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身代わりの王妃~続・何度でも、あなたに恋をする~

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 文机の上にはささやかな一輪挿しがあり、うす青紫の花が活けてあった。この花があの寺に植わっていたものだと気づくのに時間はかからなかった。
 ユンの視線に気づいたのか、春花はまたも恥ずかしげに笑う。
「殿下があの花をお気に召したご様子でしたので、一輪だけ、花にごめんなさい、許してねと謝って貰ってきました」
 この娘なら真剣に花に向かって?ごめんなさい、許してね?と言うだろう。その光景が見えるような気がして、ユンは思わず微笑んだ。
「こうして飾っておくのも良いが、やはり、これがいちばん花も歓ぶだろう」
 ユンは一輪挿しから花を抜くと、春花の黒髪に飾った。
「うん、なかなか似合う。どんな簪よりも、そなたには似合うぞ」
 眼を細めて頷いていると、春花の頬が染まった。ユンは春花の手を取ると、?行こう?と隠れ家から外に出た。
「殿下、どこに行くのですか?」
「良いから、直に判る」
 ユンは春花の腕を引いて、どんどん先に立って歩いた。やがて路地から賑やかな大通りに至ると、途端に物を売ろうとする露天商のかしましい声が飛び交ってくる。
 ユンはいつかの蒸し饅頭屋の前まで来ていた。まずはその隣の小間物屋で店先を物色する。
「これをくれ」
 ユンは二、三の簪(ピニヨ)を春花の漆黒の髪にあてがい、ああでもない、こうでもないと首をひねった。迷いに迷った挙げ句、菫青石(アイオライト)のはめ込まれた簪に決めた。縁取りは銀細工で、その中に大きめの石がはめ込まれているシンプルな意匠(デザイン)である。お揃いのノリゲも買い求めた。ノリゲも菫青石が銀細工の縁取りに填っていて、房は白と薄蒼のグラデーションに染め分けられている。
「流石はお眼が高いですね、旦那」
 若い小間物売りはお世辞半分、本気半分といったところで機嫌良く簪を渡してくれる。この簪はむろん、王妃として日々身につけているものには及ばないけれど、このような町中の店が商う中では高級品だ。
 更にユンは翡翠の指輪を一対買い求めた。
「旦那さま、こんなに買って頂くわけにはいきません」
 翡翠の指輪も町の露店にしては高価だし品も良いものだ。流石に王として生まれ育った彼は生まれたときから本物の高級品ばかりを見慣れているから、眼が肥えている。
「良いのだ。簪とノリゲは部屋を掃除してくれた礼で、指輪は私のために買った」
 指輪は対になっていて、二つでひと組になっているようである。ユンはそう言いながら翡翠の指輪の小さい方を春花の指に填めた。それから、自分の指に大きな方を填める。
「最近の都では、夫婦や恋人が対(ペア)の指輪をするのが流行りだそうな。私も一度、やってみたかった」
 ユンは?貸してごらん?と言い、春花からノリゲと簪を受け取り、彼女の結い上げたつややかな髪に挿した。更にお揃いのノリゲをチョゴリの前紐に結ぶ。
「これでよし。なかなか似合うぞ。私の見立ては間違いないな」
 今日の春花のいでたちは紅のチョゴリと濃紺のチマである。春花の全身をさっと眺めて、ユンは満足げに幾度も頷いて見せた。と、小間物屋の隣に店を出していた蒸し饅頭屋の女房が陽気な声をかけてきた。
「旦那さま、また、お逢いしましたね」
「ああ、なかなか繁盛しているようだな」
 ユンは笑い、フムフムと店先を覗き込んだ。
「では、今日は揚げパンを貰おう」
「はい。いつもありがとうございます」
 女はふくよかな顔に愛想の良い笑みを浮かべている。
「あれま、旦那さま、今日はお連れさまがおいでで?」
 どうやら、ユンの背後に隠れていた春花にめざとく気づいたようである。
「うむ、妻を連れてきた」
 女房は春花を見ると、細い眼を更に細めた。
「まあ、可愛らしい奥さまですこと。旦那さまも隅に置けませんねぇ。若い奥さまをお貰いになって。一体、こんな美人をどうやって口説き落としたんですか?」
「あ、ああ。まあ、その、何というかだな」
 ユンは大いに戸惑い、照れたように赤くなった。ウッオホーン。わざとらしい咳払いをすると、女房を軽く睨んだ。
「しかし、女将。その言い様は失礼だぞ。それでは、まるで私が歳不相応な若い嫁を貰った年寄りのようではないか!」
 女は太り肉(じし)の身体を大袈裟に揺すって笑い出した。
「あたしャ、何もそんなことは申し上げちゃいませんよ。そんなにお気になさるってことは、旦那さまご自身が奥さまとのお歳を気になさってるってことでしょう。でも、大丈夫ですよ。うちの宿六亭主と違って、旦那さまは男っぷりもこの都でもついぞ見かけないほど良いし、それほどの上男なら、若い奥さまでも十分釣り合いが取れます。このあたしが保証しますから」
 あまりの言いたい放題に、ユンはすっかり毒気を抜かれてしまった。その間にも女はまだ熱い揚げたてのパンを袋にさっと入れ、ユンにではなく春花に差し出した。
「今日はお美しい奥方さまもご一緒ってことで、ご祝儀に三つ余分に入れておきました。奥さま、こんなむさ苦しい店ですけど、良かったら、また、旦那さまとおいで下さいましね」
 如才ない女房は春花にまで愛想を振りまいている。
「まったく無礼な」
 ユンは言葉ほどには怒っていない口ぶりで肩を竦めた。傍らの春花がクスクスと忍び笑いをしているのも憎らしい。
「憎らしい人だな。良人が笑い者になったのがそのように嬉しいのか?」
 春花は首を振った。
「男の方はそのようなことを気になさるのかと思って、不思議な気持ちになりましたものですから」
 ユンはあからさまな溜息をついた。
「それは気にするなという方が無理だ」
 やや経って、彼は春花にさりげなく訊ねた。
「まさか私とそなたがこうして並んでいて、父と娘に見えたりはしないだろうな?」
「それは大丈夫だと思いますけど」
「いや、判らんぞ。宮殿に戻ったら、黄内官や尚宮たちに訊ねてみなくてはならん」
 口に出したくもないけれど、自分の長女は健康に育っていれば、今の春花とまったく同年なのだ。常々、娘と同じ歳の妻を娶ったというのはユンの泣き所でもあった。嬉しさ半分、照れ臭さ半分といったところか。
 もっとも、国王の婚姻は国のために行われるものだ。長らく中殿の座を不在にすることはできないからである。時には王子を産んだ高位の側室がそのまま昇格して中殿の座に直ることもあったが、大抵は国中に禁婚令を発布して良家の適齢期の子女の中から新たな中殿を選出する。
 そんなわけで、中には五十歳で十五歳の王妃を継妻として迎えた王も歴代の中にはいる。三十九歳の王と十七歳の王妃の組み合わせは確かに年齢差がないとはいえないが、王自身が再婚のため、これは年齢差がある中には入らない。
 しかし、当の本人にしてみれば、これは大問題なのである。ユンはどこまでも真剣なのに、こんなときに限って、春花は笑いを噛み殺しているようであった。 
 しばらく並んで歩いていると、今度は靴屋が見えてくる。ユンはまた春花の手を掴んだ。
「今度は、あっちだ」
「いらっしゃい」
 店番をしていた若い男が上客と見て、素早く立ち上がった。
「妻に合う靴を見せて欲しいのだが」
「へえ」
 靴屋は店先に並んだ靴を二つばかり、春花の足許に置いた。
「こちらなどはいかがでしょうか?」