魔獣物語〈序章〉
魔人が拳をハンマーのように振り上げ、カナに向かって振り下ろす。
カナはそれを後ろに飛び退いて避ける。
カナと魔人との距離が少し開いたその瞬間に、「パン」という乾いた爆発音が響いた。ダンが魔人の眼前に水素を集結させ、爆発させたのだ。
小さな爆発だったが、魔人は驚いて後退する。
その隙に、ダンはカナに駆け寄り、回復魔法をかけた。
カナの動きを見ているうちに、ようやくカナの負傷に気が付いたのである。
「回復が必要な時は、早めに言え。」
そう言って、ダンはまた後ろに下がった。戦士のような素早い身のこなしが出来ない魔術師は、敵に近付き過ぎると危険なのだ。
カナは黙って頷いたが、その顔は蒼ざめていた。
(さっき魔人を仕留めそこなったのは、怪我の影響だろう。)
ダンはそう考えた。
実際に、回復魔法を受けると、防戦一方だったカナは攻撃に転じた。
「えぇぇい!」
幼い声で気合を入れ、鋭い突きを繰り出した。それが躱されても、すぐに横薙ぎの攻撃に転じ、魔人の喉を浅く切り裂く。
あと一歩のところで頸動脈には届かなかったが、なかなかの攻撃である。
続けて、カナは左膝を落とした態勢から、魔人の正面を左から右に向かって、斬り上げた。これは魔人の右脇腹から左胸にかけて、決して浅くはない傷を作った。
しかし、やはり惜しいところで致命傷には至らなかった。
ダンは、魔法を繰り出すタイミングを計りながら、カナの戦いを見ていた。
(何故、攻めあぐねている?)
ダンは違和感を持っていた。
今の2回の攻撃は、どちらも致命傷になっていておかしくない気がするのだ。
魔人も、見かけよりは素早い動きがとれるようだから、躱されるのも無理のない事なのだが、素早さだけで言えば、カナは自身の父にすら、引けを取らない。怪我も今さっき癒したのだから、体も万全のはずだ。
(魔法の援護を待っているのか?)
そう思い、ダンはさらに神経を集中させた。