(続)湯西川にて 21~25
(続)湯西川にて (23) 大山千枚田とクジラの話
大山千枚田は、大小375枚を数える棚田です。
昨夜、俊彦と清子が泊まった鴨川温泉は、美しい海岸線と
観光施設が充実した房総半島の海浜リゾートの中核地としてよく
知られていますが、そればかりではなく、市西部に展開をする山間地域の
魅力も見逃せません。
棚田のある長狭地区は、自然が豊富な千葉県の中でも、
とりわけ農村の自然景観が残されている数少ない貴重な地域として、
特別に、手厚い保護政策などを受けています。
活性化のための取り組みなどでも、精力的に活動をしている
地域のひとつです。
県下一を誇る愛宕山の山麓には、斜面を有効的に活用をした昔ながらの
棚田が今でも原型をとどめたまま広がっています。
訪れる人々に深い感動を与えるという「大山の千枚田」は
鴨川市街から長狭街道を、20分ほど北上をした丘陵地に作られています。
周辺の里山の様子と集落の姿は、千葉県の名勝地のひとつとして
広く紹介されており、正式には、「鴨川大山千枚田」と呼ばれています。
東京から、一番近い棚田としても知られています。
大山千枚田の最大の特徴は日本で唯一、雨水のみで耕作を行っている
天水田という点です。
満々と水をたたえたうえに、青々と伸びた稲穂が風にそよぐ
風情を見せるこの水田は、農耕のみならず、洪水を防ぐ天然のダムとしての
役割も果たしているのです。
「天然の水だけでまかなっている棚田ですって。
ほんとにすごい景色です・・・・
この辺りまで登ってくると、もう、何処を見ても田んぼばかりで、
せっかくの海の景色は、もう見ることができません。
千枚田と、海の景色を同時に見たいなどというのは、
旅人の贅沢すぎる要望でしょうか。
う~ん、海なし県に育った私からすると、ちょっぴりとだけ、残念です」
「ずいぶんと長い時間を、念入りにゆかりちゃんと話していたようだけど、
なにか、このあたりでの、とっておきの情報でも有ったのかい?」
「たくさん情報をもらいました。
大山の千枚田でしょ。
それから、高台にある古民家風の美味しいお蕎麦屋さん。
その裏手に有るという、外房の絶景を一人占めできるという見晴らし台。
それから、2つのクジラのお話。
ひとつは、諏訪神社に伝わっているという古いクジラ伝説。
もうひとつは、ゆかりちゃんのお父さんが、寝物語によく話を
してくれたと言う、遠い昔の、浜に残っているという、クジラの物語。
どちらも、あなたは良く知っているはずだからと言っていました。
諏訪神社に伝わるクジラ伝説って、どんなお話なの?」
「正保年間、1664年頃に浜から1里(約4キロ)ほどの山間に
正直者の庄次兵衛という男がいた。
漁師になりたくて、浜に住む木下文左衛門に頼んで網水夫になった。
その年の春は、毎日のごとく大漁が続き、
獲れた魚を肴に毎日のように酒盛りがあった。
庄次兵衛は、一緒になり酒を飲んでみるととてもおいしくて、
心底、酒の味を覚えてしまった。
庄次兵衛は、年老いてからも酒の味が忘れられず、浜の居酒屋をあちこち
ゴロゴロとしていたが、ある馬小屋で寝込み、
とうとう起きあがれなくなってしまった。
そこで村の人達は食べ物を運んで食べさせていた。
庄次兵衛は『俺が死んだら、海へ流してくれ。必ず恩返しはする。』
と言って死んだので、村の人たちは海の見える丘に庄次兵衛を埋葬した。
庄次兵衛の初七日の日、沖の網に大鯨が入っており、
村中の舟が出てその大鯨を捕らえ、磯へと引き込んだが、
あまりにもその鯨がおとなしいので、村人たちはたいへんに
不思議に思った。
切り殺してみると鰭(ひれ)の下に「庄次兵衛」の文字が浮き出ていた。
その鯨の肉は、村中で分けたと言うが不景気な時であったので、
村中が潤ったとのことだ。
今でも“三十三尋の庄次兵衛鯨”といって諏訪神社に伝わっている話だ。
その骨が、いまも御神体として祀られていると聞いている。
尋は、手を広げたときの幅のことで、約1.5メートルとしても、
三十三尋では、50メートルにもなる。
最大の大きさと言われているシロナガスクジラでさえ、
せいぜい、25mくらいが上限だ。
ところが、民話や言い伝えに出てくるクジラのほとんどは
三十尋とか、大きなものでは五十尋(75メートル)にもなって
登場をしてくる。
それだけ当時としては、クジラは貴重なものであり、
いかにその存在が大きかったのか、
伺い知る事が出来ると言うという意味なのかな」
「じゃ、浜のクジラの物語は?」
「そっちの物語は、もっとはるかに長編大作だ。
きわめて、たっぷりと時間がかかる」
「じゃ、ゆかりちゃんがお薦めの、
お蕎麦屋さんで、たっぷりと腹ごしらえなどをしてから
裏手に有る絶景の見晴らし台で、膝枕などをしてもらいながら
語ってもらいましょう。
浜のクジラの話も楽しみだけど、膝枕は、今からもっと楽しみだわ」
「膝枕とクジラ?。その2つに、いったいどんな関連が有るの?」
「お父さんに抱っこをされながら、
ゆかりちゃんは、いつも寝物語で聞かされていたそうです。
さすがに真昼間から、大人の男女が抱っこをしながら、
浜のクジラの話をするのでは、少々過激すぎるものなどがあるようです。
ここは、100歩譲って、膝枕くらいで我慢してくださいと、
あの子が言っておりました。
どうやら、その展望台という場所には、そんな風に出来る
風情が漂っているそうです。
楽しみですねぇ、ねぇ、あなた。
お蕎麦も。展望台も。浜のクジラのお話も・・・・
でもそれ以上に、私は、あなたの膝枕が一番の楽しみです。うふっ」
「あいつめ・・・・余計な入れ知恵を」
作品名:(続)湯西川にて 21~25 作家名:落合順平