気まぐれ、神様、文芸同好会
ようがない世界を作った。それですら、いやそうだからなのかもしれない、世界は美しい。人間は、世界は、美しいと肯定できる。
そう悟ったと同時に、彼女の体は俺の腕で屋上から突き落とされた。
間もなく、鈍い音が下の地面からした。慌てて下を覗きこむと、彼女の体は地面に横たわり少しとも動かなかった。体の底から熱くなってきて、吐き気がしてその場にうず
くまる
夜中おかしな夢のせいで突然起きた。手元の時計を見ると夜の二時であった。おかしな夢を見たせいか現実感があった。
内容は鮮明に覚えている。石口さんを屋上から落とした夢。それは現実ではないことは分かっている。今ここにいる世界が現実だ。しかしなぜ夢のなかでああいう選択肢
をとったのかよくわからない。この世の果て、人間の真実。あえて何も考えずにまた横になる。寝苦しい夜だった。
朝起きて、今日の一時間目はあえて屋上に行くことにする。石口さんには大事なことを聞いていなかった。いやまて、夢のとおりに屋上に石口さんがいるという保証はない。
でも多分いるという確信があった。
朝教室に連次と有川さんを見る。連次は複雑怪奇な顔をしていた。なんとなく声をかけるのをためらった。
で、一時間目の屋上。いつもの如く扉の横の壁にもたれかかる。そして携帯ゲーム機を取り出し、ゲームを始める。空を見上げると青い。夢で見た青さと同じで少し驚く。
そしてわずかばかり確信する。夢見た光景は本物だったんだと。そうして十分ほどたっただろうか。扉が突如として音を立てて開く。目を見やると石口さんであった。わず
かばかりの確信は本物だった。夢とは違う行動を取り、結末を変える。俺から話をふる。
「なあ石口さん」
「なに?」
「なんで石口さんが生を実感させてくれる場所に連れて行ってほしいのか聞いていなかったな。それは核心に関わることな気がする。教えてくれないか?」
「そのうちに」
「そのうちっていつ?」
「そのうち」
これで会話は終わってしまった。石口さんも扉の横の壁にもたれかかる。俺と石口さんの間に扉はある。それはあたかも障壁のようだった。
「文芸部はどう?」
「どうって何がどうって聞きたいの?」
そういえば、石口さんの生を実感させてくれる場所は見つかった?という発言がない。ということは夢とは違う世界に進んだということか。それならそれで結構だが。
「いや、面白いとか面白く無いとか、つまんねーとか」
「君たち三人の人間模様が面白い。有川さんはこのまま杉原くんルートなのか逆転で連次くんルートなのか」
「そんなこと、どっちでもいいよ」
「私は逆転ルートは無いと思うけど。ところで、なんで君はこの世の果てとか人間の真実を知りたいの?」
「なんでって・・・人間なんで生きてるのかとか考えるだろ普通」
「生きることにに意味付けが必要なの?」
「意味づけが必要というか・・・話は変わるけど、、生を実感させてくれる場所って結局死に近い場所しかないんじゃないか? 神様は死なないと仮定すると、ここから
飛び降りるしか無いのでは?」
「死に近い場所ねぇ・・・」
俺は口ごもる。彼女も口ごもっている。そうして沈黙となり、どちらともなく目をそらし、別の方向を向く。そして俺は携帯ゲーム機へ戻る。そのうちに一時間目の
終わりの鐘が鳴った。
「今日は文芸部くるのか?」
「多分」
そう彼女は答えて去った。俺もここを去る。
教室に戻る。そういえばもうすぐクラスマッチらしい。そういう話がちらほら出ている。あまりこの手の行事は気にしない。雑念を防ぐために以後の授業に没頭する。
没頭しているうちに放課後になった。放課後は文芸部に行く。果たして連次は来るのであろうか。複雑怪奇な顔をしていたためにあえて話しかけなかった。
国語科準備室へ歩いていると、後ろから有川さんの声がした。
「やっほー」
「やっほーって何、そんなキャラだっけ?」
俺がそう言うと、有川さんは気恥ずかしそうに元のキャラに戻った。そして並んだ。
「連次は今日来ないんだって」
「うん、それは聞いた」
「今日は何をしようかな」
「私は・・・」
そう言ったきり彼女は黙りこくってしまった。何が言いたいのかよくわからないけど俺まで黙りこくってしまった。そのうち国語科準備室の前まで来たが、扉の前に
石口さんが立っていた。
「二人共遅い。鍵空いてないじゃない」
開口一番彼女はそう言った。
「そりゃあ鍵は閉まってるだろうよ。なんらかんらいって楽しみにしてるのか?」
と俺が言う。
「そ、そんなんじゃないから」
わかりやすいな。
「じゃあ二人共入ろうか」
有川さんが鍵を開け、扉を開けて俺たちを手招きする。俺達は中に入り、適当に座る。
「今日は何をすればいい?」
「私は石口さんの髪いじる」
「ああそう」
そうやって有川さんは本当に石口さんの髪をいじくって遊んでいた。石口さんは多少迷惑な顔をしていたがまんざらでもなさそう(?)と思えるのでこの際放置しておく。
部長が自ら率先して文芸活動を行わない文芸部はこれいかに。俺は二人の喧騒を避けて携帯ゲーム機をいじっている。
「部長自ら文芸活動しなくていいの?」
「うーんいいんじゃない、だって私が部長だし」
部長の言葉とは思えないがまあいいんだろう。
「なんだか連次がかわいそうだな」
「うん、でもこうやっているのもいい」
「連次はいいのか?」
「うん・・・それは仕方がないこと」
「連次と仲いいの?」
「まあまあ」
有川さんは黙って向こうを向いてしまった。俺はまた携帯ゲーム機の方へ視線を落とす。地雷を踏み抜いたのかもしれない。だが少ししてこっちを向いて携帯電話
片手にこっちを向く。
「連絡先・・・交換しない?いや、しよ?」
そんなことを言う彼女の顔を見るこっちのほうが恥ずかしくなってきた。
「俺の連絡先など多分何の価値もないけどな」
などと言いつつ俺は応じた。そして彼女は嬉しそうに携帯電話を持ってくる。いわゆる赤外線通信で交換した。初めてで要領がわからなくて有川さんに教えてもらった。
彼女は嬉しそうだった。
帰ってから電話がかかってきた。連次かとおもいきや以外、有川さんだった。
「こんばんは」
「こんばんわ」
「ちょっといい?」
「うん」
「文芸同好会解散しようか迷ってる」
彼女はためらい気味に言う。
「え?なんで?」
俺は大変驚いた。
「なんて言うか、結局お姉ちゃんを超えることを成し遂げたい自己満足で終わってる。本は好きだけど文芸同好会立てるほどではないと思う」
「でも人間は結局自己満足に帰結するじゃないの? 自分が満足すればいいんじゃない? 違う?」
「うーんでもそれでいいのかな?」
「でも極論はそうならない?」
「うーん」
「話は変わるけど、連次は野球部が忙しいの?」
「そうみたい」
「そっか」
この時携帯電話からまた音がしてきたので驚いて有川さんとの会話を途中なのに切った。
「件名:なし 本文:明日の昼休み屋上で重大発表を行う」というメールが石口さんからきた。何が何だか分からないが、神様である謎でも明かす気なのだろうか?
気になってあまり寝られなかった。
作品名:気まぐれ、神様、文芸同好会 作家名:白にんじん