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身代わりの王妃~続・何度でも、あなたに恋をする~

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「私は常にこの国のゆく末を第一に考えております。その私に何故、そのようなことを?」
「中殿はまだ若い。嫁いでひと月も経たぬゆえ、私自身が中殿が宮廷での暮らしに慣れるまでは待つと申したのです。ですから、中殿をそのことで責めないでやっては頂けませんか」
 ?そのこと?というのが国王夫妻の閨のこと、有り体にいえば、いまだに王と王妃が褥を共にしてはいないことを指すというのは暗黙の了解事項だ。
「殿下が中殿をお庇いになるお優しいお気持ちは、この母も良く理解しておりますが、そのように甘やかしていては、後々、困ることになります。確かに中殿は若いが、国母となったからには相応の自覚を持って貰わねば。私はそのことについて申し聞かせているだけですよ」
 大妃が言い終わらない中に、扉が開き、大妃付きの朴尚宮が小卓を捧げてきた。上には湯飲みが三つと皿に盛った干菓子が載っている。
 朴尚宮は湯飲みの中の一つをまずユンに恭しく差し出し、次に大妃に手渡した。最後に春花に差し出した湯飲みを見て、彼はふと気になった。
「中殿、少し見せなさい」
 春花の手にした湯飲みを覗き込めば、明らかに二人の湯飲みに入っている茶とは違う。自分たちのものはごくありふれた茶の色をしているが、春花のものは透き通った紅であった。
「母上、何故、中殿だけに違うものを出されるのですか?」
 訊かずにはいられない。大妃は事もなげに言った。
「そのお茶は清国渡りの薬草茶ですよ。何でも懐妊を望む女子が続けて呑めば、もののひと月の中には見事に子を孕むそうな」
 あからさまに懐妊の話を持ち出され、恥ずかしいのか、春花は真っ赤になっている。身も世もない心地でうなだれているのを見、ユンはまた溜息をつきたくなる。
「そのようなものを呑まずとも、中殿は若いのですから、大丈夫でしょう」
 しかし、大妃もなかなか後には引かない。
「いいえ、今日よりはこの薬草茶を中殿には毎日きちんと飲んで頂かなければなりません」
 大妃はきっぱりと言うと、眼前の春花に命じた。
「さあ、呑みなさい」
 春花はかなり逡巡しているようである。
「さっさと呑まぬか!」
 怒鳴られ、漸く湯飲みを口に当てた。その刹那、ユンの脳裏に明姫の最期が甦った。大妃の手先と思しき女官が運んできた毒薬を飲んで亡くなった最愛の女。
 母上が私の大切な明姫を殺した。
 咄嗟にユンは春花の呑もうとしていた湯飲みを乱暴に奪った。
「そのようなものは呑む必要はない」
 低い声で春花に言うと、母を真っすぐに見据えた。
「まさか、またしても私の大切な女に毒を飲ませるおつもりではないでしょうね、母上」
「な、何を言われるのだ。私がいつ、そんなことを―」
 いきなりの国王の発言に、大妃は言葉もないようだ。
 ユンはわざとらしい笑みを浮かべた。
「冗談ですよ。私の大切な妻は正室、側室問わず、母上さまにとっても可愛い嫁だ。情け深い母上さまがそのような空恐ろしきことをなさるはずがない。そうでございましょう、母上さま?」
 言うだけ言い、立ち上がった。
「中殿、母上さまもお歳だ。あまり長居をして、お疲れさせても子として不孝の極みだし、そろそろ我らはお暇するとしよう」
 さりげなく言えば、利口な春花は即座に頷き彼に従った。
 大妃殿を出た後、ユンは春花と並んで歩きながら言った。
「済まない。母上さまも大妃として国や王室の行く末について心を痛めておられるのだ。そう思って、気にしないでくれ」
 国王夫妻の後を黄内官や金尚宮を筆頭とする女官、内官が付き従う。
 春花は健気にも微笑んだ。
「それは十分心得ております。大妃さまのお立場であれば、当然のご心配かと思われます」
「そなたがそのように申してくれるなら、ありがたい。あのような怪しげな茶は飲む必要はないからな」
 それについては、ついに春花からの返事はなかった。
 後はもう話すこともなく、二人はひたすら黙って歩き続ける。
 ユンは一人で考え込んでいた。
―これで母上も私が明姫を殺したのがそも誰かを知っていると気づいただろう。
 もう、二度と同じ過ちを繰り返す気はない。大切な女はこの手で守る。流石に大妃自らが望んで中殿の座に据えた春花にまで手を出すとは思えないけれど、あの気性の烈しい母のことだ。春花がいつまでも王を拒み続けていると知れば、役立たずと見なして春花に何をしでかすか知れたものではない。
 最悪、思い通りにならない中殿をまた何らかの方法で殺害した上に三度目の王妃を迎えろなどと言い出しかねない。母なら、やりかねないところがまた怖いところでもあった。
 しかし、明姫を毒殺した犯人を知っていると暗黙に警告したことで、母ももう春花には手出しができないはずだ。もし万が一、春花にまで手を出せば、今度こそ母とて容赦はしない。そこまでの覚悟と気迫を滲ませて、彼は大妃に最後通告を突きつけたのだから。
 
 ユンが春花を次に町へのお忍びに誘ったのは、それから半月を経たばかりのある日だった。既に暦は八月に変わっていた。
 最初、春花はかなり逡巡していたようだ。可愛らしい面には?行きたくない?と正直すぎるほどに書いてあった。しかし、それには気づかないふりをして彼はなおも言った。
「先日のようなことは絶対にないと約束する。そなたの意に背く行為はけしてせぬゆえ、共に来て欲しい」
 というわけで、何とか気の進まないらしい妻を隠れ家に連れてきたわけである。
 しかし、半月ぶりに隠れ家を訪れた彼は驚愕の表情を露わにしないわけにはいかなかった。
「これは」
 眼を丸くしている彼が室内を眺めている中に、片隅に置いてある文机が視界に入った。以前は当然ながら机にも埃と汚れがこれでもかというほど付いていたのに、今日はきちんと拭われている。その上には真新しい硯と墨、筆ばかりか、上質な料紙まで用意されていて、今すぐにでも使えそうである。
 もちろん、他の部分もすべて綺麗に掃除されて、蜘蛛の巣どころか埃一つ落ちていない。気持ちよく整えられた室内を見て、ユンはハッとした。振り向いて春花を見やる。
「もしや中殿、あなたか?」
 春花は少しはにかんだような笑顔でコクリと頷いた。またしても抱きしめたい衝動に駆られるも、?意に添わない行為はしない?という約束を思い出し、伸ばしかけた手を引っこめる。
「出過ぎたことと殿下のご不興を買うかとも考えたのですが、今度、お越しになるときに気持ちよくお過ごし頂ければと思いまして」
 一人でこっそりとやって来て、せっせと掃除をしたのだという。
「中殿、そなたという人は」
 ユンは泣き笑いの表情で幼い妻を見た。
 一人で宮殿を抜け出す大胆さと自分より相手を気遣ってしまう優しさ。負けん気が強い癖に涙もろくて、すぐに泣く。
 駄目だ。ユンは想いを振り切るように、かぶりを振る。この娘は外見だけでなく、性格まで明姫に似ているようだ。最初はまだ慣れていなくて、本当の自分をうまく出せていなかったのだろう。
 これでは、本当に明姫が帰ってきたようだ。困ったことに性格まで似ているのが良いことなのか、悪いことなのか。ユンには判らない。