Grass Street1990 MOTHERS 27-36
……琥珀に入った時、うつぶせに倒れて死んでいる女を俺は勝手に平田芳美だと思い込んだ……俺だけじゃない、石川と川本もそうだった……ベンツの中での谷岡との会話で、俺は琥珀で待っているメンバーを勝手に決めつけていた……その谷岡は気付いたのだろうか?
あの死体が自分の娘ではないことを。
……そういえば、あの時一瞬、谷岡の背中が動いた……
……だからか、だから時江はあんなにあせって谷岡を撃った……それなら、高木輝久はどうだろう……知っていたのだろうか……
「そうまでして……何が目的で……」
ズボが低い声で言った。異様なほど怒った声だった。
「……どっちや? どっちを身代わりにしたんや?」
昌美は、口を半開きにしたまま、今にも気を失いそうな表情になった。何か言おうとしていたらしいが、言葉になっていなかった。
川本が言ったような、『みんなママの思い通り』ではなかったらしい。
それどころか、全てが思い違いのような顔だった。
「ズボ、違うぞ。」
「どっちや?」
ズボは俺に構わず、ほとんど叫ぶような声を出した。これで答えが返ってこなければ跳びかかりそうな勢いで……まあこいつが、跳びかかるなどという行動が可能なのかはわからんが…
…少なくとも俺は10年余りのこいつとの付き合いの中では目撃したことがない。
「青山よ。」
答は返ってきた。
しかし、昌美からではなかった。
奥の暗がりから昌美のすぐ後へ出てきた女からだった。
……平田芳美……
さすが親子。登場の仕方が同じだ……なんと、手に拳銃を持っているところまで……
……1家に2つ持っている家庭もあるのか………
31
最初に平田芳美を見て思ったのは、『時江より手強そうだ』であった。
彼女の服装は、白いシルクのブラウスに濃いグリーンのパンツ、パンツと同色のローヒールのパンプス。店に出るための服ではない。見るからに動きやすそうな、現在の状況のために用意したような服装である。時江と違って目の色も正常みたいだし。
つまりは、さっきの時江みたいに激昂して人を撃ったり、逆に、隙を見せたりするような感じではなかった。
「残念だったわね、おばさん、」
平田は、顔面蒼白状況にある昌美を見下ろして言った。
「私が生きてて、ねえ。」
うれしそうな声……
「……どうして……」
昌美がやっと言った。
「わかってたのよ。」
勝ち誇った、とはこういう声を言うのだろう。もっとも、それでもリーダーがさっき永田家で、ズボのニセパトカーとのタイミングが見事にあった時に出した声には遠く及ばないにしても……あれには年期が必要だ。
彼は間違いなく、生まれた時からああいう時を狙って生きているのだ。
「あんたはうちの母親をだまして、私が琥珀を乗っ取ろうとしていると信じさせようとしてた。私が、輝久と組んでるっていう話をね。その黒幕は石川と谷岡で、そして、私が母親を殺そうとしているとまで、青山と渡辺を使って母親に吹き込んでくれた。
あんたはうまくいってると思い込んでたわね。ホントに、うまくいってたのよ、母親はすっかり信じこんでたわ……
……だって、私が協力してたんだから。」
俺は川本の様子を横目で伺った。
妙な気がした。川本はほとんど平田を見ていなかった。母親の昌美をじっとみつめていた。
その昌美は、誰を見るわけでもなく、ただ小きざみに震えながらうつむいていた。
平田は続けた。
「私はわざと、あんたの計画したようなそぶりを母親に見せた、それからついでに、1つ嘘を加えたの。青山と渡辺も実は私の協力者で、私の母親殺しを手伝う人間だって。このくらいの嘘は許してもらえるわね。
そうしておいて、私もあんたにすっかりだまされたような振りをして、言われた通りに姿を隠した。永田のところへ。
あとはあんたがみんなしてくれたわね、今晩、私が琥珀に現われることをあの2人の女を使って母親に伝えた。今晩、つまり、琥珀もこの店の休みの日にね。
私は、今日の夕方あんたから『今夜、ママ が話があるから琥珀に来てほしいって言ってたわ』っていう白々しい連絡を受けた時、すぐに青山に電話して永田の家へ来てもらったの……
……封筒を渡したわ、何の関係もない、どこかのバーのチラシが入った封筒。それで、あの子にこう頼んだわ『今晩9時に母親に会う約束をしてたんだけど、どうしても行けなくなったからこれを渡してきて欲しい、渡したらすぐに、その時母親から伝言が無かったかどうか電話してね。それとPSのママには内緒にしてね、せっかく会えるように段取りをつけてくれたのに悪いから。』
すぐに信じたわ。青山は身長と体型が私に似てるのよ。それに髪型は、あの子は仕事を始めたばかりだったから、先輩の私と同じにしてた。
青山はいつも少し大きめの白いポーチを持ってるの。そこから、預かった手紙を渡そうとする……母親にしたら、自分を殺そうとしてる娘の仲間がそんな行動をとったらどう思うかしらね。
……10時まで待ったけど、青山から連絡は無かったわ……」
平田はここで言葉を切った。
勝ち誇ったような表情が一瞬かげった。
けれど、またすぐに平然とした表情になって続けた。
「私は良美に電話したの、今から輝久が迎えに行くから来てほしいって。
……それから、輝久には色んなことを頼んだわ。これだけのことをすればあんたと私で琥珀とPSを手に入れられるからってね。まず、良美には私が先に琥珀に行ったと伝えて欲しい。良美を12時に琥珀に連れていって欲しい。
……そして永田の家へいったん連れてきて、この、S&W(スミス・アンド・ウエッソン)の小さい方の口径の銃を渡してこう言え、『昔のようにまた頼む』って」
昌美が小さな叫び声を上げて平田を振り返った。
「芳美さん、」
かすれた声だった。
「私の負けよ、いいわ、なんでも、あなたの欲しいものはなんでも、琥珀も、この店もあげる。だから、もう、言わないで……」
「勝手なこと言わないでよ! あんた、私に何をしようとしたの! ねえ、自分の娘さえ良ければ、私なんて殺したっていいって言うの!」
……自分の娘さえ?
「石川と谷岡を呼んだのはなぜ?」
ズボが尋ねた。さすが、比類無きデリカシーの無さ。よくこの状況で次を促す質問ができるもんだ。
平田は、少し目を細めてズボと俺を見た。答えるのを少し躊躇しているようだった。無理もない、常識のわかる人間ならそうだ。
「それと、高木は、死んだのは青山だと知っていたのか?」
驚愕の極みだ。ズボは続けて質問した。
「……わからないわ、」
平田は答えた。ズボに常識を教えるのは無駄だと判断したらしい。俺が10年かかってやっとたどりついた結論に、会って10数分で届くなんて、女という生き物は恐ろしい。
「私はあの子と同じ色のワンピースに着がえてから、輝久に先に琥珀へ行くって言ったの。それから、石川に電話したわ。12時に良美が琥珀に行く。私も、先に行って母親と2人で待ってるから、私の父親も一緒につれて来てくれってね。」
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 27-36 作家名:MINO