Grass Street1990 MOTHERS 27-36
「……ここまで来たからには、もう、最後まで付き合うよ。」
リーダーはやっと声を出すことができたが、ダメ-ジは大きそうであった。
「それと、救急車と警察はすぐ来るはずや。」
俺は、かいつまんで琥珀での出来事を説明した。リーダーはいつものように小さくうなずきながら話を聞いていた。ズボは何が気に入らんのか知らんが途中から難しい顔をしていた。おっしょはんと大工は表情からは何も読み取れない。これもいつものことだ。話を聞いているのかもわからない。これもだ。
話し終えた俺は、それまで見ないようにしていた川本を恐る恐る見た。そして、視線は彼女の顔の上に止まってしまった。
……川本は、微笑んでいた……
……「そうだ、みんなに紹介しときますよ、」
俺は彼女の微笑みが消えないうちにすばやく川本の横に移動しながら言った。
「この子が、依頼人の川本良美。」
しばらくの間、決して気分の悪い種類のものではなかったが、沈黙が流れた。何で川本は微笑んでいたのだろう、おっしょはんがおもしろかっただけやったのかもしれない。俺はだんだん不安になってきた。
この紹介は失敗やったかと思い始めたころ、ズボが沈黙を破った。正直言って俺は助かったが、考えてみれば、このシテュエーションで最初に声が出せるというのは奴にデリカシ-がないからなのかもしれない。
「ひどい先生をもって、大変やなあ。」やっぱり。
「ホント、ろくなこと教えんやろう。」とおっしょはん。
「かわいい子やないですか。」といつものパタ-ンは大工。
「よろしくね。」1人だけマトモな人間であることを印象付けようとリーダー。
俺は、うつむいている川本の肩に手を置いた。良かった、降り払われたりしなかった。
「……ここまで俺らはあんまり役に立ってるとは言えないけどな。」
「……ううん……そんなことない………」
川本はうつむいて、小さな声で言った。
「……ありがとう……」
ありがとう、か……結局この台詞1つでみんな許してしまうんやろうなあ、俺達男というものは。
まあ、いつものことか……
「それで、良美さんにちょっと聞きたいんやけど、」
ズボの遠慮を知らない声がした。俺が人生の『あきらめの哲学(特に男女の間における)』について考察している時に、図々しい奴だ。
「琥珀に入った時、もう、平田さんは?」
「……はい………」
「あの格好で、倒れていたんやね?……石川さんは?もう、中にいた?」
「……いいえ……店の前で……会いました。」
「……そう……」
ズボは、意味ありげな顔をした。大胆な奴だ。3ヶ月に1度しかできないくせに、一生分の『意味ありげ顔』を使ってしまう気だろうか……
……あれ……待てよ、ズボが聞いたのは ……
つまり、誰も、平田が撃たれるところは見ていないという……
「……それでミノ、どうする?」
リーダーがいつもの真顔で聞いた。『おだやかだが、けれど真顔』というやつである。どうやったらあの顔ができるのか、不思議で仕方がない。
……少なくとも、俺には一生かかってもできないだろう……おっしょはんと大工にもできないだろうが……それより前に、彼らは気付きもしないのだろう。
「二手に別れましょう。俺たちはこのままPSへ行きますから、リーダーたちはジーザスに変化がないか見て来て下さい。」
「それから?」
「適当です。」
俺は、その言葉の好きなおっしょはんと大工に視線を固定した。
実はスケアクロウの俺を除く4人ははっきりと2つのタイプに分けることができる。
適当が好きな、というよりそれ以外の生き方ができないおっしょはん、大工と、それが全く性に合わないリーダー、ズボである。バランス感覚に優れた俺がいなければこのバンドはわずか5分で確実にけんか別れしてしまう……つまり、言うまでもないが俺の存在には常に大きな意味がある。メンバーにもそこのところを良く理解しておいてもらわないと困る。
「何があるのかさっぱりわかりませんから。」
この場の責任と、家庭への責任の間で言葉に詰まったリーダーを尻目に、適当の最も似合う大工が実に適当に声を出した。
「それじゃあ、そういうことで。」
こいつがこの台詞を言った時には実際は本人は何も理解していないことが多い。
それが証拠にこいつは適当にとっとと歩きだしてしまった。
だいたい大工、ジーザスの場所を知っているんだろうか。
「ジーザスって、こっちでしたよね?」
数歩進んでから奴は振り返った。やっぱり。
けれど現時点では大工の行動を責めることはできない。
なぜなら俺はきっと、もっと何も理解していないのだから。
29
「はじめまして。」
ポケットの拳銃に触れながら緊張してPSに入っていった俺は、琥珀とは違って趣味の良い、淡いグレーのソファにたった一人で腰を降ろしている中年の女性に声をかけた。薄いライトブラウンのジャケットを着た小柄なその女性は、PSなんてたいして広い店でもないのだから俺が先頭で入って来た時に気付いてもよさそうだったのだが、俺が声をかけるまでずっと下を向いていた。
彼女がゆっくり顔をあげてから、俺の後の川本が言った。
「……ママ……」
その台詞を聞いて、俺はポケットから手を出した。
「……良美……何で……」
川本の母親、昌美は先頭の俺より先に娘に話しかけてから、俺とズボに視線を移した。一瞬疑ったが、どうも酔っているわけではなさそうだ。昌美の前のテーブルには飲物の類はなかった。底の浅い、黒い灰皿が一つと、七~八本の口紅の付いた吸い殻だけ。サムタイムミアスだと思う。この種のタバコについてはズボが詳しい。
奴にはメンソールすら立派なタバコなのだ。信じられん。
「……この、人たちは……?」
「先生のこと?」
「……先生……?」
「助けてもらったの。」
「……何を?」
川本は答えなかった。母親は、厳しい、問い詰めるような目になって娘をにらんでいた。そして娘の表情からも、さっきメンバー全員に会った時のような柔らかな表情が消えていた。
「答えなさい。何をしたの、良美は。」
俺は黙っていた。紹介もしてもらえなかったズボはどういうつもりかは知らんが、俺 はやっと、自分達が今まで何をしていたのかを彼女に教えてもらえるような気がしていた。そのためなら、さっき俺の『はじめまして』に昌美が何の返事もしてもらえなかった無礼は不問にしよう。
「何をしたのって聞いてるでしょ。」
母親 の声は、大きくはなかったが、凄みがあった。
「……なにも……でき、なかった……」
川本の声がだんだんと泣き声になり、彼女は顔を押さえてその場に座りこんだ。
「……よっちゃんが……死んで……おじさんも、輝久君も……パパも……おばさんに……わたし……」
昌美に、声は届いたと思う。彼女は少しあごを上げて、目を閉じた。そして、ゆっくりと息を吐いた。
彼女の顔にあるのは驚きではなかった。悲しみでもなかった。どう考えても、あってはならない表情だった……
……笑顔……
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 27-36 作家名:MINO