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Grass Street'90 MOTHERS 10-18

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 「どうしたらいいかわからなかったの。」
 川本は語尾を強めた。それからフェンスにもたれて、声を上げて泣き始めた。

 まいった。俺が一番恐れていた展開だ。俺は珍しく自分でも認めるくらい、かなりの短気なのだ。相手が泣きながら遅々として話が進まないのは実は最も苦手とすることである。加えて、俺は、特に自分のしたことには何事も一応の報いがあるべきだと思ってる。隠れることもなしに、こうやって一言も怒らず、気を遣って話を聞くのなら、何のためにあの、自転車よりも遅い『蘭』なんかで来たのだ。声を優しくした途端に大声で泣き出すなんて、俺がどうしてこんな仕打ちを受けなければならないのだ…



11

 「だからってなんで俺が付き合わされるんだよ。」
 助手席のレカロシートに入りきらない身体をこちらに向けて、ズボは図々しくも文句を言った。
 「責任がある。」
 「何の?」

 その日、というかもう月曜日の午前1時19分。場所は俺のジェミニイルムシャー(赤)の運転席と助手席。ジェミニの位置は徹明町通を東へ向かって、神田町通の手前。三台前に噂の黒ベンツ。
昨日の今日でもあるし、西柳ヶ瀬は危険でうろつけないということと、目的がはっきりしたということで車で待っていた。ベンツ560SELという車の大きさから考えて、そんなに狭い路地も通らないだろうという予想から、西柳ヶ瀬の西端を南北に通っている道沿いの『スーパータイヨ-』の前で待っていたら見事に当たった。
 さすがだ、俺は。
 更に、通り過ぎたときに見ただけなので一瞬のことで俺にはわからなかったが、ベンツにはどうやら渡辺が乗っているらしいとズボが言った。
さすがだ、ズボは。スモークガラス越しでも若い女の子は見分けてしまう。褒めていいことなのかどうかは今度友子に聞いてみないといけないが。

 「夕方、川本は泣いてどうしようもなかったんや。あの扱いはお前にしかできんことやったのに、いなくて俺が辛い目を見た。」
 「何?」
 「泣く女はお前の専門やろう。」
 この台詞は実は正確ではない。『女を泣かす』のが専門である。けれどまあ、そこまでこいつを追い詰める必要もない。
 ズボはやはり俺の海ほど深い気遣いには全くコメントせず、黙ってFKを取り出した。
 「この車は禁煙。」
 「え?」
 「これ以上罪を重ねるな。俺の車や。」
 「俺は自分の車で行こうって言ったやないか。」
 ズボは見苦しくも、さっき終わった議論を持ち出した。
 「だいたい、尾行に何でこんな目立つ色の車を使うんや。」
 「お前の車?」
 俺は奴にしっかり話を聞かすため、BGMの『カーズ』を少し小さくした。
 「お前のタウンエース、夜中の名岐バイパスでベンツについて行けるか? それにお前のあの安全運転で。」

 ズボは、これはめったにない俺の気に入ってる所だが、車には絶対金をかけない。今話題に上っているタウンエースも、聞いたところでは15万円で手に入れた車である。そのかわりこいつはPA関係の機材になるといくらでも借金をする。世間の97%以上人々が全く理解できない音響関係の機械がこのいつの部屋にはゴロゴロしているのだ。整頓もされずに。

 「その川本って奴の話、今度こそ信用できるのか?」
 「わからん。」
 「おい。」
 「平田がいなくなって、見つけて欲しいって所は事実やと思う。」
 俺は、川本との辛い会話を思い出した。川本は泣きながら、平田からの電話の内容をたどたどしく話した。……『ヨシミチャン、タスケテ。ワタシ、カエレナクナッタノ。ケイサツト、ワタシノオヤニハイワナイデ。』……随分都合のいい話だとも思えるし、信じるなら、17才の川本がこれでパニックに陥ってしまったというのにも無理はない。

 ……けれど……

 「本当にそれだけなのか、わからん。この二人の『よしみ』の仲がどの程度のものかわからないし。それを調べるよりも、石川を追った方が早い……つまり、わからんからお前を呼んだんやな。」
 俺は常に謙虚な男だ。
 ズボは、ここでやっとFKをポケットに戻した。
 「……二人は、同じ名前だったのか。それで、どういうことや。」
 「へたにつつくと、事が一宮の繊維業界と柳ヶ瀬の飲み屋に関わる事だけに、リーダーとおっしょはんに仕事上の迷惑がかかるかもしれん。スケアクロウがほとんど金儲けのできないバンドだということも考えると、裏がはっきりするまで、あの二人は外しておこうと思う。」
 「大工は?」
 「あれはハイライトを吸うから、俺の車には乗せん。FKは吸うなと言っても何とも思わないが、ハイライトを吸うなと言うにはそれなりの覚悟が要る。余計なことに覚悟を使いたくない。」
 「……」
 車は路面電車の線路のある交差点を右折して国道22号に入った。いつもの通り圧倒的勝利のもとにズボとの会話を終えた俺は、気分良くカーステレオのヴォリュームを上げた。カーズのリックが歌っている。
 
 “Who’s gonna drive you home,tonight?”

 誰が平田を家に連れて帰ることができるのだろうか……
 ……今晩でなくてもいいが。というか、できれば今晩は遠慮したい。体力を残しておかなければならないのだ。なぜなら明日の月曜日は授業が4つと会議が1つ、放課後は補習と、それに例の危険な朝の校門指導がある日なのである。


12

 ジェミニのオレンジ色のデジタルが『1:52』を示していた。
俺は一人で車の中に座っていた。場所は一宮の郊外のどっか。どっかというのは別にふざけている訳じゃない。俺には車に乗ると破滅的な方向音痴になるというお茶目な欠点があるのだ。だから今も北がどっちとか、そういう些細なことは全くわからない。といっても俺のことだ、右も左もわからない所に駐まっているわけでもない。
 15メートルほど先には石川家の門がある。
もちろん、ジェミニの脇の塀も石川家のものである。やはり金持ちの家は大きい……俺のアパートは2DKだ。悪かったな。

 幸いなことにズボはここにはいない。7分ほど前、あの門の前でベンツを追い越してから、割と近くの通りにあった『KEEPS』という24時間営業の喫茶店に置いてきたのだ。もしかして気付かれているかもしれないという心配からである。1時間以上俺から連絡がなければ、ズボがなんらかの行動をするという打合せもしてある。ま、あまり期待してはいない。単なる気休めだ。それに、ここで別れるのはお互いにとって良いことである。ズボは心おきなくFKが吸えるし、俺はそれを見ないで済む。更に、一説には体重95キログラムというあいつが降りたおかげで、ジェミニの燃費も良くなるし、重量バランスも良くなってコーナリング性能が復活した。出てこいNSX、くやしかったら地下鉄走ってみろ。
 突然、誰かが後の右側の窓を叩いた。

 びっくりして振り向くと、すぐ横に眼鏡をかけた礼儀正しそうなおじさんが立っていた。40才半ば位。浅黒い骨ばった顔で、5センチ位開いていた運転席の窓にかかった指が妙に太く見えた。
 「失礼ですが。」
 口調に失礼なところは全く感じられない。
 「ここで何をしているんですか?」
作品名:Grass Street'90 MOTHERS 10-18 作家名:MINO