様な人だった。
顔はゴツゴツしていて赤黒く、眉毛は太く釣り上がり、顎にはビッシリと固そうな髭が生えていた。
おまけに目はギョロリとしていて体格は凱雲に引けを取らない程ずっしりしていた。
…強そうだ。
だが。
『徐城よりの長旅、お疲れ様でございます』
『はははっ!何々、この程度で疲れるワシでは無いわ!』
『それはなんとも頼もしく…』
失礼な気はするが、凱雲と比べると知恵に欠く気がする。
凱雲を偉丈夫とするなら彼は巨躯の怪物と言った所だ。
今の父さんの言葉だって、何もこの人一人に対して言った訳じゃない。
この人の後ろにいる兵士達も含めての言葉だ。
現にこの人は気付いていないのか、兵士達の顔には"やっと着いた"と書いてある。
そりゃ徐城と言えばこの関の所有する都市ではあるものの、距離としては相当な道程になる。
どちらかと言えば徐城自体が烈州では僻地という扱いがされていて、この関に至っては更にその最奥に位置する拠点だ。
所謂領土ではあるが、半ば連携が取れきれない距離にある拠点なのだ。
そこへ徒歩で歩かされたのだ。
疲れない訳がない。
たが馬に跨ってここまで来たこの男には分からないようだ。
凱雲とは比べられないと思う。
『して、洋班様はどこにおられか?』
『はっ、政庁にて黄盛様を待っておられるかと。今遣いを出しておりますのでもうしばらく…』
『そうか。では私達はこのままここで待たせてもらおうか』
さっき父さんに気を使われたのに気を良くしたのか、疲れていないという事を示したいのか馬も降りずに待機すると言う。
勿論、後ろの兵士達は皆立たされたままの状況だ。
一言休めと言ってやればいいのに。
『豪統様、水の手配ができました』
いつの間にかいなくなっていた凱雲が部下を数十人引き連れて来た。
みんな手には水が入っているであろう壺が持たされていた。
その様子を見ていた後ろの兵士達の顔色が変わる。
『うむ。黄盛殿、只今水の用意ができました。もしよろしければ水の一杯でもいかがですか?勿論黄盛殿が許して下されば後ろの兵士達の分までご用意しておりますが』
そう言うと兵士達の中で安堵の空気が一斉に流れ、静かなどよめきが起こる。
やっぱりみんな疲れてるんだ。
『…豪統殿、余計な気は使わんでくだされ』
だが、黄盛という男はこの行為が気に入らなかったようだ。
さっきまでと打って変わり如何にも不機嫌そうな顔をしている。
後ろの兵士達の間でさっきとは違うどよめきがおこる。
『静まれ!!』
『…っ!』
しかし、黄盛の怒号で一気に静まりかえった。
『し、しかし黄盛殿。ここまでの距離を彼らはずっと歩いて来たのです。何かしら私達で労いを…』
『豪統殿』
ドスの効いた声で父さんの名前が呼ばれる。
『私の部下はいついかなる状況でも弱音を吐かない訓練をしております。それが兵の精強さに繋がるのです。なので貴方の所の兵士はどうか知りませんが、私の兵士を甘やかす事はしないで頂きたい』
嘘だ。
多分この黄盛という男は父さんが気を回した事に対して、自分がそれを出来なかった事が兵士達に広まるのが嫌なのだろう。
自分はこいつには劣っていない。
気付いてはいたが、ワザと気を使わなかったんだと。
…こんな図体してなんてちっさいんだ。
やっぱり凱雲とは比べられない。
『…むむ』
『豪統様』
『ん?』
父さんがどうしたものかと手を劇招いていると、凱雲が隣で耳打ちを始めた。
『…』
それを見ている黄盛もまた眉間にシワを寄せ始めた。
やばい。
またこの人怒っちゃう。
『黄盛殿』
『…なんじゃ』
父さん…がんばって。
だが、父さんは言葉を発するかと思いきや、黄盛の元に歩み寄る。
『な、なんじゃ』
『黄盛殿、少しお耳を…』
『…?』
馬に跨りながらも父さんに耳を預ける黄盛。
なんていうか、今の一連の行動で父さんに策があるのは目に見えてわかるのに、それに素直に耳を預けてしまうなんて。
『うむ、確かにそうかもしれん…』
案の定、直ぐに陥落したようだ。
『お前ら!有難く思え!ワシの配慮により、今回だけは許してやる!思う存分飲むがいい!』
『『…ッ!?』』
兵士達がどよめく。
『なに、ワシも鬼じゃないからの!気にせず飲め飲め!』
『は、はい!ありがとうございます!』
『黄盛様!感謝します!』