Grass Street'90 MOTHERS 10-18
おっしょはんは突然嬉しそうな顔になった。理由はわからない。が、格別知りたくもない。
「確かに有名な店なんやけど、『永田組』ってとこが完全に仕切ってて、素人が入れるような店とは違うらしい。」
「僕、そんな怖い店張ってたんですかー。」
大工が言った。偉い! また時間が稼げる。さすがハイライト。
「そしたら、あの怖い兄ちゃん達も、本もんの暴力団員やったんや。あー、こわ。」
「それよりも平田ですよ。」
ズボがまだ怒ったような声で言った。なんて気の利かない奴だ。まだ本題に戻すのは早い。俺はまだ何も考えていないのだ。
こいつは俺を困らせるためにのみ存在している気がする。間違いない。
「何で、誰によって連れていかれたか。」
「可能性は二つ、やと思う。」
リーダーが誇らしげに言った。
「その暴力団員が連れていったか、それとも、自分で隠れているのか。」
そりゃそうだろう。他に何があるのだ?
「あの二人が関わっていないってことはないでしょう。」
ズボが言った。
「その二つ目の場合でも、協力はしてますね。だから、石川屋側は昨日の夜、僕等からあいつらの名前を知ろうとしたんですよ。」
そうかもしれん。
「でも、琥珀で平田が働いてたということは、つまり石川屋と永田組はこれまで持ちつ持たれつのいい関係やったわけやろ。何でその永田組の組員が平田をさらうか、かくまうかするんやろう。」おっしょはんが言った。
もっともな疑問だ。
「さらわれたとしたら、それは、平田が、永田組に都合の悪いことを知ってしまったってことやろう。暴力団っていうのは、公にしてはヤバいことをいくつかかかえてるんやないか。」
……うーん……そっちの方に友達はいないし…
「でもリーダー、永田組やなくて、石川屋にとって、かもしれませんよ。」
ズボはFKに火をつけた。やっと起きる気になったらしい。
「……そうか……」
「それと、石川屋側は平田を捜している。けれどだからといって、あのチンピラ二人が行方を知ってるとは限らない。大工を追い掛けたのも、もしかしたらあいつら、つまり永田組も平田を捜しているのかもしれないですね。」
やはりこいつは今まで寝ていたらしい。なぜならさっきの台詞と矛盾が起きている。
俺って鋭い。
「平田ってどんな子やったんですか。」
大工が聞いて、皆一斉に俺を見た。ナイスタイミング!俺もやっと目が醒めた。そろそろ頭を働かせて喋ってもいいだろう。俺はズボと違って寡黙なのだ。常に意味のあることしか口にしない。もちろん、誰もが認めていることだが……
「わからんよ。会ったこともないしね。でも、石川女短へは推薦で入ってるから、それでみれば問題児ではなかったはずや、少なくとも高校時代はね。もし謹慎でもくらってたら推薦では行けてないわけやし。」
俺は言葉を切った。
「……でもね、やっぱりこっちには何もわかってない……」
そうだ! 思いついた!
「……何もわかってないけど、実は……手はある。」
「どんな?」リーダーが代表した。
「渡辺と、青山。」
「でも昨日の様子じゃ、警戒もされて、俺達が捕まえられそうもないぞ……え、あ、……そうや、そんなことない!」
やっとお前も起きたか、ズボ。
「うん、今日も二人はきっとPSにいる。永田側か石川側か、彼女等がどっちについて
いるかはわからんけど、どっち側であっても、実は石川屋にもそれしか手はない。」
俺には確信があった。なぜなら俺は夕方、学校で朝日新聞の夕刊を読んできたのだ。どこにも『男女四人組、金鯱の隣で水死体』というような記事はなかった。
「俺は、依頼人の川本に何か言えるくらいのことはしておきたい。このままじゃ、情けなさすぎる。」
「石川屋が、渡辺と青山を泳がすわけか。」
リーダーはここでやっとギターのストラップを肩から外した。いやーうれしい、ようやく落ち着いて話が出来る。まったく、いつ練習が再開されるか気が気じゃなかった。
「……そうやな、でももしそうなら、石川屋にマズいことがある可能性の方が高いな。」
「でも、リーダーとおっしょはんはここにいて下さい。」
ズボが言った。
「あいつが言ったんですけど、」
敬語を知らん奴だ。
「はっきりするまでは、商売柄、迷惑がかかるかもしれませんから。」
「そうですね、若いもん三人でやりましょう。」
大工は、見上げたもんだが既に自分のドブロをケ-スに置いて、麗しのハイライトに火付けた。
「若いもん?」
おっしょはんの目が光った。俺は関知しない。命が惜しい。
実はおっしょはんはリーダーとほんのわずかの差ではあるが最年長である。最近三十五歳を越えた彼はそれを割と気にしている。ライブ中に歳を聞いても教えてくれなくなった。俺がマイクを通して聞くからいかんのかもしれんが。加えて、ビールを一気に三~四ケース毎日のように運んでいるために彼はとんでもなく力がある。おっしょはんは修理のつもりで、結果としては破壊してしまったものが数知れずあるのだ……おっしょはんはさらに怖いことに壊れた方が悪いのだと本心から思い、笑顔でそれを口にする……今の不用意な発言は俺には何の責任もない。とは言え、大工が破壊 されるのはかわいそうだ。たとえそれがおっしょはん は修理のつもりであっても。ハイライトを吸うことでもあるし、救いの手を差し伸べてあげよう。
「大工も危険やから、ギャランで琥珀の近くに行って、俺とズボを待っててくれ。」
俺は何気なく立ち上がった。
「もしかしたら一宮まで行くことになるかも知れん。」
「まだ行くのは早いやろう。」
こんなことでごまかせるとはもちろん思ってはいなかったが、やはりリーダーは俺の思惑に目ざとく気付いた。俺がそして最も恐れていたことだがまずギターのストラップを無言で肩にかけた。それからいつものように穏やかな声で言った。
「あと一時間は練習できるな。」
どうにもならないほどの眠気が俺を襲った。だがリーダーのにこやかな笑顔は俺を眠りの縁からじっくりと引き擦り出す。
俺にとってはおっしょはんのパワーより何倍か怖い。
16
悩む。これで良かったのだろうか?
俺は2日前と同じように、PSのドアが見える路地に立っていた。黄色い文字盤のアヴェニューは俺の手首で零時30分少し前を指している。
考えてみれば、この時間に練習が終えられているという事実は奇跡に近い。何といっても練習中にきっちり38回よろけ続けた俺のおかげである。
命の危険でも見せない限りはあのリーダーが練習を午前1時前に切り上げることはないと言っていい。
作品名:Grass Street'90 MOTHERS 10-18 作家名:MINO