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Grass Street1990 MOTHERS 19-26

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 これについては教育委員会に非はない。俺は高校時代の成績が良かったおかげで審査に通り、わずかな額ではあるが教育委員会の奨学金をもらって大学に行っていた。ところが、2回生、3回生時にバンドとバイトばかりでほとんど大学に行かなかった俺は、当然のことながら成績不振という理由でその奨学金を打ち切られたのである。あの時は親に勘当をくらう手前まで行ったのだが、その俺を教員として採用するのだから、岐阜県の教育委員会は思ったより器が大きいか、元を取ろうとしているのか、チェック機能が全くないかのどれかである。教員になって5年、俺には最後のが正解だとはっきりわかっている。

 時江は、やや斜めに首を曲げて、値ぶみするような目で俺を見た。俺は撃たれないで済む可能性を考えた。

 ……1つある。時江は高木の帰ってくる時間は頭に入れてあるだろうから、その前に決着を付ける-つまり俺を撃つ-だろう。だから、高木の前にここに来る奴がいれば…
…スケアクロウのメンバーか……期待するのはよそう。あいつらはズボを筆頭にして全員が安全運転の権化のような奴等だし、おっしょはんは『おうちゃきい』なんて言葉を出した以上、苅谷を中途半端には済まさないだろうし、それに、もっとマズイことに、あのニセパトカーの一件で調子にのったリーダーは今頃、きっとあの永田家で一席ぶっているに違いないのだ。現在『ヨイショパワー』最高潮の彼ならもしかしてあの組長を更生させられるかもしれんが、頼むからとりあえず今は説教を早く切り上げてここに来てほしい。

 時江は意を決したように見えた。そして、口の端を少し歪めた。

 俺は今日初めて会った奴に撃ち殺されてしまうのか。俺を撃つか刺すかするのは去年別れた彼女に違いないとずっと思っていたのに。

 せめてトドメくらい彼女に残しておいてもらえないだろうか……無理かなあ……


25

 人生には不思議なことが起こるものだ。

 俺が撃たれないきっかけを作ってくれたのは、スケアクロウのメンバーでも、予想より早く戻ってきた高木輝久でもなかった。

 時江の表情が変わり、銃口が俺の腹のあたりに固定されたその時、左の方からパチンコ玉を思いきり床に叩き付けたような音がした。

 そして次の瞬間、時江のすぐ後に並んでいた。ウイスキー-『ヘネシー』-のボトルが一つ割れ、隣にあったボトルも二つ下に落ちて派手な音をたてた。
 ……時江は一瞬呆然とし、すぐに音のした方、右に顔を向けた。
 ……俺も、なにがなんだかわからずにゆっくり左を見た。

 ……気を失っていたはずの川本良美がソファに腰掛けていた……そして、両手で小さな銃を構え、時江に向けていた……暗がりでも、俺には彼女が震えていることがわかった。

 時江は、おそらくは驚きと、それから怒りで、顔をまっ赤にしていた。俺は我が身に銃を向けられた感想を時江に聞きたかったのだが、そんな間はなかった。彼女はものすごい形相で川本に身体と、そして、銃を向けた。
 それから余裕のない声で叫んだ。

 「あんた達親子は、どこまであたしの邪魔を!」

 ヤバイ! 川本が……俺はとっさに、すぐ脇にあった趣味の悪いエンジ色のソファを持ち上げた。そして時江よりも余裕のない声で「やめろ!」と叫びながら、彼女に向かって全力で投げつけた。
 時江は避けることができなかった。俺の声に反応し、怒りに満ちた目のままでこちらを向いたが、目の色を変える暇もなく、俺の投げたソファをまともに頭にくらってしまった。
 もしかしたら悲鳴くらい上げたかもしれないが、ソファはそのまま棚に当たり、ボトルやグラスが派手に落ちた。その割れる音が大きすぎて、俺には他の音が何も聞こえなかった。

 俺は時江の様子を確かめるより前に、川本のところに走った。
 「それを渡せ。それから、ソファの下に伏せてろ。」

 川本は俺の言葉に全く反応せず、視線は誰もいないカウンターの向こうに置いたままだった。銃も、さっきと同じように顔の前で、指の色が変わるほど硬く握っていた。そして小きざみに震えていた。
 俺はそれ以上何も言わずに、安全装置を探ってかけ、引き金を弾いたままの人差指から順に指を引きはがした。それでも、川本は何の反応もしなかった。

 俺は少しだけ腹が立った。自分を失うことは簡単なのだ。けれどそれは、物事が解決してからにしてほしい。今も時江が大したダメ-ジを受けていなくて、すぐに立ち上がってこちらを撃たないという保証はどこにもないのだ。

 命の危険がとりあえず去ると、人は、いつもの欠点が出るらしい。
 欠点をかくそうともせず苛立ちながら、俺は銃を川本の手から外し、彼女をそっとソファの陰に横にした。

 ……その時、川本の前にたらしていた髪が上がり、額が丸見えになった。左の方の髪の生え際に、薄い、小さな傷があった。すると、それまで何の反応も示さなかった川本が俺の視線に気付いて睨んだ……
 俺は、妙な気がしたが、なんとなくその傷を見たのが悪いような気がして、彼女の髪を元通り前にたらしてから立ち上がった。
 とりあえずこの位置なら、時江が川本を撃とうとしても、フロアに出てこないかぎり不可能になる。

 川本はまだ何の反応も見せなかったが、もう気にするのはやめた。さっきこの子は俺を守ってくれた。だから、今無事で、こうやって苛立てるのも、この子のおかげなのだ。そう思うことにした。

 ……俺は生まれて初めて手にする銃の、小さな割に意外な重さを感じながら緊張して石川の方に歩いた。
 耳は、カウンターの向こうしか気にしていなかった。俺は自分に言い聞かせていた。あれだけ派手にガラスの破片が散れば、時江がどんなに注意しても、何の音も立てずに俺を撃つ態勢は作れないだろう。

 ……静かだ。俺は身震いした。ここには俺を含めて6人の人間がおり、確実に死を確認されているのは平田芳美ただ一人のはずなのに、俺以外誰も呼吸をしていないみたいだった。

 逃げ出したい気持ちが身体中を支配していた。川本か、時江のどちらかでもいなければそうしていただろう。あるいは石川が戦力になる状態なら……彼にこの銃を渡し……

 ……だいたい、おそらくはこの銃はこの男のものなのだ。どういうつもりかは知らんが娘の側を離れる時に、ご丁寧に安全装置まで外して脇に置いて出た…

…あの子が自分で外したのでなければだが……

 ……ともかく、俺はそれから外の公衆電話で救急車と警察を呼ぶ、今度は本物のやつ。ズボのニセパトカーじゃないやつ。素敵な行動だ。社会の役に立ち、しかも危険がない

 「石川さん。」
 彼がもし一度で返事ができたら、『後は頼んだ』と言おうと心に誓って声を掛けた。
 石川は一度で反応はした。が、俺を力のない、充血した目で見上げただけだった。
 だめだ。戦力外だ。
 「……電話は、どこにありますか?」
 石川は俺の質問を何度も心の中で繰り返してやっと意味がわかったらしく、ゆっくりと、顔をしかめながら電話のありかを指差した…

 ……カウンターの向こう、時江の倒れている辺り……
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 19-26 作家名:MINO