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Grass Street'90 MOTHERS 10-18

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 やはりバレていたのだ。昨夜のこともあるし、注意していたのだろう。もしかしたらズボのでかい身体がジェミニに全く合ってなくて、その異様さからバレたのかもしれない。
 「それも、わざわざ岐阜からついて来てもらって。」
 わ! ヤバい!

 「貴美ちゃん!」
 俺はとっさに大声を出した。
何というか、一瞬でわかってしまったのだがどう見ても向こうの方が役者が上なのだ。同じ土俵には立てない。こういう時は自分を限界まで下げるしかない。
 つまり、アホの真似だ。
 「貴美ちゃんを追って来たのに! ねえ!どこへ連れてったんです?」
 俺は相手がひるんだ隙に肘でそっとドアをロックした。
 「あんな仕事はやめてって、ずっと言ってたんだ。でも今日も……貴美ちゃんに会わせてよ!どこにいるの、ねえ!」
 チャンス! 窓にかかった指が外れかけている。俺はエンジンをかけながら左手でかなり強く相手の指を殴り、ギアを入れて急発進をした。

 ……ルームミラーに映る役者が上のおっちゃんは、俺を追おうともせず、右手を押さえてじっとこちらを見ていた。
 かえって不気味だ。ナンバーは覚えられただろうから、そのうち突き止めて来るだろうか。でもこっちの地元に来るということは多少こっちにも利があるかもしれない。無理かなあ……ま、その時はその時だ。うん。

 3つ目の角で1つ目の信号を右折すると、すぐ右側にKEEPSが見えた。仲間の所へ帰るというのはいいものだ……たとえそれがFKを吸う奴でも。たまには俺もあいつに優しい言葉の一つくらいかけてやってもいいかもしれない。

「早かったな。」
 向かいに座った俺に、ズボはタバコを取り出しながら言った。妙だ……FKじゃない……マイルドセブンスーパーライト!優しい言葉をかけようという気が根底から崩れていった。なんてタバコに節操の無い奴だ。何でもいいのなら吸わなければいい。
 「わりとヤバかった。」
 俺はテーブルからスーパーライトを手に取り、ラベルを見ただけですぐ無造作に元の位置に投げた。こんなかわいい抵抗では奴は自分の罪に気付かないかもしれないが、何もしないよりはいい。
 「尾行がバレてた。」
 ズボはスーパーライトに火をつけた。やはり何も反省していない。
今度は顔にぶつけよう。
 「あんな目立つ車じゃな。」
 「俺一人ならバレてないけど。」
 「え?」
 「お前とジェミニが余りにも似合わないから、その異様さでバレたんや。」
 「……」
 ズボは無言だった。実は自分でも気付いていたに違いない。たまにはこいつにも頭が回る時はあるらしい……女のこと以外で……
 「というわけだ。出よう。」
 俺は言って立ち上がった。
 「え?」
 「あんな役者が上のおっちゃんの近くに長くいたくない。早く家へ帰ろう。」
 「……誰か追い掛けてくるのか……そうか、大変やなあ。」
 と言ってズボはいつものようにゆっくりした動作でタバコをポケットに入れ、一般人の約3分の1のスピードで立ち上がった。

 もし俺があのおっちゃんに捕まるようなことがあれば、絶対にズボのせいである。こいつはあと一歩足を速く踏み出せば間にあうような場面でも急いだことがない。一緒に歩いていてもこいつだけがいつのまにか信号待ちをしてしまい、俺達は渡った先で待っているという弁舌尽くしがたくバカバカしい状況にいつも陥るのだ。

 少しでも時間を短縮しようと、俺はズボが金を払っている間に外に出て、ジェミニに乗り込み、エンジンをかけた。うーん、今日もかかりがいい!
 だが、やはりズボは遅すぎた。ライトをつけ、バックのギアを入れた瞬間に、重壮な音と共に黒い車がジェミニのすぐ後に横付けした。一目でわかる、よりも一耳でわかるあの音……ベンツ。
 俺はおとなしくギアをニュートラルに戻し、エンジンを切って外に出た。

 さて、ドアロックはどうするべきだろう。ここにジェミニを置いておかなければならなくなったとして、果たしてこのあたりは物騒だろうかと考えていると、目の前のスモークウィンドゥが音もなく下がり、わかるかわからないかくらい微笑んだ例の役者が上のおっちゃんの顔が現れた。
「やはりここでしたね。」
 おっちゃんは、礼儀正しく歯を見せないで声を出した。また俺の真似できないことをされてしまった。俺が考えるよりもこのおっちゃんの役者はずっと上かもしれない。
 「連れの人がいたみたいなんで、どこかで拾うと思ってましたよ。」
 やはりあのでかい身体は異様だったのだ。生意気に助手席になんか乗せないで、トランクに入れてくれば良かった…
…入らないかもしれないが……ゴルフバッグ何個分だろう。そのためにはVWジェッタを買うべきかもしれない。
 「貴美ちゃんに会わせてあげますよ。」
 おっちゃんはおもしろそうに言葉を続けた。
 「不思議なことに、向こうはあなたのように想っていてくれる男性がいることを知らないみたいですがね。」
 俺は黙っていた。というか何も気の利いた台詞が思い浮かばなかった。
 もう1回アホの真似はできないだろう。今度こそただでは済みそうにない。
 「連れの人は、あの人でしたっけね。」
 おっちゃんはKEEPSのドアの方を向いてにこやかに言った。振り返ると、ズボが出てきていた。ベンツと俺達に気付いたらしい、ドアのところで立ちつくしていた。鈍いあいつでも、事の大変さがやっとわかったようである。
 「……まあ、恥ずかしながら。」
 つい本心が出てしまう。この正直さで金持ちになれないのだ。
 「一緒に来てもらえますね。」
 俺はそれには答えずにズボに向かって手招きした。それから、期待をこめて言った。
 「ベンツに乗せてもらえるんですか。」
 「いや、さっきの岐阜からのようについてきて下さい。
……今度は門の中まで。」
 「飛ばさないで下さいね……
 ……あの、手は大丈夫ですか?」
 なんとなく、謝るなら今のうちのような気がした。
 おっちゃんは、自分の右手を見もせずに言った。
「何ともありませんよ。かなり手加減してくれたでしょう。」
 ……そんな覚えはない。俺は少し顔から血の気が引いた。やはり、この人とは何があっても喧嘩しないと心に決めねば。

 ズボがいつもにも増してゆっくりやって来た。珍しくタバコをくわえていない。賢明だ。このおっちゃんの前でカスタバコの仲間であるスーパーライトを吸おうなどという失礼はしない方が良い。命にかかわる。
 俺は車に乗るようズボを促した。トランクに乗せるのは今度の尾行からにしよう。今日はもうバレてしまったのだ。それに、入るかもわからない。
 ズボは無言で助手席に座った。それを確認してから、後のベンツは出発した。

 道路に出ても、ズボは何も言わず、前を走るベンツの横長テールランプを見つめていた。仕方ない。こいつにもわかるようしっかり順序立てて一から説明してやろう。
 「石川家に招待された。」
 ズボは黙ったままで、俺を見ようともしなかった。
 今回だけは俺も、失礼な奴だ、とは思えなかった。俺への怒りの表現として車内でスーパーライトを吸わないのが不思議なくらいだ。
 こいつも多少は人間ができてきたのかもしれない。
作品名:Grass Street'90 MOTHERS 10-18 作家名:MINO