烈戦記
これが今の僕の精一杯です。
『…』
静まりかえってしまった空気。
その中で僕はただただみんなの反応を待つことしかできない。
怖い。
『帯!!』
そしてそんな静寂の中で父さんの声が響いた。
『た、大変です!』
戸が唐突に開かれた。
『な、なんだ騒がしい』
『豪帯様が!』
『!?』
名前を出された瞬間心臓が飛び出すかと思った。
『…何があった』
まずは冷静に状況を呑み込むんだ。
帯に何が起きたんだ。
『我々は凱雲様と共に北門にて兵の受け入れの為に交通整理をしていたのですが、そこに現れた豪帯様がいざこざに巻き込まれて…』
『なんという事だ…ッ!』
凱雲がついていながらなんという…。
怒る気持ちを抑えて状況を聞く。
『…豪帯は無事なのか?』
『あ、いえ!巻き込まれたのは話し合いのいざこざであって暴力事ではございません!』
『…はぁ。それをはよ言わぬか』
『も、申し訳ございません!』
よかった。
もしこれで帯に何かあったら私はどうすればよかったのだろうか。
一瞬で身体中の力が抜けた。
『しかし!』
『…ん?なんじゃ?』
一瞬何故こうも慌てているのか気が抜け過ぎて気がつかなかったが、仮に話し合いに巻き込まれた程度でこんなにも慌てて来るわけがない。
改めて気を引き締める。
『それが…商人達が豪帯様が豪統様の子供だと知るや否や交通整理の早期撤回を豪帯様に迫っていて…』
『なんだと!?』
それはまずい。
この関は国にとっては僻地の一拠点に過ぎないが、商人達にとっては蕃族と本国を結ぶ重要な拠点だ。
だが、元々が防衛しか視野になかったせいで門は内陸側の北門、蕃族側の南門の二つしかない。
つまり、この関での交通整理というのは基本的に商人達との事前の打ち合わせの元行われる行為だ。
それが今回は急を要するモノになってしまった為にさらに難しく、繊細な仕事になる。
だが、凱雲が向かったと聞いていたから安心して任せていた。
それがどうだ?
話を聞く限り帯が商人達に撤回を
求められているだと?
まだあいつは村から出て来て数日の人間だぞ?
この問題はあいつには早すぎる。
絶対に無理だ。
だがあいつは私の息子だ。
経験があろうが無かろうが帯が一言商人の要求を飲んでしまっては大問題だ。
『凱雲は何をしているんだ!!』
『そ、それが他の兵士に聞いた所北門より離れた場所で商人の一団との交渉に向かわれていて…』
『くそっ!今すぐ案内しろ!』
『は、はい!』
帯よ、頼む。
そこに行くまで耐えてくれ。
『お願いします!!』
北門につくなり帯の必死な声が聞こえて来た。
遅かったか。
『どいてくれ!』
『お、おいッ…ってあんたは!』
『道を開けてくれ!』
商人の人集りを掻き分けて中心へと向かう。
そして。
『帯!!』
中心では帯が商人達に向かって頭を地面にすり付けていた。
私は急いで帯の元へ駆け寄る。
『…帯、顔を上げなさい』
『…父さん。ごめん。』
『!?』
『僕にはやっぱ無理だったよ…。何の役にもたてなかった…ッ』
そう言うと帯は涙を流し始めた。
『ごめんなさい…ッごめんなさい…ッ!』
その言葉で完全に頭が真っ白になる。
『貴様ら!!』
『…!?』
『と、父さん!?』
気付いた時には怒鳴り散らしていた。
『こんな子供に向かって大の大人が何十人も寄って集って恥ずかしくないのか!?』
『父さん!違うよ!これは僕が自分から…』
『何とか言え!!』
完全に頭に血がのぼってしまっていた。
もう交渉もくそもない。
ただ自分の息子が何十人もの人間に責め寄られた事実だけが許せなかった。
私は商人の一人に掴み掛かる。
『ご、豪統さん落ち着いてッ』
『よくもぬけぬけとッ!!』
拳を振り上げる。
『いい加減にしてよ!』
バチンッ
『ウグッ!?』
尻に鈍い痛みが走る。
我に返る。
なんだこの痛みは…ッ!
後ろを振り返ると息を荒げながら目の端に涙を浮かべて鉄鞭を構える帯がいた。
…まさかその鉄鞭でワシの尻を叩いたのか。
『父さんは何しに来たんだよ!僕を助けに来たんじゃないでしょ!?しっかりしてよ!阿呆!』
そう言うと帯は問題が解決していないのにも関わらず、緊張から解放された安心感と恥ずかしさのあまり、堰を切ったように泣き始めた。
改めて帯がまだ子供なのだと知る。
たが、その言葉で冷静になれた。
…私はなんて事をしてしまったんだ。
自分の子供可愛さに仕事を忘れ私情で動いてしまった。
…なんという事だ。
掴み掛かった商人に向き直る。
『す、すまん。私は自分の子供可愛さのあまり…』
『豪統さん』
商人に言葉を遮られる。
駄目か。
私は身を構えた。
『あんたも変わらないね』
だが、言われた言葉は自分の予想外の言葉だった。
『あんたが役人に向いてない事くらい、ワシらが一番知っとるよ』
…ん?
どういう事だ?
『何年あんたと付き合ったと思っとるんじゃ。なぁ!?みんな!』
商人が他の商人達に言葉を投げかける。
『…そうじゃな。ワシらはあんたの我儘には嫌と言う程付き合わされて来たからな。今更かの』
『そうかもしれん。別に今日に限ったわけでもないしな』
『あぁ…今回のワシの大損はどうすりゃいいんじゃ…』
『んなもん商人じゃろ?商売にら損得はつきもんじゃ。諦めろ』
『とほほ…』
すると今まで帯を囲んでいた商人達は一斉に散らばり始めた。
…解決したのか?
『豪統さん』
何故かさっきまでの空気とは打って変わって急に緩んだ空気に呆気にとられていると、さっき掴み掛かってしまった商人に声を掛けられる。
『…あんたの息子さん、立派じゃったよ』
『…息子が?』
帯が何かしたのか?
『子供だからと甘く見ておったが…いやはや、逆にこれだけの人数の商人が説得されてしまうとはな』
そう言うとその商人もどこかへ行ってしまった。
…帯が交渉に成功した?
今私の後ろで童子のように泣きじゃくる私の息子がか?
商人の言葉が一瞬信じられなかった。
だが、散りじりになる商人達の背を見ていると何故か皆不満はあれど納得してくれているようだった。
…勿論、私は何もしていない。
私は後ろを振り返り、自分の息子に手を差し伸べる。
『…父さん?…どうなったの?』
どうやら帯も今のこの状況を理解できていなかったようだ。
顔はいかにも何故だと書いてあるような表情をしている。
『あぁ、お前のおかげでな』
『…僕?』
本人は無自覚のようだ。
…まったく、やってくれる。
『…ッ!?と、父さん!?』
私は自分の息子の成長に可愛さを憶え、思わず頭を荒々しく撫でた。
『よくやった。流石は私の息子だ』
『ッ!?うん!』
帯は潤んだ目を嬉しそうに輝かせる。
そして。
『へへっ』
同時にこれでもかと言う程照れ始める。
…まだまだ子供だな。
『帯よ。照れておる場合ではないぞ?まだ商人の一部を説得させただけだからな』
『あ、そっか。まだあれだけじゃないんだ』
帯は分かりやすい程肩を落とす。
まったく、先が思いやられる。