Grass Street1990 MOTHERS 完結
「4歳の子供に、銃は撃てん。」
俺はそれだけ言って、黙った。
川本はしばらく経ってから聞いた。
「何、それ?」
「残りは予想しろ。」
「……だって……私、本当に……」
「わかった。
いいか? 今回のことで関わった大人どもは、みんな、言うことが違った。マトモなことを言ったのはあの暴力団のみなさんくらいや。あいつらもマトモであるというだけで、ズボのにせパトカーを見破りもできんかった間抜けや。
この件には嘘つきか間抜けのどちらかしか登場しないんや。だから、順番として、最後に聞いたのが高木明子の話やというだけで、どれが本当なのか、俺にはさっぱりわからん。だからもう、話はどうでもいい。はっきりしていることは、おまえには銃は撃てなかった、物理的にそんなことは不可能やった、ということや。おまえが撃ったんやない。」
「でも、それならどうして私は覚えているの? ここに傷があるの? ママはあんなことまでして私をかばったの?」
「高木明子は、自分が撃ったと言っている。初めて銃を撃ったその反動で跳んだ銃がおまえの頭に当たり、傷を作ったと。」
「……おい……」
心配そうな声を出したのはズボだった。
……川本は、自分の手を見ていた……俺は……不安だった。彼女がもし、銃の感触を記憶していたら……せめてもの俺の嘘も効かない。俺にも1つくらい嘘をつかせてほしい。そうでないと俺は彼女にとってマシな存在じゃない。
この事件の関係者はみんな、谷岡も、石川も、平田、高木、川本親子……みんな全て真実を話しているわけではないだろう……当の川本良美ですら、ずっと嘘だらけだったのだ……真実なんて、いい大人になって語れるわけがない。
なぜなら、真実なんてものは大して価値のないものだと、
それに気付いた者を大人と呼ぶのだ。
「……それで……?」
顔を上げた川本は、なんとも女らしい表情をしていた……
……彼女はきっと、俺の嘘に気付いている。けれど、それを受け入れて、先をうながしている……なんてことだ……女というのは、18歳でそんなことができるのか?
……俺は25歳になるまでできなかった。だから失恋を繰り返した。
今だって彼女の様にちゃんとできるか自信はまるでない。
「……高木明子は、その時、とにかくおまえの頭から血が出ていることにあわてた……自分でも、高木雅夫を射殺したことより、おまえの方を気にしてしまった。おまえの母親と谷岡は、おまえを介抱している高木明子の姿しか見なかった、だから、勘違いをした。全てを谷岡がかぶった。
高木明子が我に返ってそれに気付いた時にはもう、真実を語ってもどうにもならないようになっていた。だから、せめてものお詫びに、おまえ達2人のヨシミに優しくした。」
何だこの説明は……俺の中の釈然としない気持ちが、高木明子を悪役にも、正義の人にもできない、中途半端は位置に置いてしまう。どちらか決められない。
川本は表情を変えなかった。そして、固まった表情のまま、涙を流していた……
「……どうして、どうして……」
声は泣いていた。
「どうして……輝久君や、谷岡のおじさんや……青山先輩や……
……どうして!」
両手で顔を覆った。
……俺は……俺は……
……川本を救うことさえできなかった……
「良美さんのせいじゃないよ。」
おっしょはんが、静かに言った。そしてまっすぐに、彼女を見つめた。
「理由なんて、後からつけるもんですよ。」
大工は、彼女の背中から、いつもの飄々とした声で言った。
「好奇心、なんだよ。」
リーダーは、俺には信じられないが、ズボがさっき言った言葉を、それも彼なら好むはずのない言葉を言った。
「そして、そんなもの、罪じゃない……そんなもののせいで死んじゃいけない。絶対に。」
ズボは俺の背中越しに川本にだけではなく、きっと俺にも言った。
川本は、両手を顔から降ろした。
……ああ、そうだ……俺は……こうやって、彼等のようにできなかった……
……一言だけ言えばいいのだ。あなたのせいではない、と……そしてその他には何も言わずにおれば……
……そう、俺の様な、いわゆる策略が、これを招いた。
……高木明子だけじゃない……平田芳美……時江……川本昌美……谷岡も、石川も、輝久も……俺の様に、策略を立てた……
……それは、ごまかしだ。
言葉にも、策略にも、何の意味もない。何も解決しない。
全員が、ちょっとずつ間違えた。
間違えたのだ。
いつも、そして今回も俺がしたように……
……まず、すべきことは、ただ……
……だから……
「すまなかったな。」
「……そんな……」
メンバーの顔を一通り眺めてからこちらを向いた川本は明らかに、現実に戻ってきていた。そして、微笑んだ。
高校生の顔になっていた。
「ママのところに行くわ。」
こんな救い方もある。
溺れている者がいたら、手を引けばいい。
その人がなぜ溺れたなどという理屈に、その時にどんな意味がある?
溺れている者を救っても、そいつの人生に責任を持つ義務などない。
何より、そんな資格はない。
ただ、手を引いて水から引き上げるのだ。通りすがりの者がしていいのは、それだけだ。それ以上はそいつの自己満足だ。
強いて言えば、
それ以上していいのは……しなければならないのは、親だけだ。
「送ろう。」
川本は、もう少し笑顔を深めた。
「ホントに?」
「こんなに夜遅くに、保護者がいないと補導される。」
「ミノが保護者ねえ……」
リーダーが感慨深げに言った。他の奴らも同意見のような表情をしていた。せっかく感心してやったのに、考えの足りない奴らだ。俺以外に今ここで川本の保護者になりえる人間がいるわけはない。
奴らではバイト先の上司か、親にしか見えない。
どちらも保護者になりえないのは、今回の事件が証拠である。
だから先生である俺しかいない。教師と生徒。仲を疑われていなければこれ以上完璧な保護者はいない。
「すぐに戻りますから。」
言ってから後悔した。リーダーは俺の言葉と同時にギターのケースに手をかけていた………そうだ、前回、楽器をみんなここに置いて帰ったのだ。
なんてことだ! リーダーは練習する気である。
「……行こう……」
暗い気持ちのまま俺は川本を促した。川本は、なんとなく楽しそうに俺の様子を見て、それから、ズボ以外既に楽器を手にしているメンバー達に言った。
「……ありがとうございました。」
みつめられて大工はうれしそうに目を伏せた。
リーダーはえくぼを見せて手を振った。
おっしょはんは大きな目でみつめかえした。
ズボはFKをくわえて手にしたライターを振った。
44
「先生、怒ってる?」
岐山会館の裏で、それまで無言でいた川本が突然立ち止まり、静かに聞いた。
俺は驚いた。それは俺が事務所を出てから数分間、ずっと彼女に聞こうと思って考えていた台詞だった。
「……なんで? ……」
間抜けな返答だ。だが唯一の返答でもある。
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 完結 作家名:MINO