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Grass Street1990 MOTHERS 19-26

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 聞こえたのは、子供に向かって言うような優しい声。
 半分嬉しく、あとの半分は本能的にゾッとして振り返ると、戸口には何とリーダーと大工が立っていた。
 「……え……リーダー……大工……」
 「……リーダー? ……あんたら、これの仲間か……」
 永田が浮かせた腰をまたゆったりと沈めて言った……
 ……ちょっと待てよ……ところで『これ』ってのはどういう呼び方や。他人の言葉づかいを怒る前に自分を正せよ、お前。
まあ、今は口には出さんが……腹筋に力を入れるだけで痛いし……
 「武藤、これはどういうことや?」
 スーツ男がやや声を荒げた。
 「苅谷はどうした?」
 「苅谷って、タウンエースの中にいた人?」
 大工が、リーダーの後について俺の方に進みながら、心の底から嬉しそうに言った。
 俺の隣で武藤が音を立てて息を止めた。
 「玄関の鍵くれましたよ。」

 少し前とは全くムードの違った沈黙が部屋の中を支配した。そうか、ズボは、タバコを買いに行ったんじゃなかったのか……行ったかもしれんが、まあとにかく、電話で全員集合をかけた……はいいがその当人とおっしょはんがいない…

…おっしょはん……?……あーあ、かわいそうな苅谷……今頃は……
 ……おっしょはんは修理のつもりでも、どっか壊れたかもしれん。

 「高木、」
 今度は永田がドアの横に向かって声を出した。全くあっちからこっちから…誰かまとめて話せんのか。
 「組に迷惑をかけんようには、できるやろうな。」
 高木は一瞬姿勢を正すと、無言で部屋から出ていった。

 ……あいつ!川本を……

 俺が後を追おうと行きかけたとき、武藤が突然俺の胸倉をつかんだ。
 「無事に出て行けるとでも思ってんのか!」
 5分前までなら『ものすごい形相』と形容できただろうが、状況の変わった今となっては滑稽なだけだ。

 「あんまり、手荒なことはしない方がいいですよ。」
 俺達のすぐ近くまで進んでいたリーダーは、実に落ち着き払って諭すような声で武藤に話しかけた。
 俺は笑いそうになった。なぜなら、こういう時のリーダーには絶対に、自分がその場を仕切ることのできる裏技があるのだ。
 「なんやと?」
 「だって、もうすぐ、パトカーが来ますよ。」
 当たり!

 リーダーの言葉が終わった瞬間に、それに導かれるようにしてパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。だんだんこちらへ近づいてくる。練習でもしてきたような見事なタイミング。
 俺はこの時のリーダーの顔を忘れる事ができない。『至福』というか、『恍惚』というか、何とも言えない表情である。このような、『完璧に段取りが決まる』時のためにこの男は生きているのだと俺は改めて確認した。

 それにしても、ズボのタウンエースが久々に役に立っているな……宣伝カーもすてたもんじゃない……

 ……パトカーねえ……えらい、えらい……


22

 後悔した。今日もトム・マッキアンのバッシュ(白)だ。これの唯一の欠点は履くのに時間がかかること。焦る。早くしないとシルビアが出てしまう。

 組長たちはリーダーと大工に任せた。だいたいがリーダーは心の底から任せて欲しそうな顔だったのだ。『段取りパーフェクト』の後数時間の彼は無敵である。今日はなんと2つの見事な段取りが決まった。1つは永田の部屋への見事に計算された登場……もしリーダーがあと5分早くここに着いていたとしても、彼は俺があのように2発殴られるまでドアの外で待っていたに違いない……
 ……もしかしたら実際に早く着いていたのかもしれない。十分に考えられる。
 まあともかく、それに加えて、あの、パトカーのサイレンとの完璧なタイミング! やはりズボとデキているのではないかと思われるほどの見事な息の合い方。
 あの瞬間以来、フルパワーの『鉄面笑顔』をキープし続けているリーダーにとって、現在まとめようと思ってまとめられないものは何もない。今の彼なら、怒り狂ったゴジラでもなだめられる。富士山を踏んでるギララでも大丈夫だろう。実際、リーダーの『ヨイショ』が通じない相手は世界で一人しかいない。
 3歳になる彼の次男だけである。

 俺は汚れた靴ひもを結んで手を払いながら外へ出た。急いでいたので結び目が縦になってしまったが、まあ仕方ないだろう。
 その時俺の右斜め5メーターほどの位置をシルビアが門の外へ進んでいた。

 「川本!」
 俺の声が聞こえたのか、助手席に座っていた川本はこちらを見た。
 彼女は一瞬、驚いたような表情を見せ、けれどすぐに平然とした顔で前を向いてしまった。

どういうつもりだ?

 シルビアはというとほとんどスピードを緩めず、ウィンカーも出さずに右折し、高富街道に向かった。俺はウィンカーを出さないアホどもが大嫌いである。天気も悪くないのにフォグランプを付けるボケどもの次に。

 それはそうとしまった! 車がない。大工にギャランのキーを借りてくるべきだった。ズボのタウンエースでは今度こそ見失ってしまう。俺はワンボックスカーを車とは認めていない。その点では徳大寺有恒氏と同じ意見である。
 借りに戻ってる時間はない。この面倒臭い靴を脱がずに入っていったら間に合うやろうけど、俺の礼儀作法責任者にまた腹を殴られるかもしれない。

 門を走り出てから途方に暮れて立ち止まってしまった俺の横に、車が1台止まった。……見覚えのある……え……ベンツ!(黒、560SEL)
 パワーウィンドゥが音もなく下った。運転席には、もちろん穏やかな目の谷岡の顔があった。

 「乗りなさい。高木を追うんでしょう。」
 もし選ぶ権利があるとすれば、俺の礼儀作法責任者はこの人がいい。
 「石川さんは?」
 「向こうで待ってますよ。早く。」
 嬉しいことに俺は生まれて初めてベンツに乗った。何か緊張するなあ。さらにこれは革張りのレカロシートではないか!……などと感激している場合ではない。急がないと……
 ……あれ、待てよ。俺はベンツの内装を汚さないようにややギクシャクした動作で乗り込みながら考えた……今、この人、『向こう』って言ったな……向こう……?

 「なかなか、見事でしたね。」
 俺のつまらない躊躇に対して全く苛立った様子も見せずに、谷岡は微笑んで言った。
 「地方公務員の割には、でしょう。」
 こんな台詞がウケるとはもちろん思っていなかったが、谷岡の表情は小指の先ほども崩れる気配はなかった。
ここまでウケないとも思わなかった。少し寂しい。

 谷岡は特徴のあるシフトレバーを右手で動かしながら言った。
 「行きましょう。」
 「琥珀、ですか?」
 谷岡は少しだけ微笑が大きくなり、その後すぐに表情を引締め、ベンツは動き出した。何という重厚な加速!排気量が大きいというのはこんなに気持ちのいいことなのか。以前電卓で計算した事があるのだが、このベンツの排気量はジェミニの3.73倍。すごい。それとFRというのもこの気持ちの良さに貢献している気がする。引っ張られるより押される方が落ち着けるのかなあ。
俺は物理を習ったことがないのでよくわからんが。
 習ったとしても何も理解できない気がするが。
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 19-26 作家名:MINO