気まぐれ、神様、文芸同好会
「まぁ本当のことを言うと、連次くんはお姉ちゃんがどうこう言ってたけど、お姉ちゃんが文芸部を復活させるために部員になってくれって頼んだたわけじ
ゃない。私が連次くんにお姉ちゃんが云々って勝手に言った。私のお姉ちゃんが受験を手伝ったのは本当だけど。私の家と連次くんの家が付き合いがあるから」
彼女はまるで自分の世界に入り込んだかのように独白を続ける。
「なんでお姉ちゃんの代でなくなった文芸部を復活させたいかって言うと、やっぱりお姉ちゃんへのコンプレックスだろうね。お姉ちゃん、運動は出来ないけど
勉強だけは天才的だからね。殆どの期間を一位で過ごした。勉強して何とかここの学校に入った私とは違う。お姉ちゃんのように何かを成したかった」
なお独白は続く。
「とりあえず三人以上いれば同好会としては成立するから、私と、家どうしで付き合いがあってものが頼みやすかった連次くん、それと後一人がいればいい。
連次くんに相談したら帰宅部な人がいて頼めば確実だろうって。表じゃ平気な顔してこんな自分勝手な理由で人を巻き込んで、嫌いになったでしょう?」
少し悲痛な顔をして俺への問いかけ。俺はすかさず答える。
「いいんじゃねえの。コンプレックスを内面に抑圧して何も行動しないよりは。何かをしようとしただけマシだと思うぜ。嫌いじゃないからそういうの。人間十数年
生きてりゃそういう感情位出るよ」
「気持ち悪い」
石口さんがそうやって何気なく吐き捨てるような口ぶりで言うので、足で彼女の足先を少し叩いたが、容赦なく言葉は続きそうなので先に制するように発言する。
「だって石口さんだって帰宅部だからいいじゃないか」
逆に石口さんに足に半ば蹴りを入られた。痛い。
「文芸部と全然関係ないね。文芸への思いから部を復活させたんじゃないんだね。少しずれて・・・」
「わかってる」
有川さんが苦々しく答えるので、俺が横から口を挟む。
「どんな理由であろうと、もういいだろ。石口さんだってそんなに文芸への思いなんてないんだろ」
「うるさいなぁ、あなたに言われたくないわ」
「なんでそちらの石口さんは文芸同好会に入ろうと思ったの?」
「この男に誘われたのよ」
彼女はむくれたような声で返す。酷い言われようだ。たしかに俺が言い始めたことなんだけど。
「二人共知り合い?」
「図書委員が一緒なだけ」
有川さんと石口さんの二人の会話はなんだか探りあいのようで嫌である。有川さんが探る側で石口さんが防御側。女同士は怖いなあと思った。
「それはそうと、今日は何をしたらいいの?何も本を持ってきてないのだけど」
埒が明きそうにないし、状況を変えたくて俺が割って入る。
「じゃあみんなで本屋に行きましょう」
有川さんがそういって、様子がパァッと明るくなる。さっきとは反対側に振れたな。
「本屋ってあの桜書店?」
俺が聞くと有川さんはうんうんと頷く。桜書店っていうのは教科書を買う本屋。駅前にあって、二階はレンタルCD、DVDのコーナーが付設してある。このへんでは
一番大きいし、平日の放課後あたりの時間は学生が多い。
「じゃあ行こうぜ、二人共チャリで来てるんだよな」
「うん」
「そう」
そうやって俺たち三人は国語科準備室を出て、自転車置き場まで歩く。女二人と一緒に帰るというか女と帰るのが初めてでやや緊張した面持ちで不自然でないか
すごく自分自身が気になるな。気にすると余計挙動不審になるけど。俺が歩いていると有川さんが横に寄って話しかけてきた。
「連次くんはどうするの?」
「今日はしょうがない。なんか野球部に連れて行かれたみたいだし。あそこの本屋よく行くの?」
「まぁまぁぐらいかな」
「へぇ文学少女なんだ」
「そんなかわいくないよ」
有川さんは謙遜したようにいう。
「有川さんは笑ってたほうが似合うよ」
それは本心から出た言葉だった。
「・・・そう」
これ以来有川さんは俯き加減のまま何も言わなかった。まずいことを言ってしまったかな。俯き加減の彼女の表情はわからない。微妙な空気になってしまった。
こんな場面を同じクラスの人たちに見られるとかなり微妙な気持ちになる。特に連次には見られると誤解を受けそうだ。でも自転車置き場まで恐れた事態は起きなかった。
石口さんがずっと無言で気になる。怒っているのだろうか。
「どの道を通って行く?」
二人に訊いた(つもり)。そうすると、石口さんは口を開いた。
「あんたについていけばいいんでしょ」
石口さんの俺への扱いが悪くなってきて悲しい。
「まぁそうなんだけど」
俺は苦笑する。そうして俺たち御一行は桜書店まで自転車を漕いだ。
十分以上二十分未満ぐらい時間がたっただろうか。着いたので、表に三つ並べて自転車を停めて、三人で桜書店の中まで入る。
中に入ると、放課後あたりの時間帯だし、今日は平日なので学生が多かった。男と女ひとりずつというのはまだ分かるが、男が一人なのに女が二人というのは両手に
花状態というか落ち着かないという気分にさせてくれる。
有川さんは迷わず文芸コーナーでいいのかな、漫画とは全然違うところに行っているのでついていく。ちらちら本棚を見ても何がどうだかよくわからない。石口さんの方を見ても
彼女も同様といった様子か。
「見慣れない著者ばっかりだな」
俺はつぶやく。
「じゃあ私はラノベのところにいるから」
石口さんがそうやって言って一人で行ってしまった。また二人になってしまった。チラリと有川さんの様子をうかがうと、ドギマギしていた様子であった。こっちの考えていることが
伝わっているのかと反省した。
「えっとね、杉原くんにはね、純文学とは少し外れるけどこれなんかどう?」
といって石口さんは一つの本を指さす。一般文芸っぽい本だ。最近売れているやつだな。これぐらいはネットをしているやつなら名前ぐらい知っている。もうすぐ実写化
されて夜の九時あたりにドラマ枠で放送するんじゃなかったかな。
「じゃあそれにするよ」
よくわからないがハズレはないのだろう。とりあえず人の勧めに沿うことにする。だってわかんないし。しかし思うけど石口さんがラノベとか似合わないよなぁ・・・。
「レジ行ってくるよ」
「私はもう少し見てるから」
「わかった」
一人でレジに向かい、支払いを済ませると、ラノベのところに行ってくる。手に二冊持って手持ち無沙汰にしていた石口さんを見つけた。もう目当ての物は見つけたのだろう。
もう少し置いておけばレジに行きそうな格好である。
「もう目当ての物はキャッチしたか?」
「まあ」
そう言って彼女はレジの方へ向かった。遠目で彼女を見ていると、有川さんもレジへ並んでいるのを見た。これでここでの用はおしまいということか。連次は来られなくて
なんだか残念だったな。あえて連次には今日のことは俺からは言わないでおく。
俺は出入り口付近で手持ち無沙汰に待っていた。そうやって待っていると有川さんと石口さんが各々の戦利品を抱えて来た。いざ帰るという段で、自販機でジュースを
買って話そうと有川さんが言い出した。えらいこの人は今日良く喋るな。そういう性格には見えないけどね。
作品名:気まぐれ、神様、文芸同好会 作家名:白にんじん