小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Grass Street1990 MOTHERS 19-26

INDEX|7ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

 ……そして、母親が……娘を……

25

 谷岡が立ち上がってこちらを振り向いた。表情がよく見えないことで初めて、俺は自分のいる琥珀の中がかなり薄暗いことに気付いた。

 それから、情けないけど、彼の顔がよく見えなくて良かったと思った。

 俺にはどのくらいの時間が経ったかわからなかった。ただ、頭の中を叩かれている感じが少し弱くなっているみたいだった。
 「……八剣さん……」
 谷岡が初めて俺の名を呼んだ。取り乱したところのない、しっかりした声だった。けれど俺には、何も答えられなかった。答えようとする気さえ起こらなかった。
 「……こんなことになるとは……あなたを、ここまで巻き込みたくはなかったんですが……」
 谷岡は、一度自分の足元を見てから、続けた。
 「……警察を、呼ばなければなりません……八剣さん……あなたは、帰った方がいいでしょう……」

 その途端、俺は目が醒めたような気持ちになった。俺には言葉が出ないほどのショックを受ける資格などないと気付いた。俺は、部外者だ。

 そして、自分でも無意識の内に、突如浮かんだ言葉を口にしていた。

 「高木は、どうしてあっちに行ったんですか? ……

…それと、誰と同じように頭を撃たれたんです?」

 先程のしっかりした返答からは遠く離れた動揺が谷岡の顔にはっきりと現われた。
 それは最も触れてほしくないことのようだった。と言うより、こんな事態になっても、まだ守らなければならないことだったらしい。

 ……俺にはまだ見当もつかないのだが。

 ……けれど、高木はなぜ、ジーザスではなく、PSの方に走っていったのだ……

 谷岡は表情を無くして石川に目をやり、石川は自分の娘を見ながら、ゆっくり首を振った……

 ……「教えてあげなさいよ。」

 平田の倒れているさらに奥の方から、突然、聞いたことのない声がした。
 そして暗がりから、俺の見たことのない女が現れた。
 「……時江……」

 ……平田……時江……

 谷岡の声には、感情というものが全く感じられなかった。無理もない。声に感情の出る暇があれば、彼はこの女を叩き殺しているだろう。
 「教えてあげなさいよ。」
 黒いゆったりとしたワンピースを着た平田時江は、苛立った声でそう言うと、右手に持っていた手を谷岡に向けた。種類は、詳しくないので知らないが、サイレンサーが付いている。
 「あんたが勝手に終わらせたんだし、それに、あんな娘のことなんて、もう、どうでもいいことじゃないの。」

 ……あんな……娘? ……
 ……自分の……

 次の瞬間、誰一人何も俺に『教えてあげる』間もなく銃口が光った。同時に、丸めた新聞紙を思いっきり踏んだような音がした。

 谷岡が、腹を押さえて倒れた。スローモーションを見ているようだった。

 彼は、もしも意識があれば、下にウレタンマットでもひいていない限り絶対にできない、何の支えも受け身もない姿勢でまっすぐ前に倒れていった。
 ほんの短い、けれど一度耳に入れば決して忘れられそうのない苦痛に満ちた叫び声と、身体の前半分の骨を床に打ちつけたすさまじい音が同時に起こった。

 ……そして、次の瞬間、全く静かな時……

 谷岡は、余りの苦痛に動くことも、声を出すこともできないでいた。
 「動かないで!」
 俺が駆けよろうとした瞬間、平田時江の鋭い声がした。銃を、俺と石川の両方に向けてゆっくりと振っていた。
 「自分の娘を撃つことに比べればね、あんた達なんて、簡単に撃てるわ。」
 「自分の旦那を撃つことと比べたらどうや、おばさん。」

 俺は不思議と、さっき平田芳美の死体を見つけた時ほどのショックを受けていなかった。それに、はっきりいってヤケだった。動いたって動かなくたって、何を言っても、何も言わなくてもどうせ撃たれるし、また、この距離で外すわけもないのだ。
 俺の台詞がこの女を刺激して撃たれるのが早まることと、我慢して後で撃たれることを比べるなら、俺は言いたいことを言う方をとる。
 そういう時もある。
 「……少なくとも一度は旦那やった人を撃つことと比べたら。」

 けれど、俺の台詞が刺激したのは時江ではなく石川の方だったらしい。
 石川は足をもつれさせながら、他のものは何も目に入らぬ様子でフラフラとこちらに近づいてきたのだ。
 「……谷岡……谷岡……」
 「動かないでって言ったでしょ。」
 そして、また新聞紙を踏んだ音。それを合図にして、俺の3メートルほど左で、左足を撃たれたらしい石川が一瞬弾んだように跳び上がってから、低いうめき声と共に崩れ落ちた。
 「もう、何人も同じね。」
 平田は銃を俺に向けた。今使ったのが三発……平田芳美、谷岡、石川……十四年前にこの銃を何かに使っているのか……谷岡がベンツで俺に言ったのはそういう事なのか……使ったなら何発使ったのか……

……どっちみち、少なくとも俺を撃つ弾くらいは残っているのだろう……
 ……俺は、何事も最初は悲観的にものを見る人間なのだ。どういうわけか他人は俺のことを楽観の塊みたいに思っているらしいが。まったく、世の中には人を見る目のない奴等が多い。

 「でも、殺したのはまだ2人やろ。」
 俺はもう何も見たくなくなって天井に目をやった。特に、谷岡を……
 「……旦那と石川は、まだ、死んでないからな。」
 「……あんた、何者?」
 年配者の表現だなあ。その割に分別のない行動しかとっていないが。俺に他人の分別が言える資格があるかは、この際置いておく。
 「それに、何でこんなところにいるの?」
 「しがない地方公務員。」

 このシテュエーションではまあ当然ではあるが、やっぱり誰にもウケない。さっきの谷岡にといい、今日は不調だ……決めた。今度から自己紹介の言葉を変えよう。『3年5組副担任』というのはどうだろう。電話でこう言うと、電話口の父兄はたいてい『いつもお世話になりまして』と言ってくれるのだが……この女も数年前まではそんな風に言ったんだろうか。『いつも芳美がお世話になりまして……そうですか、でもご心配なく、2年後に撃ち殺しますから』……

  ……やや俺も自制心を失っているらしい。

 「何か教えてくれるんやなかったんか?」
 「そうね、時間もないし。」
 「何で?」
 「輝久が戻って来るわ。」
 「……輝久……?」
 「あんたが自分で聞いたのよ。」
 「……ああ……高木……輝久っていうのか……」
 はっきり言って、似合わん名だ。
 「今晩初めて会ったんでね。」
 「あんた、やっぱり言いなさいよ。何者なの? 何でここにいるの?」
 時江の声がイラついてきた。谷岡を撃ったのは声がこうなった後だ。俺は口の中が渇いた。
 「別に秘密でもないけどな。」
 本当に。別に秘密など必要ない、奥行きのない人生かもしれん。
 「俺の後ろに何が付いているかわからなければ、安心して撃てないってわけか。」
 言ってて恥ずかしくなるような嘘だな、これは。俺の後にそんなたいしたもんがあるわけがない。教育委員会だって俺が嫌いだと思う。
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 19-26 作家名:MINO