小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Grass Street1990 MOTHERS 19-26

INDEX|5ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

 「そこのニセパトカーの横に停まって下さい。」
 俺は、路地に入ったところで、ル-フのサイドに4つ付いている外部スピーカーから、今もパトカーのサイレン音を鳴らし続けているズボのタウンエースを指差した。
 「1分もかかりませんから。」
 この図々しい要求を快く引き受けてくれた谷岡は、運転席にいるズボと話のできる完璧な位置にベンツを停車させた。彼にはタクシーの指導車ですら運転できるに違いない。琥珀に着いたら高木に運転マナーを教えてやってもらおう。
 だいたいにおいて彼は礼儀作法責任者だけではもったいない。少なくとも武藤と苅谷にとっては『人生の手本』となるべきだ。
 さて、パワーウィンドゥをベンツにふさわしい厳かな表情で開けた俺に向かって、ズボは失礼にもタバコをくわえたままで笑いかけた。
 「無事やったか……」
 ……タバコ?……あ、気が変わった。実は、いついかなる時でも『殊勝』という言葉がぴったりの俺は一言ズボにお礼を言おうと思っていたのだが、奴はあろうことかその俺の清らかな気持ちを踏みにじったのである。奴がくわえていたのはフィリップモリス・スーパーライト。奴にとって『ついで』がどっちだったか、これではっきりした。

 「琥珀で待ってるからな。」
 「……わかった。」
 ズボはやや拍子抜けしたような声を出した。お礼の言葉でも待っていたのだろうか。身のほどを知らん奴だ。
 「そうや、これ、読んどいてくれ。」
 ズボはポケットから一枚のコピーを取り出した。
 「さっきリーダーからもらったんやけど、おっしょはんが調べてくれた、例のクラブ3件の資料のコピーや。」
 俺は渡されたコピーを受け取っただけで手にしたまま、最も気になっていたことを聞いた。
 「苅谷は、生きてるか?」
 その言葉を待っていたかのように、おっしょはんがセカンドシートから顔を出した。目と歯の目立つ人だ、特に夜は……
 「こっちこっち、うん、さっきまでちょっと暴れてたけど、今はおとなしいよ。」

 やっぱりこの人か!
 でもなんて嬉しそうに言うんだろう。
 「あ、そうそうおっしょはん、さっき苅谷ね、俺を2発殴りましたよ。」
 おっしょはんの目が光った。
 「ほんとに?」
 そして先ほどの『段取り完璧』リーダーに優るとも劣らない幸福感に満ちた表情になってゆっくりと車の中を振り返った。
 「おうちゃきいなあ、あかんわ。」
 出た!おっしょはんが最も得意とする台『おうちゃきい』だ!
 これで苅谷は間違いなくとどめを刺される。
 「……それじゃ、お先に。」
 『とどめ』の瞬間を見たくない俺はパワーウィンドゥを閉めた。ベンツに乗ると、どうしても厳かな顔になってしまう。人間とは環境で変わる生きものなのだ。

 「なかなか、人が悪いですね。」
 また気持ちのいい加速が始まると同時に、谷岡が楽しそうに言った。
 この人に言われると、何か照れるなあ。


23

 俺は長良橋を渡るまで一言も声が出せなかった。
 ズボが俺に渡したコピーのせいである。

 くやしい。昨日の晩、いや、せめて今日の夕方川本に会う前にこれを知っていれば、自分がどういう行動をとったかはわからないが、こんな風に腹を2発も殴られることはなかったと思う……もしかしたら腹を撃たれるか刺されるかしたかもしれないが……

 「……知ってたんですか?」
 零時の時報がスピーカーから流れた。NHKFM、『クロスオーバー1』という番組が『クロスオーバー2』に変わったところである。橋を渡りきったところで、無言のまま前を見つめる谷岡に俺はやっと話しかけることができたのだった。
 「日が変わってしまいましたね。」
 谷岡は顔の向きも視線も変えないで穏やかな声を出した。
 「約束には、少し遅れますね。」
 「約束?……誰とです。」
 「……父親と……娘ですよ。」
 初めて彼の口元が歪むのを見た。声も少しだけ苦しそうだった。
 「石川さんは何をしたんです?」
 岐阜公園の前、二車線の一方通行の道になり、ベンツは右側の車線に入った。俺は緊張した。以前、わけのわからんカップルの乗ったクラウンが知らずにここを逆行してきて、今日と同じように右車線を走る俺の車にぶつかりかけたことがあった。
死ぬかと思ったが、どういうわけか俺は割とよくそういう目に会う。なぜだろう。

 「あの人は何もしてませんよ。おそらくあなたが考えてみえるような、悪いことは。」
 珍しく、やや上ずった声だった。同時に、ベンツは突き当たりをきれいなコーナリングで右折した。見事だ。適切な減速と加速。そして見事なライン取り。俺は今のところを左折して彼に金華山ドライブウエイのコーナーを攻めてほしい衝動に駆られた。
 「それなのに川本は自分の父親を追いつめるような行動をとるんですね。」
 『ドリフト大作戦』は次の機会にお願いしよう。
 「僕等みたいな脳天気な奴等をうまく巻き込んで。」
 「……やはり……良美ちゃんか……」
 「大したものですよ。こちらに何の情報も与えないで、ここまで引きずり込んでしまったんですから。」
 俺はさっき、シルビアが出て行く時に俺に見せた川本の表情を、多少腹立たしげな気持ちと共に思い出していた。
 「調べれば調べるだけ、というよりただ回りをうろついているだけで、次々と重い事実が出てきて、正直言ってどこまで行けばいいのか、とまどってしまったくらいですよ。」
 「もう、かなり終点に近いですよ。」

 「終点に行ってもいいかっていうのも、わからないんですよ。」
 谷岡の横顔が初めて、『優しい』と表現できる表情になった。
 「……そう、ですか……でも……良美ちゃんがそう望んでいるのなら。」
 ベンツは対向車線のある道に入った。

 すれ違う車のヘッドライトが見えるようになると、不思議に気分が落ち着く。なぜだろう……そうか。俺は、なんとなくではあったが確信した。

 自分とは違う方向に向かう者の存在を認識するのは、意外に心強いものなのだ。

 次の信号にひっかかったところで俺は尋ねた。
 「……川本は、終点を知っているんですか?」
 谷岡は車が動き出してから初めてこちらを向いた。そして、出会ってから初めてうろたえた表情を見せた。今日は彼についての発見が多い。
 「……もう……14年も前のことです………全てを正確に知っているわけではないでしょう……」
 「……?……14年?」

 答えを聞く前に信号が変わり、ベンツはゆっくりと動き出した。谷岡の表情からもう何も言ってくれない気がした俺は、再び、手にしていたコピーを見た。
 「……その、『14年前のこと』から……それから13年後に平田が、自分の母親のもと、『琥珀』で働き始めた……それからしばらく経って高校時代の後輩である青山と渡辺が、川本の母親のもと『PS』で働き始めた……」
 俺はまっすぐ前を見て言葉を続けた。
 独り言になっても良かった。
 「……ほとんどノーマークだった『ジーザス』も、ママの名前は『高木明子』という……つまり、あのシルビアの高木……」

 「もっと早く、そう、せめて、石川の家に来た時に、あなたとしっかり話をすれば良かった。」
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 19-26 作家名:MINO