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(続)湯西川にて 21~25

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(続)湯西川にて (22)退院祝いの宴席は・・・・ 


 クジラの解体を終えた作業場では、清掃の作業が始まりました。
緩やかな傾斜がついている作業場の床一面には、解体時に流れだした
大量の血と細かな肉片や脂肪のかけらなどが、至る処で散乱をしています。
それらの全てを押し流していく強い水の流れは、クジラが生まれた
故郷の海に向かって用済みとなった残骸たちを、静かに送り返していく
光景のようにも見えます。


 役目を終えたクジラの血液は、赤い流れとなって海を染めます。
沖合へ向かっていく広い一筋の赤い帯は、はるかな外洋へ続く
一本の道を描きあげたあと、やがて赤から、碧い海の色へと色を変えて
消滅をしていきます。
役目を終えたクジラの魂を見送るような、そんな不思議な感慨が
人々の心に残り続けます。
何故か、哀しみさえも伴った感動は、いつまでたっても
薄まることを知りません。


 解体作業を見守り、ひと段落をつけたさきが帰りかける人々を
かき分けながら、俊彦と清子のもとへ駆けつけてきました。
嬉しそうに俊彦に寄り添っているゆかりを見つけ、軽く会釈をします。


 「郷土料理『割烹かずさ』のお嬢さんで、
 たしか、ゆかりちゃん・・・ですよねぇ。
 あら、とても可愛い帯結びです。へぇぇ・・・・
 蝶々が飛んでいるみたいで。よく似合っているし、とても素敵です。
 もう間も無く、本身の切り分けも終わります。
 大将は皆さんと一緒に、もう奥の方へ下見に行きました」


 「あら、即売会が、もうはじまるのかしら?」


 清子が俊彦の肩越しに、さきの顔をのぞきます。
さきの白い指が、清子の視線を奥に見える加工場へと導びいていきます。
たくさんのバケツやクーラ―ボックスなどが、綺麗に一列に
ならんでいるのが見えます。 

 
 「あのバケツやクーラーボックスは、
 一般の方たちの、いつもの順番待ちの様子です。
 あちらのほうは、午前8時から販売が始まります。
 今、奥の加工場では、正肉と呼ばれるクジラの赤身の部分が、
 一定の大きさにそれぞれカットをされている最中です。
 それらの正肉の大半は、大手の加工業者や、水産会社などに
 優先的に販売されます。
 さらに、こちらで地産地消の看板を掲げている地元の飲食店や、
 伝統食品を加工する、地元の業者などにも売り渡されていきます。
 あ。今夜の宴席のために、すでに極上の部分を父が確保をしました。
 横着者の父にしては、きわめて珍しいことです。
 清子さんに気に入ってもらいたくて、
 朝早くからそのことばかりに執着をしていました。
 本当に、綺麗な女性を見ると男の人は単純ですね・・・・うふふ。
 あ、つまらないことで、ついつい口が滑りました!
 肝心の本題を忘れてしまうところでした。
 父が言うには、本日の午後5時から、自宅のほうで
 宴席を開きたいと申しております。
 問題が無いようでしたら、岡本にもその時間で連絡を入れたいと思います。
 いかがでしょうか。俊彦さん」


 「あら。
 いよいよ皆さまの全面対決の舞台が、本日の午後5時より
 あい整いますか・・・・
 詳しい事情は解りませんが、なにやら秘密がいくつも
 潜んでいるような気配です。
 どうやらその辺りに、私が呼ばれた裏事情なども有りそうです。
 さきさんも、すでにご自分の覚悟を固められているようですし、
 私も外野から、出来る限りの応援などをいたします。
 受け賜りました。午後の5時ですね。
 よろこんで、俊彦と共に、お伺いをいたします。
 よろこんでお伺いをいたしますと、くれぐれもお父様にお伝えください。
 本日はお招きをいただき、誠にありがとうございます」


 清子が勝手に返答をした挙句、にこやかな笑顔を見せたあと
さきに向かって、そのまま深々と頭を下げていきます。
「分かりました。では、また後ほどに」と、さきも笑顔を見せたあと、
次の仕事場へ向かって、軽快そのものの足取りで走り去っていきます。


 「まだ夜が明けたばかりです。
 午後5時までといえば、気の遠くなるような時間が
 たっぷりと、いやになるほど残っていますねぇ~。ねぇぇ、清子さん。 
 帯のお礼に、とびっきりの景色をふたつほどお教えたいと思います。
 ふたつの場所をゆっくりと周遊をしてくれば、ちょうど、
 お約束の時間などにもなることでしょう」

 
 悪戯そうな眼をしたゆかりが清子の手を引いて、
俊彦から少しばかり離れていきます。
身ぶり手ぶりなどを交えながら、ゆかりがここから山間方向にあたる、
北の方角などを指さしています。
ゆかりの長い説明が続いている間、手持無沙汰の俊彦は無言のままに、
あけ始めてきた東の空を見上げています。
明けはじめてきた東の空には、真っ赤な朝の太陽が早くも熱気を放ちながら、
いつものように、急ぎ足で天空へと登りはじめています。


 「ごきげんよう。トシさん。
 もう即売が始まったようですので、私もこの場で失礼をします。
 また、ゆっくりと遊びに来てくださいね。
 父も喜びますが、たった今、清子さんから私が居ないときに限ってという
 条件付きのお許しなどもいただきましたので、私も、
 すこぶる大喜びをいたします!」


 ゆかりが大きく手を振りながら、加工場を目指して駆け出していきます。
綺麗に結ばれた(覚えたばかりの)蝶結びの帯は、ゆかりの背なかで、
今日も朝から、きわめて元気に跳ねています
長い立ち話を終えて、ようやく戻ってくる笑顔の清子を待ちうけながら、
俊彦は、そんなゆかりの後ろ姿を眩しそうな目つきのままいつまでも
見送っています。


(何やら、いろんな意味で、きわめて暑い一日になりそうな気配が濃厚に漂っているぞ。
 なんとなくだがそんな事態を予感させる、今朝の灼熱の太陽だ。)