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身代わりの王妃~続・何度でも、あなたに恋をする~

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「胸も大きそうだ。良い獲物が引っかかったな」
「へえ、俺にも触らせてくれ」
「だが、本当に生娘なのかな。色町を夜更けにほっつき歩いてるなんざ、どうせ人眼を盗んで夜な夜な男漁りしてる蓮っ葉女じゃないか?」
「かもな。見かけは清純そうな男なんて少しも知らないような顔をして、実はやりまくってる尻軽女かもしれないぞ」
 あまりの酷い科白に涙が滲む。こんな男たちに悪し様に言われたのは流石に堪えた。
 やに下がった背の低いニキビ面が春花に手を伸ばそうとしたその時、その小柄な身体が吹っ飛んだ。誰かが小男の胸倉を掴み、投げ飛ばしたのだ。
「畜生、手前、何しやがる」
 のっぽが喚いたと同時に、後ろから手をねじり上げられた。
「い、痛ぇ」
「無抵抗な若い女に良い大の男が寄ってたかって何やっんだ、ええ!?」
 と凄む様も板についているのは、どうやら数ある妓楼の用心棒らしい。粗末な木綿のパジを纏い、長い髪を結わずに無造作に後ろで括っている。既に成人に達しているのであろうのに、髪を結わないというのも風変わりな男である。
 春花はその時、男の髪の色が不自然なことに気づいた。長い髪は月明かりを浴びて、きらきらとまるで黄金のようにきらめいている。また月光に浮かび上がったその端正な面には青玉(サファイア)のように美しい眼が輝いていた。
―異様人なの?
 都でもついぞ見かけない異様人は名のとおり、生粋の朝鮮人とは違う外国人を指す。どう見ても、この男は異様人にしか見えなかった。
「カ、光王(カンワン)」
 放蕩息子たちはこの異様人と面識があるらしく、手をひねられたのっぽは震える声で名を呼んだ。
「若さま(トルニム)方、遊ぶのも良いですが、たいがいになさって頂きませんと。うちの見世の前でうちのお客さまが素人娘を攫って慰みものにしたとあっちゃア、見世の体面にも拘わりますからね。粋な遊び人というのは商売女を相手にしても素人には手を出さないもんですぜ」
「わ、判った。済まぬ。このようなことは二度とせぬゆえ、今日のところは見逃してくれ」
 のっぽが震えながら言い、光王と呼ばれた男は漸く手を放した。のっぽは脱兎のこどく逃げ出し、その後を投げ飛ばされた小男が追っている。
「大丈夫かい、お嬢さん」
 光王はまだ身体を戦慄かせている春花に近寄り、安心させるように微笑みかけた。
「助けて下さって、ありがとう」
 丁重に頭を下げると、光王は笑った。
「危ないところだったな。あの二人はあれで相当質が悪いんだ。以前もこの近くの八百屋の娘を攫って無理に手籠めにしたしな。色々と前科があるんだよ」
「そうなの。本当に助かりました。何とお礼を言って良いのか」
 もしこの親切な異様人が助けてくれなかったらと考えただけで、気絶しそうなほどの恐怖に囚われる。
「礼なんか良いけどさ。あんたは女官なのに、何でこんなとこに一人でいるわけ?」
「―」
 春花が押し黙ると、光王は破顔した。
「マ、良いさ。誰でも他人に言いたくないこことの一つや二つはあるもんな。俺なんて、臑に持ってる傷は一つどころじゃないぜ」
 うつむく春花をしばらく見つめていた光王は静かな声音で言った。
「理由ありっていうのは判るけどさ、これから行く当てはあるのか?」
 春花は顔を上げ、頷いた。この男は良い人だ。彼女の中の何かが告げている。信用できるなら、話しても良いと思った。
「屋敷を出てきたの。―良人と折り合いが悪くて、もう一緒にいたくないと思ったから。行く当ては何とかなると思う」
 光王が肩を竦めた。
「へえ、あんたみたいな別嬪をかみさんにできるなんて、幸せな男だねぇ。それにしても、女房ににげられるなんて、その旦那も情けねえな」
 王が聞けば引っ繰り返って怒るだろう科白をいけしゃあしゃあと言っている。
「行くとこがないんなら、俺の家にでも来たらって言おうと思ったんだけど。それなら余計なお世話だな。マ、俺はあいつらよりはマシだけど、あんたみたいな美人が来たら、ちょっと手を出すなっていうのは難しいかもしれないし。行くとこあるなら、俺といるより安全だな」
 あいつらというのが先刻の放蕩息子たちだとは判るものの、何やら物騒な科白に春花は怯えて身を退いた。
 と、彼は春花の反応を面白い見せ物のように見て、大笑いした。
「冗談だよ、冗談。んなわけないだろう。そんなことするくらいなら、あいつらより先にあんた相手に愉しませて貰ってたさ」
 人の食った物言いをする男だが、不思議と憎めないのは、やはり良い人間だからだろうか。身体中の緊張を解き、春花は気になっていたことを口にした。
「あなたは異様人なの?」
 光王はプッと吹き出した。
「ことごとくお嬢さんの期待を裏切って申し訳ないが、俺は生まれも育ちも朝鮮だよ」
「ごめんなさい。失礼なことを言ったわね」
 春花が謝るのに、彼は首を振った。
「この外見だから、あんたがそう思い込むのも無理はないし、十中八九の人間はそう言うからね。別に今更、気にしちゃいない。俺の祖母さんが異様人で、母親は異様人と朝鮮人の間に生まれた混血だったんだ。つまり、俺の身体には確かに異様人の血が四分の一は流れてるってこと」
 やはり、生粋の朝鮮人ではなかったのだ。彼の父親は朝鮮人だというが、ならば、たまたまこの男には祖母方の血が色濃く出たのだろう。
「何があるか知らねえし、聞こうとも思わねえが、この先、何か困ったことがあったら、翠月楼の用心棒光王を訪ねてくると良い」
 後に漢陽中を騒がせた義賊集団?光の王?の長、天下の大義賊光王(光王を主人公にした物語シリーズ『月下にひらく華』『妖しの月に〜光と闇の王〜』は姉妹サイトにあります)とこの国の王妃の劇的な出逢いであった。もちろん、この後、二人が再会することは二度となかったが―。
「あ、これを持っていきな」
 礼を言って背を向けた春花に、光王の声が追いかけてくる。光王が走ってきて小さな包みを渡してくれた。
「腹が空いたら食いな。腹が減っちゃ、戦はできねえって昔から言うもんな」
 光王は?じゃ?と片手をひらひらと振り、眼前の小さな妓楼に入っていった。
 ここで色町は終わり、後は昼ならば露店が所狭しと立っている市の通りになる。今はちゃんとした店舗を構えた店は固く戸を閉ざし、露店はむろん出ていない。昼間の賑わいが嘘のように森閑と静まり返った道はまるで廃墟のようですらあった。
 春花は人通りもない道を歩くのが急に怖くなった。小走りに通りを抜け、見覚えのある四つ角を回り路地に入る。直に隠れ家が見え、やっと安堵の息を吐いた。
 かすかに軋む扉を開き、中へと脚を踏み入れる。自分を陵辱しようとした男の持ち家しか行く当てがないとは皮肉なことだ。
 緩慢な動作で室内を見回すと、昨日、ここを王とともに訪れたときのことが嫌でも思い出された。あのときは優しくしてくれたのに、何故、昨夜はいきなり、あんなことになってしまったのか。やはり自分が王を怒らせてしまったのがいけなかったのだろうか。
 塵一つなく磨き上げたこの家を見て、王はとても歓んでくれた。この家を出て市の露店で菫青石のノリゲと簪、指輪、それに靴まで買ってくれたのだ。
―貸してごらん。