小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Grass Street1990 MOTHERS 27-36

INDEX|6ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

 「……あんた、これ以上何が望みって聞いたわね、教えてあげるわ、」
 平田は泣き声になった……

 「……私の……私の、親を返して……パパ、ママって、私が……呼べる親を……」

 ……困った、俺はついに平田まで見れなくなった。だからといってズボを見つめるような愚かな真似はできないし……一体俺はどうしたらいいのだ。

 けれど俺はズボなんか見なくてすんだ。
 平田の後ろに、どうしても見なければならないものが現われたからである。

 ……けれど、ズボを見た方が余程マシだったかもしれない……

 ……顔の右半分を血で黒く染めた平田時江を見るよりは……


33

 時江は、手に見覚えのあるナイフを握っていた……輝久がさっき取り出した……死体から奪ってきたのか……黒沢監督がまた『羅生門』を撮る気になったら、老婆の役者として時江を推薦しよう。真に迫った演技を見せるはずだ……
 ……そして彼女は、おそらくはガラスの細かい破片でラメのように輝く服を引きずり、左目だけを異様に光らせて、自分の娘の方にまっすぐ進んでいた。

 「平田、後ろ!」
 俺の声に反応して振り返った平田は、母親を見て恐怖で凍りついた。
 時江は、ゆっくりと進みながら、かすれた、けれどはっきりと聞こえる声でつぶやいていた。

 「……芳美が……電話で……青山のこと聞いてきた……から……笑って答えてやった……頭を撃ったって……あたしの大事な男がされたように……頭を撃たれて……見殺し……電話で……自分の娘を殺すの……それに比べれば……あんな女……みんな……」

 ……そうか、琥珀でのあの台詞は、殺したということじゃなくて、後の予定のことだったのか。

『自分の娘を(これから)殺すことに比べれば、あんた達を撃つなんて簡単』……

 平田は、逃げる様子を見せなかった。身体がこわばったままだった。無理もない。俺ももしあんな風に元彼女が迫ってきたら、決して動けはしないだろう。失禁するかもしれない。

 「だめだ!」
 俺の後ろで、ズボが駆け出した。

 時江は何にも構わず、ゆっくり、ナイフを振り上げた。

 間に合わない! ……そうだ!
 俺は、ポケットから銃を取り出した。安全装置を外し、とっさに、時江の2メートル右、カウンターの、オールドパーのボトルの列を狙って、撃った。
 思ったよりもずっと強い衝撃で俺は身体のバランスを崩し、弾は、その2つ上の列の、カミュに当たった。
ボトルが2つ割れた。
 たいした音はしなかった。

 けれど、俺は状況も忘れて驚いた。なんて衝撃だ。4歳の女の子なら肩の骨を外さなかったのが不思議なくらいだ……

 時江はナイフを振り上げたまま、こちらを見た。そして、赤ん坊のような声で叫びながら俺に向かって、早足で歩いてきた。
 「あんたも……芳美と……グル……あたしの……邪魔……」

 俺はパニック状態に陥った。……どうすればいい? ……恐い!
 ……撃つのか? ……撃てない! ……恐い! ……撃てない!

 時江が近づいてくる。ナイフを振り上げ、俺の首のあたりだけを見つめて……

 ……撃てない……そうだ、足なら……だめだ!
 もう遅い……

 俺が覚悟して目をつぶった瞬間に、銃の発射音がした。

 そして次の瞬間、こっちへ向かってくる時江の気配が、右へ吹っ飛んだ。

 ……目を開けると、時江は、俺のすぐ前のソファに倒れ、しばらく低くうなってから床に落ちた。

 右肩に当たったらしい。血が出ていた。

 ……平田芳美は、銃を撃った姿勢のまま、身体を震わせていた。
 悲しい顔だった。それは、さっき勝ち誇った時に一瞬見せ、すぐに消した表情……

 ……そう、今夜彼女は、母親に対して最後の賭けをしたのかもしれない……そして完璧に負けた。

 時江は娘が、勝手にだが与えた『ママと呼べる』最後のチャンスを否定し、あっさりと青山を撃ち殺した……そして、それを娘に笑って話した……さらに……

 ……これから、あんたを殺す……

 ズボが、後ろからゆっくり彼女の銃を取った。彼女は、何の抵抗もしなかった。

 俺は平田に近づきながら考えた。この子は、俺を助けてくれたのだろうか?

 それとも、母親を助けるために撃ったのだろうか?

 ……もう、どちらでもいいか……

 「……平田……」
 俺は、動かなくなった時江を横目で見ながら言った。
 「あれが、お前の親なんや、気が狂ってるかもしれない。人を殺した、お前や俺も殺そうとした。でも、あれがお前の母親や、いいも悪いもない、お前に責任もない……そして……」
 俺は涙が出そうになるのをこらえ、急いで続けた。
 「他人のために罪をかぶったお人好し……それに、娘からの電話にじっとしておられず、永田のところへ駆けつけた……それが、お前の父親……ただ、それだけや……あそこにいるのも、」
 俺は、川本親子を見た。
 「とんでもない勝手な論理で、自分の娘だけを守ろうとした……お前を殺そうとまでしたかもしれない。でも、あれも、親や………本当に、ただ、それだけなんや……」

 平田は、全く反応しなかった。俺の台詞を理解したようには見えなかった。

 親にならない限りは無理なんだろうか。

 ……いや、そんなことではない。どこにも、答はないのだ。

 俺は、正しくはない。
それどころか、正しいことに、意味はない。

 俺は平田に背を向けて、ドアの方に歩いた。床に落ちていたナイフを拾いながら、俺は考えを巡らした。
 ……人が本気で守ろうとするものは少ない。守れると信じられるものも少ない……
 けれど守り切れるものはあるのだろうか。少なくとも俺は、守りきった人を見たことがないが……

 谷岡も、石川も……川本……平田……

 ならばなぜ、俺達は守ろうとするのか……

 ……いや、それとも、だから……

 ズボは、平田の銃をクリーム色のジャケットのポケットに入れ、俺の後ろまで来た。俺は、ナイフを銃の入っている右ポケットに 入れた。2つの人殺しの道具が触れ合う、不快な音がした。

 俺は、川本親子の前で立ち止まった。母親の昌美は目を伏せ、娘の川本は俺達をじっと見ていた。
 「あっちの親子は……頼む。救急車も呼んでくれ。」
 俺は、川本の目に負けそうになりながら言った。
 「……それと、自分のママもな。」
 「……先生……」
 「……いいよ、もう、」
 俺は、川本が何を言っても、自分が泣いてしまう気がしていた。
 「……それに、ここからは何もできん……本当にな……なあ、ズボ。」
 ズボは黙ってうなずき、振り返って平田芳美を見た。

 彼女は、ズボが座らせたのだろう、ソファの背に、もたれかかって座っていた。視線は天井の方を向いたまま、どこにも合っていなかった。

 俺達はうなだれたままPSを出た。

 谷岡には何が何でも生きていてほしかった

 ……娘のために……

 そして、同じく娘のために……
 ただ娘のためだけに、

 時江が撃たれたのが肩で良かったと思った。


34
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 27-36 作家名:MINO