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身代わりの王妃~続・何度でも、あなたに恋をする~

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「ですが、温嬪さまは何故か殿下お一人だけはどなたであるかをちゃんとご理解していらっしゃるようなのです。それだけ温嬪さまの殿下へのお気持ちが深いものではないかと我らはお察し申し上げております。どうか、ぐれぐれも温嬪さまをお見捨てなきよう平にお願い申し上げます」
「もちろんだ。私の子を産んだ温嬪を見捨てるようなことは絶対にない。そなたらは余計な心配をするより、温嬪の身に何事もなきように気を配ってやってくれ」
「はい、畏まりました」
 回りの者すべてが―実家の両親すら判別がつかなくなっている温嬪が唯一、認識できるのが良人である国王であった。 
 ユンは空を仰いだ。夏の陽が眩しい。彼の眼に夏の太陽がぼやけ、ひとすじの涙が頬を流れ落ちる。
 温嬪と関係を持ったのは後にも先にもたった一度きり、しかも明姫を側室として後宮に迎えるために、大妃が出した交換条件として温嬪を抱いた。
 その一度で彼女は懐妊し、王女を死産した。挙げ句、我が子を失った衝撃のあまり、狂人となり果ててしまったのだ。
 償って償い切れるものではない。それだけの罪を自分は犯した。愛情の片鱗もなく一夜を共にしたせいで、温嬪は彼の子を身籠もったのだ。気持ちがないのなら、やはり関係を持つべきではなかった。
 もし王の側室になどならなければ、温嬪は相応の両班の男に嫁ぎ、今頃は母となり、幸せな生涯を送っていただろう。
 これからの生涯を温嬪がせめて何不自由なく過ごせるように計らうくらいしか、自分にできる償いは何もない。
 自分が愛し過ぎたために、妬まれ誹られ、毒殺されてしまった明姫。
 最後に自分の手を取り、?お慕いしていました?と告げた王妃。
 更に、愛もなく抱いたために彼の子を身籠もり失い、正気すらも手放した温嬪。
 皆、国王と拘わらなければ、それぞれが平穏な生涯を送っていたであろう女たちだ。
 私と拘わった女は皆、不幸になる宿命なのか。ユンはやるせない想いで空をいつまでも見上げていた。
 夏の白雲が蒼空にぽっかりと浮かんでいる。どこからか蝉の声が聞こえてきて、ユンは今年初めての蝉の鳴き声を聞いたと、ぼんやりとした頭で考えた。
 その後、ユンはふと思い立って側室の一人仁嬪(インビン)の殿舎に寄った。伴も連れずにふらりと立ち寄った王を認めた仁嬪付きの尚宮が慌てて出迎え、女官が仁嬪に国王殿下のおなりを知らせに走った。
 丁度、仁嬪の居間には三人の幼い王女たちもいた。
 庭先でユンを出迎えた仁嬪の傍らに三人の娘たちがいるのを見、彼は顔を綻ばせた。二人の王女も大好きな父に逢えて顔を輝かせている。
「父上さま(アバママ)」
「父上さまっ」
 上の二人が口々に叫んで駆け寄ってくる。
「和蘭、和容、二人とも良い子にしていたか?」
「はい」
「はあーい」
 第二王女の和蘭翁主は七歳、第四王女の和容翁主は六歳になる。上の王女は面立ちも性格も生母仁嬪に似て、おとなしやかだ。一方、一つ違いながら、下の王女は容貌もユンに似て早くも将来の美貌を彷彿とさせる美しい面立ちをしている。気性も姉娘とは異なり、活発だ。
 仁嬪は末の第五王女和寿翁主を腕に抱いて、ユンと娘たちのやりとりを微笑んで眺めていた。
「和寿も元気にしていたかな?」
 ユンはまだ三歳になったばかりの末娘のふっくらとした頬をつついた。和寿の顔が少し熱いのが気になり、ユンは仁嬪に問いかけた。
「和寿は熱があるのか?」
「はい、昨夜から咳も出ますし、風邪を引いてしまったようなので、心配です」
 今ひとりの側室が生んだ第四王女は和蘭翁主と同い年である。いずれの王女も病気らしい病気もせず健やかに生い立っているが、末の和寿翁主だけが病弱なのは気掛かりだった。
「それは良くないな。内医院の医官には診せているのであろうな?」
「はい。早々に薬を処方して貰いましたゆえ、熱も昨夜よりは下がりました」
 仁嬪も憂い顔だ。和寿翁主が病がちなのには普段から心を痛めていた。
「どれ、おいで」
 ユンは仁嬪から和寿翁主を抱き取り、頬ずりした。
「アバママ、ようこちょおいでなしゃいませ」
 ませた口ぶりで仁嬪の口調を真似るのに、ユンは仁嬪と顔を見合わせて笑った。
 やがて乳母が和寿翁主を連れにきて、上の王女たちもそれぞれ女官や尚宮に連れられて去っていく。
「そなたも変わりはなかったか、仁嬪」
 ここを訪ねるのは数日ぶりだ。仁嬪は頷いた。
「お陰さまで元気に過ごしております」
 この女が良いのは、訪ねるのが間遠になっても、少しも文句どころか嫌な顔をしないところである。元々おっとりとした気性らしく、物事に動じることがない。気性が反映しているかのように容貌も地味で特に美しいというわけではないが、側にいて疲れない相手だ。
 かといって、感情に乏しいわけではなく、万事に控えめな奥ゆかしさを持っているのだ。
「王女たちも殿下にお逢いできて、歓んでおります」
 喋るのも人柄を示すかのように、ゆっくりとしている。
「王女の顔を見るのも良いが、私はそなたに逢いにきたのだぞ」
 言いながら、この科白は先刻、温嬪にも口にしたような気がするユンだ。
 仁嬪は珍しく声を立てて笑った。
「殿下は女心をくすぐるのがお上手ですね。一体、どれだけの女に同じ科白を囁いておられることやら」
 仁嬪のけして大きくはない一重の眼がユンをじいっと見つめている。何か口先だけの浮いた科白だと見透かされているような気がして、彼は慌てて妃から眼を逸らした。
 自分はいつから心にもない科白を平然と幾人もの女たちに囁きかけるようになったのか。
 明姫を失ってからというもの、彼の魂(こころ)はいつもどこかをさまよっている。仁嬪も含めて複数の側室たちを愛しいとは思うが、かつて明姫に対して抱いたような烈しい恋情や狂おしいほどの渇望はない。
 ユンの脳裏に、迎えたばかりの若い妻の顔が浮かんだ。求めるものは、いつでも与えられず、大切なものはいつも自分の手をすり抜けて、どこかへ行ってしまう。
「お茶でもお淹れしましょう。殿下のお好きな香草茶が実家から届きましたの」
「それは愉しみだ」
 ユンは仁嬪と並んで彼女の住まいへと入っていった。

 翌日、ユンは中宮殿を訪れた。
 明姫を?色香で国王を籠絡した妖婦?呼ばわりされる原因を作ったのは、自分が彼女だけを偏愛しすぎたから。それを悟った彼は、もう二度と一人の女だけを寵愛するのは止めようと思った。心はともかく、どの妃も平等に扱うことにしたのである。
 もっとも、明姫亡き今、あれほど愛せる女が現れるはずもない。―と先日までは思っていたのだが。もっとも、明姫の悲劇を繰り返さないためにも、迎えたばかりの王妃の許に入り浸っているのは極力控えるように心がけてはいた。
 五人いる側室の許に数日ごとに訪ねていくのが目下の自らに課した?責務?の一つである。それに、その中の二人の側室たちの許では娘たちが日々、健やかに生い立っている。
 側室の許を訪ねるのは彼女たちの顔というよりは、娘たちの顔を見にいくためなどとは口が裂けても言えない。