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Grass Street'90 MOTHERS 10-18

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 さて、何を悩んでいるかというと、俺がここにいることである。それはつまりズボが琥珀の近くにいるということなのだ。あいつが琥珀の常連では、という疑いはほとんど晴れているからその点は心配していないのだが、あいつは目立つ。電柱の後ろに隠れられるような体格ではない。あいつの体格を説明するには、俺がいつもライブで言っているように、『自分の楽器であるウッドベースとほとんど区別が付かない』というフレーズが最良である。暴力団がかかわっているような店を張り込んで、あいつがみつからないと考えるのはあまりにも楽観的な見方である。
 更に、何があっても逃げ足を含めて動きが鈍い。あいつが俺と同等以上に速いのは食うことと風呂に入ることと女に関することの三つだけである。
最後のは奴の圧勝であることは言うまでもない。
 そして、琥珀にはあのハイセンス二人組がいる。例のエノメルの靴ならともかく、リーボックでも履かれていた日にはズボが逃げても勝ち目はない…
…リーボックに白いエナメルのがあればの話だが……

 ところで誤解のないようにして欲しいが、俺は決してズボの身を案じているわけではない。奴の彼女である友子が怖いのである。何で7つも年下の女を俺が怖がらなければならないのか時に悩むこともあるが……考えてみると『怖さ』を持つということは『嫁さん』の位置に近づいたということかもしれない。ということなら学生時代に不良をやってる女の子達が総じて早く結婚するのは意外でも何でもない。簡単に説明が付く。彼女達は既に学生時代から『嫁さん』らしさを持っているのである。

「おい。」
 俺の見事な論理の展開を邪魔するかすれた声がした。こんな鋭角で上の方から声の届く奴は俺の知り合いの中では一人しかいない。ズボ。
 「お前、琥珀は?」
 当然、『もう閉まっていた』という例の脇役の台詞が出てくるだろうと思い、俺は見上げて尋ねた。しかし187センチのこいつがこんなにでかいのだから、バスケットの岡山選手がメンバーだったりすると大変なことになる。俺は背筋力がそれほど強くはないのだ。岡山選手とつきあいがあったら、三日に一度はひっくりかえる。
 「それがな、ヤバそうなのが7~8人店に入って行ったんや。」
 「ヤバそうなの?」
 「永田組の組員やと思う。例の、大工を追った二人もいた。」
 「……石川側の、泳がせる作戦が気付かれてるわけやな。」
 「きっとな。こっちに変化はないんやろう?」
 ズボは一昨日と同じように淡くライトの付いたPSのドアを指差した。
 「ああ。」
 でもおかしい。あの石川、谷岡コンビがそんなに迂闊だろうか。それは……つまり……
 「石川側は、覚悟の上かな。」
 ……いや、それとも……
 「よほどマズいことを平田が握っている、と考えるしかないんやないか。」
 ズボはFKを出した。昨日のスーパーライトはもう吸ってしまったのか。愚かなことだ。
 「それともう一つ、今そこで事務所に電話したんやけど、リーダーが気になること言ってた。」
 「え?」
 「お前、前の練習の時に石川屋のこと調べるように頼んだやろ。リーダー、それを問屋の人か誰かに聞いてたらしくて、その人とさっき電話で連絡が付いたんや。
 それによると、石川屋には、採用や入社後の部所について特に目立つことはない、俺達が思ってるような、女の子との情実についてはな。それに……」
 ズボはここでFKに火をつけた。俺は珍しくそれが気にならなかった。なぜかというと、『情実』などという言葉がよくこいつの口から出たものだと感心していたのだ。辞書でも引いたのだろうか。どこで……いや、リーダーからの受け売りだろう。リーダーなら言いそうだ。というより、きっと好きな言葉に違いない。家に行ったら額に入れて部屋に飾っていることも十分に考えられる。
 「あの社長が柳ヶ瀬に通うようになったのは、実はここ1年くらいのことやそうや。」
 「1年?」
 「これはおそらく平田が琥珀で働き出した時と一致する。それまでは大して飲みに行くのが好きそうでもなかったのに、突然柳ヶ瀬に通い出したから、出入りの問屋の間でもちょっと話題になったらしい。」
 「てことは……石川女短のホステス第1号は……平田か……」
 俺はFKでもいいからタバコが吸いたくなった。条件として絶対にフィルターを外してからだが。マイルドセブン系のタバコはフィルターを外すと少しはマシな味になる。ちなみに、これはハイライトでは決してやってはならない。
 「そして、2号と3号が青山と渡辺か。」
 「大学が斡旋してるだけやないってことになるな。」
 ズボはうまそうにFKをふかした。何で味のないタバコがうまそうに吸えるの……待てよ、もしかしてこいつにはFKの味がわかるのかもしれない。ということはタバコに関しては俺より微妙な味覚センスをもっているのだろうか……いや、断じてそんな事があるわけがない!
 「他にもいるのかもしれんが、今のところ見ていないし、いないと見るべきやろう。そうすると、お前の学校から石川女短の家政科に行った3名だけがやっているというのは、何かあるな……それと、依頼人の川本の話も問題になる。
 また話が合わないところがでてきている……」
 「……ああ。」
 俺はいったん下を向いた。すぐに顔を上げたのだが、その時ズボの顔色は変わっていた。
 「……川本……良美……」
 「どうした?」
 ズボの指の間でFKがだんだん短くなっていった。こんなに短くなるまでこいつがタバコを手にした姿を見るのは初めてである。
 「……いや……あんまりバカバカしい考えなんでな……」
 きっとそうだろう。
 「……名前や。」
 「名前?」
 「昨日、お前『二人のヨシミ』って言ったろう。ヨシミ、なんや。」
 ズボは無言のままの俺をじっと見つめた。

 「……それと、石川タカヨシ。」

 俺は、しばらく口を半開きにしたまま声が出せなかった……
 ……そうか、それなら、弱みになる。川本の行動や言動が妙だと言うのも納得できなくはなくなる……けれど、それでも平田の行動は……
 なぜ、琥珀のような店で働くようになったのか。どうして拉致されたのか……もし、本当に拉致されたとしてだが……そして、誰に……

 ズボと俺がお互い同時に口を開こうとした時、PSのドアが開いた。そして着替えの済んだ青山、渡辺を後に従え、石川、谷岡両氏が厳しい表情で現れた。

 俺は路地から歩み出た。そしてPSに向かった。まっすぐ彼らの方に。
 一瞬俺の肩に手を置いたズボも、すぐに無言で右隣に並んで歩いた。実は、どちらかというと俺は人の右側を歩くのが好きなのだが、そんなことにこだわるのは相手が女性の場合のみにしよう。こいつ相手に位置を云々しても仕方ない。どっちにいても暑苦しいのは同じだ。こいつとの時は位置よりも風向きの方が大事である。

 なんとなく、俺は今日の青山、渡辺の化粧は一昨日より薄めではないかと思い込んでいたのだが、全然そんな事はなかった。かえって濃いくらいだ。これは余りプレッシャーがかかっていないと取るべきか。いや、顔色を悟られないようにしていると言うべきだろう。
 誰に対してかが問題ではあるが……
作品名:Grass Street'90 MOTHERS 10-18 作家名:MINO