Grass Street1990 MOTHERS 19-26
俺は一つ大きく息を吸い込んで、銃の安全装置を外して右手に硬く握り、カウンターに向かった。怖いがしかたない。もう躊躇している暇はない。石川はともかく、谷岡が心配だ。さっきから全く動いていない。呼吸しているのかもわからない。
その時突然、ドアが開いた。俺は反射的に、手にしていた銃を隠した。
高木輝久だった。
彼はドアから数歩入ったところで、中の様子が只事ではないのに気付 いたようだった。一瞬立ち止まり、それでも、唯一立っている俺の方に向かって一歩近づいた。
怒り狂った声が聞こえた。
「あの女はどこだ!」
俺は、不覚にも自分の行こうとする方、つまり、時江の倒れているカウンターの方を見てしまった。
「そこか!」
高木はそう言うと俺には目もくれず、内ポケットからナイフを取り出すと、カウンターの端に向かって走った。平田芳美の倒れているすぐ横に立ち、凶暴な目でカウンターの中を見据えると、その目にひどく似合った凶暴な声で叫んだ。
「てめえ!!」
俺がカウンターを飛び越えようと急いだのは、無抵抗の状態にあるだろう時江を刺すよ うな愚かな真似を高木に止めさせるためだった。
ところが、次の瞬間俺の耳に入ったのは、もう二度と聞くまいと思っていた、丸めた新聞紙を踏んだ音が立て続けに二回。
俺はカウンターに手を付いたままで、凶暴な目のまま腹を押さえて崩れ落ちる高木を見つめた。
時江は待っていたのだ。銃を構え、おそらくは俺が、様子を見に来るのを。そこに怒り狂った高木が現われて……
……時江は、余程高木の形相に恐れを感じたらしい。弾の無くなった銃の引き金を、今も何度も引き続けていた……
泣いてるのか笑ってるのか判断できない声を、時折「ヒッ、ヒッ」と口にしながら……
……カチ、カチ、カチ、ヒッ、ヒッ、カチ、カチ、ヒッ、ヒッ、ヒッ……
俺は、突然、いわゆる最近の生徒が言うところの、『キレた』状態になった。もう、自分で自分をどうすることもできなかった。
この耳触りな音を、一刻たりとも聞いていたくなかった。
俺はわけのわからない叫び声を発しながら、回りにあったソファやテーブルを手当たり次第に持ち上げ、時江のいる辺りに投げ続けた。棚にあったボトルやグラスが凄まじい音を立てて崩れ、テーブルの足が折れて時江の身体のあたりに降っていった。
それでも、あの音は俺の耳に届いているような気がした。
……カチ、カチ、ヒッ、ヒッ……
店中のソファとテーブルを投げ終わったら、俺は自分のポケットに入れてある、さっき川本が使った銃の弾残り全てを時江の身体に撃ちこむ。
俺は、どこかがしびれたままの頭で考えた。
俺はきっとそうするのだ。そうしなければならないのだ……
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 19-26 作家名:MINO