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身代わりの王妃~続・何度でも、あなたに恋をする~

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「私は誰が見ても、風変わりな子どもでした。女の子なのに人形遊びより仏像を彫るのが好きで、兄が父から読まされている難しい漢籍を読むのが何より好きだったのです」
「それは確かに変わった子どもだな。よく父御が許したものだ。普通、女の子にはせいせいが?内訓?を読ませる程度で、男が読むような難しげな書物は読ませない」
 王は幸いにも春花の話に興味を引かれたようで、続きを待っているようだ。
「父は一応、学者ですから、少し理解があるのです。或いは我が父も少し変わっているのかもしれません。母の方は私が兄の本を読ことを物凄く嫌っていましたし」
「まあ、母御の反応が親としてはごく当たり前だろうな」
「ですから、殿下にこうして、お願いしております。幼い頃からの私の夢を叶えさせて頂きたいのです」
 言ってから、怖々と王の反応を窺う。
「そなたの夢とは何だ?」
 淡々とした口ぶりから王の感情は一切感じられない。
「学問をしたいのです。そのために、ここを出て、どこかの寺に入りたいと考えています」」
 しばらく言葉はなかったが、やがて低い笑い声が聞こえた。そのことに、春花は胸をなで下ろしていた。どうやら、王は怒ってはないようである。
「確かに変わった娘のようだ。だが、別に寺でなくとも、学問はここでもできるぞ? 宮殿の書庫には、この国に一つしかない貴重な書物もある。王妃たるそなたであれば、自由に読むことができよう」
「それは」
 予想外な応えが返ってきて、春花は言葉にに窮した。
「もう一つ、私が幼い頃から考えてきたことがあります」
「まだ夢があるのか?」
 王が愉快そうに言うのに、春花は一瞬、言い淀んだが、覚悟を決めて言った。
「私は生涯、誰にも嫁すつもりはなく、寺に入って御仏にお仕えすることが夢だったのです」
「尼僧になると?」
「はい。寺に入れば御仏にお仕えするという夢も叶い、同時に書物も好きなだけ読めますし、仏像を彫るのも自由です」
「なるほど、子どもながら考えたものだな」
 王は一旦は頷いたが、次にやや厳しい声音で断じた。
「だが、そなたは王妃となった。最早、そのような夢が叶うとは思ってはおるまい」
「ですから、こうして、お願いしております。何とぞ私を離縁して下さいませ。今すぐにとは申しません。何年か先に、殿下の御子を授からないという理由ででも、私を宮殿から追放して頂ければ」
「これは聞き捨てならぬことを言う。王妃となったばかりのそなたが離縁だ、寺に入るだなどと。第一、国王の離婚は認められない。もし離別するとすれば、それは廃妃となったときだけだ。そなたは、廃されて庶人の身分となっても良いと?」
 春花は夢中で頷いた。
「構いません。俗世を棄てるのに、身分など、どうでも良いのです。そんなものは邪魔になるだけです。廃されて平民に降格されても構いませんから、どうか私をここから出して下さい」
「されど、子ができぬかどうかは、まだ判らないのではないか?」
「えっ」
 春花は思いもしない質問をふられて、眼を瞠った。そんな彼女を見た王が意味深に笑い、また胸に巻いた布を解き始める。
「夜毎、私がそなたを抱けば、その中に身籠もることもあるかもしれない」
「ですが、それは」
 言いかけた春花に皆まで言わせず、王が覆い被せるように言った。
「悪いが、そなたの頼みはきいてやれぬ。王室には一日も早い王子の誕生が待たれている。せっかく若く健やかな中殿がやってきたのだ。そなたをここから出してやれそうにはない」
「そんな」
 あっさりと切り捨てられ、春花は言葉もなかった。茫然としている中に、布はいつしかすべて解かれ、小柄な割に豊満な乳房が露わになっていることにも気づかない。
「きれいな胸だ」
 掠れた男の声が耳許で囁き、初めて自分が上半身裸なのを知った。
「ほら、見てごらん。こうして触ってやれば、どうなるか」
 王が指先で春花の乳首をつつくと、直に先端が尖り立ち上がってくる。男の膝の上で薄桃色の乳首を執拗に弄られている自分の状態が俄には信じられない。
「いや―」
 春花は幼子が嫌々をするように烈しく首を振った。一端は止まっていた涙がまた溢れ出し、とめどなく頬を流れ落ちた。
「中殿」
 すすり泣く春花を王が困惑したように見つめている。
「まさか、初夜の床で新妻に泣かれるとはな」
 王は溜息をつき、先刻、自分が剥ぎ取った夜着の上衣を春花に羽織らせた。
「これで良いだろう? 頼むから、もう泣かないでくれ」
 春花はまだしゃくり上げながら、涙の堪った眼で王を見上げた。
「それから、後学のために一つ憶えておくと良い。逸る男を止めようと思ったときには、そのような顔をして男を見つめては駄目だ。男は余計にその気になりかねない」
 彼が何を言っているのか春花が判らないままに、王は人差し指で春花の目尻に堪った涙を拭った。
「一つ訊きたい。領議政は、そなたに何と言った?」
 春花は小さく頷き、か細い声で応えた。
「もし王妃になるという話を受けなければ、父が成均館の仕事をできなくなると言われました」
「大方、そのようなことであろうと思った」
 呆れ果てたように言い、王は春花の髪を梳くように優しく撫でた。
「そなたの望みを必ず叶えてやれると約束はできないが、今後、できるだけ実現できるように努力はしよう。今はとりあえず、それで良いか?」
「ありがとうございます、殿下」
 春花は律儀に頭を下げて礼を言った。そんな彼女の髪を王はまた撫でた。
「そのような可愛い顔で私を見てはいけないと言っただろう?」
「おっしゃる意味が判りません」
 春花が困ったような顔で応えると、王は声を上げて笑った。
「流石の領議政も今回ばかりは人選を誤ったな。大方、難しげな本ばかり読んでいて、ろくに男女の事も知らずに育ったのであろうよ」
 王の笑顔はこれまでとは別人のようにやわらかく優しかった。こんな王であれば、春花も怖くはない。むしろ、優しく撫でられる手の感触が心地よくて、ずっと撫でられていたいと思ってしまうほどだ。
「中殿、私には生きていれば、そなたと同じ年の娘がいるはずなのだよ」
 初めて聞く話に、春花は眼をまたたかせた。
「そうなのですか?」
「ああ」
 王はまた優しい笑顔で頷いた。
「私の最初の子が産まれたのが丁度十七年前、女の子だった。だから、そなたと同じ歳だ」
「亡くなられたのですか?」
 王は今度は無言で頷いた。
「申し訳ございません。失礼なことをお訊きしました」
「いや、元々は私の方から始めた話だから」
 王は鷹揚に言い、思い出したように、また春花の髪を撫でた。
「難産のせいで亡くなったと侍医は言っていた。生母の温嬪も瀕死の状態で、よくぞ温嬪だけでも助かってくれたものだと今になって神に感謝している。中殿、これからは私は、そなたを娘だと思うことにしよう。亡くなった王女が帰ってきたのだと思い、大切にするよ。だから、もう泣いたり、怖がったりしなくて良い」
 春花は安心しきったように頷き、微笑んだ。
 何故か、その顔を王が眼を細めて見つめた。まるで眩しいものでも見るかのように。
 王の手は相変わらず春花の髪を撫でている。その優しい手触りに、春花は一日の疲れがどっと出たのを憶えた。