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身代わりの王妃~続・何度でも、あなたに恋をする~

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―最後まで可愛げのない女と殿下もさぞや愛想を尽かされていることでしょう。されど、殿下、私は殿下をお慕い申し上げているからこそ、大勢の女の一人にはなりたくなかった。年々、強くなる殿下への想いゆえに、私は中殿にあるまじき醜い妬心を抱くようになってしまったのです。
 それはユンが初めて聞いた妻の気持ちであった。これまで妻は一度も自分の気持ちを語ったことはなく、ましてや誇り高い彼女がまさか自分を?慕っている?だなどと考えたこともなかった。
 言葉もないユンに、王妃は花のような微笑を浮かべた。
―気の強い私ですが、最後にずっとお慕いし続けてきた方に真実をお伝えしたかったのです。これで心残りはございません。
 ずっとお慕いし続けてきた―。その言葉はユンの心を射貫いた。
―中殿、そなたが私を慕っていたなどと、私は知らなかった。
―申し上げなかった私が悪いのです。その点、和嬪こそ真に王妃となるべき器の女子(おなご)でした。あの者であれば、殿下に何人の側室がお仕えしようとも、己れの心よりも殿下のお立場を理解し優先することができたでしょうに。
 王妃はユンを見て、少女のように無邪気な笑みを見せた。
―殿下の妻となった十五歳のときから、私はずっと殿下をお慕いしておりました。長い長い片想いでしたが、これで漸く苦しい恋も終わりです。
―中殿。
 ユンは別人のようにやせ細った妻を抱いて泣いた。
 知らなかったと言い訳はできない。明姫だけを映していたかつての自分の瞳に、中殿の向ける恋心に気づくだけのゆとりはなかった。美しく誇り高い妻は実は幼子のように不器用で、自分の想いを伝えるすべを持たなかっただけだった。
 そのことに気づいても、もう遅かった。
 病に倒れ療養していた王妃は治療の甲斐なく、その年の冬を迎えられなかった。
 もし、自分が妻の気持ちにもっと早くに気づいていたら、妻をこんな風に孤独なまま逝かせることはなかった。明姫は王である自分に愛されたために死地に追いやられ、王妃は自分がその気持ちに気づいてやれなかったばかりに、不幸なまま死なせた。
 自分は一体、何人の女を不幸にしてきたのか。そう思えば、自己嫌悪と共に、自分の不甲斐なさが恨めしかった。
 王室の存続のためにも、新しい王子の誕生が待たれていることはユンも十分、理解していたが、王妃の心根を思えば、おいそれと新しい妻を迎える気にはなれるはずはない。時は空しく過ぎ、王妃の喪も明けた。
 喪明けまではそれを理由に新しい中殿冊立を拒み通しもできたけれど、それも通用しない。明姫が亡くなってから、大妃との間には深い溝ができた。二人ともに口には出さないけれど、明姫が何故、お産の最中に変死したのかを大妃もユンもよく判っている。
 ユンはそれまで行っていた毎日の挨拶も止め、大妃が王を訪ねることもなかった。領議政に対しても以前はまだ伯父としての情も残っていたように思うが、今は完全に一線を画して隔てを置いている。
 そんな大妃が突然、大殿(テージヨン)を訪ねてきたのは三ヶ月ほど前のことだった。その前年、ついに国中に禁婚令が発布された。両班の子女で、今年、八歳から十六歳になる娘に対してのもので、その中から未来の王妃を選ぶという主旨だ。
 いよいよ国王の花嫁捜しが本格的に始まったのである。大妃が訪れた用件はもちろん、そのことに関してであった。王の花嫁といっても、厳密に王であるユンの意思が反映されることはない。数人に絞られた有力候補の娘たちを朝廷の大臣たちが更に検分し、審査を重ねて最後に二人ほどになった時点で、初めて国王に選択権が与えられるのである。
 最後に選べる自由が与えられるならばまだ良い方で、内実は大臣たちが王妃決定権を持っているようなものだ。先代の王の結婚、つまりユンの父と母の結婚もまったくの政略結婚であった。
 大妃は言わずと知れた新しい王妃候補の娘たちの名を告げにやってきたのだ。その娘たちには申し訳ないと思うけれど、正直、大妃が嬉々として告げる彼女たちの名前をユンはまったく記憶していなかった。確か候補者は三人だという話だった。その中の一人はむろん、伯父の領議政の派閥に属する臣下の娘なのは言うまでもない。
 どうせ形式的に複数の候補者を立て、最終的には領議政寄りの娘が選ばれるに決まっている。領議政は亡くなった王妃の実父でもある。我が娘を国王の妃として生まれた孫を次の国王にと野心を燃やしていたが、王妃は子のないままに亡くなり、次に養女として嫁がせた尹氏(ユンし・賢嬪(キヨンビン))も王の御子を産むことはできなかった。
 しかし、老いてなお野心家の領議政はいまだに外戚になる夢を諦めてはいない。
―どの娘でも、お好きな者をお選び下さい。それで私に異存はありません。
 ユンは大妃の方を見もせずに告げた。
―今度の中殿は殿下もきっとお気にいるに違いありませんでしょう。
 大妃は何か含みのある言い方をして帰っていった。
 そして、それから三ヶ月後の今日、ついに決定した未来の王妃となる娘と初の体面を果たすべく、自分はこの場にいる。
 それにしても、仮にも自分は一国の王である。その王をかれこれ半刻近くも待たせるとは、何と無礼な娘なのか。何事にも鷹揚なユンではあるが、最初から嫌々ながらの結婚であるだけに、余計に面白くない。
「母上(オバママ)、どうやらいつまで待っても待ち人は来ないようなので、私は大殿に戻ります」
 痺れを切らして立ち上がりかけた時、室の外から控えめな声が聞こえた。
「殿下、許(ホ)家のご令嬢がお見えでございます」
 ユンはあからさまに大きな溜息をこれ見よがしにつき、大妃をチラリと見た。
「やっと参ったようですね」
 対面をすっぽかせる良い理由ができたと内心は歓んでいたのに、これでは逢わないわけにはゆかない。
「通してくれ」
 ぶっきらぼうに応えると、すぐに両開きの扉が音もなく開いた。
 この度、王妃として選定されたのは許氏の娘であった。父親は許修得、成均館(ソンギユンカン)で学生たちを指導している直講(教師)だという。成均官で儒生を教える教師たちもまた国の官僚であることに変わりはない。
 ひと口に教師といっても、階級も上から下まで様々あり、直講は正五品に相当し、定員四人、上から数えて八番目の階級になる。つまり、けして高官ではない。
 何故、そのような教師の娘にすぎない女が領議政(ヨンイジョン)と繋がりがあったのかは知らないが、とにかく、その娘が最終的に選出されたということは、その父親は領議政寄りの派閥に属しているのだ。
「はい」
 新しい王妃が嫁いできてからは新王妃付きとなる尚宮が畏まって頭を下げる。
「大妃さま、お嬢さま(アガツシ)がお約束の刻限に遅れられたのは、どうやら町中で事故があったようにございます。お嬢さまがお乗りになっていた輿が向こうから来る荷馬車をよけかねて、危うく転倒しそうになったとか」
「おお、それは難儀なことであったな。それで、春花(チユンファ)どのはご無事であったのであろうな」」
 大妃が大仰に相槌を打っている。
―無事も何も、こうして姿を見せたからには、何もなかったに決まっている。