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身代わりの王妃~続・何度でも、あなたに恋をする~

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 歴代の王の後宮には、大抵、女官から側室になった者がいる。しかし、現国王直宗の後宮には選ばれて―予めお膳立てされて入内してきた妃たちが侍っているだけで、王自らが見初めて側室にしたのは亡くなった和嬪(明姫)のみである。
 だが、今夜ばかりはユンも違った。これだけの伽耶琴の名手であれば、さぞ心映えも優れているに違いない。可能なら側室として召し上げても良い。側室にすれば、この伽耶琴の妙手をいつも側に置き、この調べに耳を傾けることができる。
 などと、彼らしくもないことを考えていた。が、伽耶琴の調べに彼が導かれた先は何と中宮殿であった。中宮殿にはまだ灯りが灯り、室内からこの哀切かつ艶麗な調べが流れているのだった。
 ユンは少し躊躇ったが、意を決して殿舎に向かって大股で歩いた。夫婦なのだから、少しくらい顔を見て話すくらいは構わないだろうと思ったのである。
 回廊に佇んでいた尚宮や女官たちは、突如として現れた国王を認めて騒然となった。
「騒がなくて良い。中殿の顔を見たら、すぐに大殿に戻る」
 やれ酒肴の支度だと色めき立つ尚宮たちを制し、彼は殿舎の階を上り、王妃の居間に入った。
「―殿下」
 春花は白い夜着姿で伽耶琴をつま弾いていた。夜着姿ということは、彼女もまた眠れなかったのだろうとユンは見当をつける。
 立ち上がってユンを出迎えようとする春花を彼は手で止めた。
「挨拶など良いから、そのまま続けてくれ」
「はい」
 春花は頷き、また座り直して伽耶琴を弾き始めた。遠くで聞くより、なおいっそう心の奥底に滲み込むような、魂を震わせるような音色である。
「そなたにこのような妙技があるとは知らなかった」
 ひとしきり弾いた後、春花は手を止め、上座に座った彼と向き合った。
「殿下がお聞きになっているかと思うと、緊張で手が震えました」
 春花は少女らしい邪気のない笑顔で言った。
「いや、それはない。側で聞いていても、心に刻み込みたくなるような尊い音色であった」
「お褒めにあずかり、嬉しうございます」
 ユンの顔を見ていた春花が突然、あ、と声を上げた。彼が何事かと愕いている前で、立ち上がり部屋の片隅の違い棚に近づく。かと思うと、引き出しを開けて布にくるまれた小さな包みを出してきた。
「殿下、これを」
 ユンが座っている座椅子の前の文机にそっと載せる。
「これは?」
「町の筆屋で買い求めた筆です。ずっと前に買っていたのですが、なかなかお渡しする機会がなくて、差し上げられないままになっていました」
 今日、その筆屋の前を通り掛かったので思い出したのだと言った。
「だが、筆はもう貰ったのではなかったか」
 ユンは昼間に訪れた隠れ家の室内を思い出していた。きちんと掃除され、片付けられた室内の片隅、文机には真新しい硯、墨、筆に料紙とすべてが揃えられていたのだ。
 あれは間違いなく春花が半月前、町の筆屋で買い求めたり貰ったものだ。
 春花は少しはにかんだように笑った。
「これは本当は私が使おうと思ったのですが、私はまた同じものを買えば良いと思い直しました。ゆえに一本は町の家で、もう一本は宮殿でお使いになれば良いかと」
 ユンは胸が熱くなった。自分のために買った筆をこの少女はユンにくれるというのだ。
「そなたも書をよくするのであろう。これはやはり、そなたが使うべきだ」
「私はまた町に行きます。そのときに同じものを買えますから、これは殿下がお使い下さい」
 その言葉が少し引っかかった。
「中殿、もう今後は一人で町に出かけてはならないと申したはずだが」
 春花が少しうつむき、すぐに顔を上げた。
「そのことなのですが、私はやはり、一人でも出かけたいときは出かけようと考えています」
「中殿!」
 つい声が高くなるのは、この場合、致し方ない。ユンは務めて冷静さを保とうと膝の上に置いた拳に力をこめた。
「そなたは私の意に逆らうのか?」
 だが、昼間と異なり、今度は春花も引かなかった。
「昼間も申し上げたように、私は私なのです。殿下の所有物ではありません。なのに、殿下は私の行動や気持ちまでをも支配なさろうとする、それは間違っていると思うのです」
「そなたは私の妻だ。妻は良人のものではないのか」
「違います。たとえ妻でも、一人の人間です。妻である前に、個人の意思や自由が優先されるべきです」
「それは父御の教えか」
「父とは関係ありません。私が自分の頭で考えて、そのような結論に至りました。それに、私は殿下の妻ではないのです。婚礼の夜にお願いしましたように、いずれはここを出ていく身なのですから、立場上は王妃と呼ばれはしていても、自分が殿下の妻だとも中殿だとも思ったことありません」
 その科白はユンを激怒させるには十分であった。
「それは本気の言葉か、中殿」
「―はい」
 負けん気の強い瞳で見返され、ユンの理性の糸も流石にここで切れた。
「それでは、そなたを今宵、私の妻にする」
 その言葉の意味を春花はすぐに理解できなかったようだ。ユンは立ち上がり彼女に近づくと、いきなり膝裏を掬い抱き上げた。
「―殿下?」
 驚愕の表情を浮かべる春花には構わず、彼は春花を抱いたまま次の寝所へと続く扉を乱暴に開けた。
 寝所には絹の褥が敷かれている。ユンは春花をその上に放り投げるように横たえると、すかさず上から覆い被さった。
「殿下、何をなさるのですか?」
 この期に及んでもまだ判らないのかと、半ば嘲笑めいた笑いを刻み、夜着の前紐を解く。
 そこでやっと彼女は自分が今、どれほど危険な状態に陥っているかを理解したようであった。
「いや、いやっ」
 春花が死に者狂いで抵抗を始めた。
「判ってくれ、私はそなたを欲しいのだ」
 耳許で囁いてみても、少女の抵抗は止まらなかった。むしろ、そのひと言がますます恐怖を煽ったらしい。抵抗はいっそう激しくなった。
「約束が違います。殿下はいずれ宮殿から出して自由の身にしても良いと約束して下さったではありませんか」
「気が変わった」
 造作もなく切り捨てると、黒い瞳が見る間に潤んだ。
「私、信じていたのに」
「そなたが悪い。強情を申して、私を怒らせるからだ」
 そう言いながらも、本当だろうかと自分に問いかける。自分は最初から、いずれはこの少女を自分のものにするつもりではなかったか。どこかでそのきっかけを探していたのではないだろうか。
 だとすれば、自分はとんだ卑怯者だ。口では偽善者ぶってこの娘を安心させておいて、突然、牙を剥いて襲いかかった―。
 あまりに打撃が大きかったせいか、一瞬、抵抗が止んだ。その隙にユンは春花の夜着の紐を解き、上衣の前を大きく開いた。既に寝るつもりだったのか、今夜は胸に布を巻いていない。それも天の助けに思えた。
「きれいな胸だ。こんな魅惑的な身体を生涯誰にも見せず、寺に引きこもって過ごそうなどと考える方が罪ではないか」
 彼は恐怖と緊張のあまり、大きく上下する胸を手のひらで包み込み、ゆっくりと揉んだ。
「色といい、形といい、理想的だ。何も恥ずかしがることはない」
「殿下、お願いです。止めて下さい。私、私―」
 春花は気丈にも泣くまいと堪えているようであった。大きな眼は潤み、今にも涙がこぼれそうになっている。