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(続)湯西川にて 21~25

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(続)湯西川にて (21)ツチクジラの解体


 先ず背中に、なぎなたの様な大きな包丁で切り込みが入ります。
皮目にキッカケを作り、そこにワイヤーを通し、
ウインチで巻上げていきます。
バリバリと音を立てながら、分厚い皮と脂身が大きくめくれていきます。
腹と側面の皮も、同じようにして剥ぎ取られます。
剥ぎ取らた皮は作業場の奥へ送られると、すぐさま均一の大きさに切られ、
鮮度を保つために、氷漬けにされます。
これは、「ころ」と言われる料理に使われる部位です。


 ※コロは鯨の皮脂肪を鯨油で揚げたものです。
 関西では“おでん”に欠かせない食材といわれています。
 コロ無くて‘おでん’にあらず!といわれるほど珍重されているようです。
 (残念ながら関東圏では、このコロの定着はありません。
 出回っているのは沿岸捕鯨がいまでもおこなわれている、
 この外房の一帯のみです)

 大根との煮物、ヌタ和え、ひじき煮、季節野菜との煮物など、
色々と用途も多く昔から伝わってきた伝統の食材のひとつです。


 皮を剥がれると、くじらの表面には赤身の肉が現れます。
これも同じように、切り込みを入れてから、同じように
ウインチで巻き上げていきます。
背中側を剥いでいる間に、残った内臓が取りだされていきます。
水産庁の調査員が忙しく動き回っていきます。
歯を調べると年齢がわかり、胃や腸などを調べると餌の様子や
健康状態などがわかり、生息域などについての手がかりとなるために、
個体ごとの調査は欠かせません。


 「ものすごく、ダイナミック。
 切りとるのではなく、肉を剥いで行くなんて考えてもみなかったわ。
 身ぐるみをはぐと言うけど、まさかここまで・・・・」


 いつのまにか、清子は俊彦の背後にしがみついていました。
背後からやってくるかすかなキンモクセイの香りと清子のなまめかしい
ぬくもりに、俊彦がなぜか、軽いめまいのようなものを覚えています。
しかし、そんなことは気にもかけず清子は相変らずに、肩越しから
その切れ長の目を輝かせたままです。


 つづけてはぎ取られた赤身の肉も、
奥の作業場へ運ばれて、その場で正肉用にカットをされていきます。
半身がさばかれ頭が落とされると、大きな中骨の間に詰まってる肉も
削ぎ取っていきます。
ここは軟骨を含む「はぎ」と呼ばれる部分で、
煮込みにすると美味しいとされる部位です。

 中骨と、腹、背側の赤身をはぎ取り終えると、最後となる
半身の皮を巻き上げていきます。
クジラの解体は、8枚おろしのようにしてすべての部位が無駄なく
分解をされていきます。
ここまでの作業でかかった時間は、およそ1時間半。
あれだけ大きかったツチクジラがすべてさばかれ、最後に
頭部だけが残ります。
残った頭部は遠目に見ると、巨大な木槌のような形にも見えます



 俊彦の背後へ隠れて、肩越しにじぃ~と見つめていた清子の目線の中に
見覚えのある少女が、ひょっこりと登場をしました。
綺麗にアップした髪に、見た覚えのある水仙のかんざしが揺れています。


 「あら。せっかくのラブシーンなのに、
 お邪魔をしてしまいましたか!。
 ねええ、見て。綺麗に結べたでしょう。今日の蝶結び」


 現れたのは「割烹かずさ」のゆかりです。
いつもの紺絣の上に、今日はかっぽう着風のエプロンをつけています。
くるりと回って見せたゆかりの背なかには、昨日教えたばかりの
蝶が上手に結ばれています。
動くたびに、ひらひらと可愛く腰の上で揺れています。


 「もう、すっかりと、マスターをしたようです。
 綺麗な蝶々です。ゆかりちゃんは、とても筋がいいですねぇ~
 もう言うことなしの、蝶結びです。
 でも・・・なんでこんな時間に、こんなところに?」


 「清子さんとトシさんの恋路などを、
 朝から邪魔をするためにやってまいりました。
 えへへ・・・・悪い冗談です。
 家業のために、父と共に仕入れにまいりました。
 ツチクジラは解体のあと、早速にここで売り裁かれます。
 貴重な仕入れの機会ですので、見学がてら、いつもやってきます。
 よかったぁ!
 また清子さんと、お会いができて。ねぇ。私も混ぜてくださいな。
 清子さんの隣に私が並らんで、トシさんは右と左に、
 和服美人で両手に花だ。
 やっぱり、早起きすると良い事が有りますね。
 ねっ、清子さん。ねぇ、俊彦さ~ん」