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Grass Street1990 MOTHERS 27-36

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 とりあえず他のメンバーと合流しようと、俺達はジーザスの方、つまりは西柳ヶ瀬のメインロードに向かって歩き出した。

 数歩進んだところで、リーダー達が歩いてくるのが見えた。もちろん、リーダー、おっしょはん、大工の順である。この不動の順序が守られて歩いてくるということは、ジーザスにはたいした事件がなかったのか、あったにしてもリーダーがうまくまとめたということだろう。知り合いに対しては、リーダーは結果報告の無用な人である。
 お互いの距離が3メートルほどになったところで、思った通りリーダーの口が開きかけた。10割の確率で『どうやった?』と質問する気だったのだろうが、何ということだろう、先に声を出したのは今度はおっしょはんであった。
 リーダーは不調である。中村監督と共に休養が必要かも知れない。
 「大変やったんやで。」
 それを信じないわけではないが、あまりにうれしそうに言うおっしょはんにかかると、俺には楽しんできたに違いないと思える。
 「やっと押さえつけたんや。」
それは楽しかったやろう。この人にとっては。
 「高木明子がな、」
 リーダーはすかさず説明に入った。さすがだ、さっきの失敗を生かしている。ここで大工にも先にしゃべられるようなことになれば、本気で休養が必要になったところだ。
 「息子のことを聞いて反狂乱になったんや、おっしょはんでも押さえつけるのに苦労したで。」

 俺はズボと顔を見あわせた。そう、ここにも、『親』がいたのだ。

 リーダーは続けた。
 「まあおかげで、この事件のことをたいてい教えてもらえたけどな。」
 「……14年前のことも?」
 ズボが尋ねた。
 「うん。」
 「高木の旦那を射殺したのは?」
 「谷岡や。高木の旦那っていうのが、高木雅夫という、永田組の、まあかなりいいとこまで行ってた男で、そのころ永田組に入ったばかりの谷岡の兄気分みたいなもんやったらしい……女癖の悪い奴でね……」
 みんな一斉にズボを見た。チームワークの良いバンドや。
 「……ともかく、谷岡の女だった時江ともつながってた時期があって、それが14年前。そこに、谷岡の先輩だった石川が登場する。金持ちのボンボンてとこやろうが、その石川の同棲相手の川本昌美があらわれると、高木雅夫は彼女も自分のものにしようとした……それも4歳の娘の目の前で、銃で脅してな……
 ……その現場に飛び込んでいった谷岡が、揉み合っていて結局、高木を撃ち殺してしまった。」

 ……そうか、本当はそこで、川本が………
 ……でも……本当に……あの衝撃を4歳が?

 「……そうですか……」
 ズボは少しホっとしたように言った。
 「高木明子は、川本昌美には同情してたよ。昌美が誘ったわけやないし、それがなければ、きっと石川と結婚できたはずだって。それに、高木にジーザスを持たせてくれたのも石川みたいやしな。」
 『3すくみ』というやつか、3つの家庭の間で、憎悪と同情がきれいに逆を向いて回っている。
それを崩したのが、平田芳美のちょっとした好奇心だったのだろう…
…なぜ私の父親は……母親は……あの子の頭の傷は……という……

 ……お互いに知らないこと、隠していることが多すぎて保たれていた秩序……そして娘達が大人になる時、当然のことながら気付いた秘密…
…一気にバランスは破壊され、時江や昌美の人格は……人格を保った者は命までも……

 ……あれ……待てよ……?

 ……そうだ……確認しなければ……
 ……まだ……終われない……

 「もう、高木明子は大丈夫ですか?」
 俺が尋ねた。
 「興奮しすぎてね、今はぐったりしてる。どういうわけか例の渡辺って女の子がジーザスに来てたから、見てもらってるよ。」
 「……え?」
 俺は少し声が大きくなった。
 ……今さらどうしようもないが、やっぱり、平田は渡辺も見逃す気はなかったのか……
 「青山から電話があって、ジーザスで待っててくれという話やったらしい。」
 「……その青山は死んでますけどね。」

 ……?

 俺は自分の台詞に、また何かひっかかりを感じた。
 「何やって?」
 リーダーは目をむき、その結果、おっしょはんと同じくらいの大きさの目になった。
 「琥珀に倒れている女が、実は平田芳美やなくて、青山です。」
 ズボが黙り込んだ俺のかわりに言った。
 「……じゃあ、平田は……」
 「そこにいますよ、」
 俺は顔を上げてPSを指差した。
 「母親の時江が入ってきて俺を殺そうとしたんで、銃で時江の肩を撃って俺を助けてくれました……
 ……命には別条ないと思いますけど、精神的には、わかりません。」

 それは、あの親子のどちらにもあてはまる。


35

 PSのドアが静かに開いて、川本良美が姿を見せた。
思ったよりも、生気のある顔だった。

 俺達に気がつくと、彼女は唇を固く結び、実にしっかりした足取りで歩いてきた。
 「……救急車と、警察も、読んだわ……ママも、もう大丈夫……一人でも……」

 一人でも……

 川本はまっすぐ俺の目を見た。俺はその目にまた負けそうになった。
 次の台詞がわかっていたからでもある。
 「……輝久君の……お母さんに……言わないと……」
 「……そうやな……」
 おそらく、その必要はある。

 ……俺にとっては、彼女の思いとは全く違う事情からだが。
 「よし行こう。」
 俺は力なく笑顔を作りながら言い、ズボに視線を移した。
 「先にこの子とジーザスで待ってる。」
 「ああ、説明したら、みんなで行くよ。」
 おそらく、その必要もあるだろう……それどころか、もう一度おっしょはんの力がいるかもしれない。

 俺は川本と並んで歩き始めた。どうも緊張する。何を話したら良いのかわからない。
 だが、メインロードに出た途端、俺は話をしないわけにはいかなくなった。東の方からサイレンの音が聞こえて来ていた。50センチ左で、川本の肩が震えるのがわかった。
 やはり本物のサイレンはどこか違う。そんなことが見抜けなかったなんて、永田組の奴等は間抜けだ。間抜けじゃなければチンピラになどならんだろうが。
 「川本、」
 俺は彼女が逃げ出してしまわないように、立ち止まることなく、シビアな会話を成立させようとした。
 「お前が職員室で俺に言った台詞は間違ってたな。」

 かなり間を置いてから、川本はこちらを向いた。
 「……なに……?」
 「お前、『誰も悪くない、本当に悪い人はもういない』って言ったな。」
 「……うん。」
 「いるやないか。」
 川本は目を伏せた。

 「……わたし……のこと?」

 これで俺の心は決まった。

 俺は自分でもそれまでにした覚えのないほど静かに、けれどきっぱりと言った。
 「違うよ。」
 不安に満ちた目が俺を見た。
 「俺には、許せない。」
 「……誰? ……ママ? ……それとも、よっちゃん?」

 俺はそれには答えなかった。まだ確信がない。
「お前、何のために俺達にこの話を持ってきた?」
 川本はホッとしたように一つ息をはいた。
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 27-36 作家名:MINO