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Grass Street'90 MOTHERS 10-18

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 『靴箱の 次はゴミ箱 次はどこ』
 ……一句できてしまった。

 日曜日、午後4時19分。俺は学校の裏門にもたれていた4時半にここで川本と待合せしている。早めに来て川本がどんな表情で来るか見るつもりで、10分位前からここにいる。わざわざ、目に付かないように車でなくスクーターで来た。さらにそれをここから離れた所に置いた。
 なんでわざわざなのかと言うとこのスクーター、なかなかのスグレもので、どんなにアクセルを開けても45キロしか出ない、というスズキの『蘭』である。
この蘭のデビューコマーシャルは凄かった。元キャンディーズのランちゃんが出ていたのである。ここまで倒れるほど安易な発想を超えるものは俺の記憶ではまだない。このセンスでいくとイスズアスカ(CX)はチャゲ&飛鳥が、スバルの車は谷村新司がCMをやらなければならなくなる。どう見ても売れそうじゃない…誰がやっても売れる訳ない車だが…
…アスカなどはいつの間にかホンダアコードを売っているていたらくなのだから…その前は後ろに『CX』を付けただけでスバルレガシィを売っていた……更に悲しいことにこの事実はほとんど知られていない。

……というわけでどこかに隠れていようと思ったが、学校の裏門というのは回りに何にもないから裏門なのである。隠れる場所があるようなら正門に昇格している。でもここが正門になったら生徒は大変だろう。グラウンドをすっかり横切らないと校舎に行けない。
それより先生の方が大変だ。毎朝あの悪名高い校門遅刻指導がある。グラウンドを横切って門を閉めに来ないといけない。あ……明日、俺も当番だ。あーあ……

ところで、あの校門指導であるが、あれは例の神戸の事件の例を見るまでもなく、大変危険である。俺はこの学校に来て初めてあのバカバカしい仕事をしたのだが、その日、時間になってあの重い校門を閉める時、俺は人間としては当然の行動として、門の内側に立ち、自分の方に引くようにして校門を閉めた。
 ……その時、俺の足が少しだけレールにかかっていた。
 校門が何くわぬ顔でその上を通過した……俺は叫び声をあげることもできずに跳び上がってからその後うずくまり、しばらく立てなかった……右足の小指がとれたかと思った程痛かった……だから校門指導は危険である。
 ……特に教師に。

 しょうがないから門柱にもたれて、することがないので一句ひねってみたのである。本当は短歌にしようと思ったのだが、靴箱とゴミ箱の季語がわからなかったので俳句にしておいた。やはり文学に挑戦するからには中途半端ではいけないのだ。この二つの単語の季語については、明日国語の先生に聞こう。そうすれば短歌ができる。

 4時22分に、坂の下の方に女の子の姿が見えた。川本らしい。
 俺はどんな顔をして彼女を迎えようか。話の嘘について、怒って横目で睨むというのが一般的なのだが、事情も聞かずに怒るのも大人気ない。笑ってるような状況ではないし……そうだ、逆立ちしているというのも意表を付いていいかもしれない……女子高校生を学校の裏門で逆立ちして迎える26才……やめた。変質者だ。

 人生にはよくあることだが、そうやって悩んでいるうちに相手がやってきてしまった。
 今日の川本は当然のことながら私服である。茶色のシャツに細い茶色のベルトのブルージーンズ。淡いグリーンのソックスに茶色のスニーカー。なかなか良い。ちゃんとコーディネートしている。俺は自分がこの娘の歳の頃、どんな格好をしてたか思い出して恥ずかしくなってしまった。
 川本は俺の2メートルほど前で立ち止まり、うつむいた。
数10秒間、彼女はうつむき、俺は保護者のような目で彼女を見つめていた。
映画やTVドラマならこのままフェイドアウトしてもかまわない所だが、現実の世界ではそうはいかない。どんなに野暮でも、この後にも何かがなければならないのだ。てことは、俺が呼んだからには、声を出すのは俺からでないといけないだろう。

 「猫背だな、お前。」
 川本は口を歪めて顔を上げた。俺の予想通り、目は涙で濡れていた。予想が見事に当たった。けれど予想することとそれに対処することは全く別物である。実際に目の前で若い女の子に泣かれると、どうしていいのかわからなくなる。
この対処に手慣れているのは俺の知る限りズボしかいない。
 あいつはこういう役に立てる時に限っていないし。
 ……まあつまり、こうやって世の中は進んでいくのだ。たいていは男が負けながら…
 ……ズボを除き……

 「……先生……」
 困った。声まで泣いている。俺が悪いことをしたみたいな気になる。何かないだろうか。気の利いた言葉とか、歌とか、踊りとか。
 一つはっきりしているのは、少なくともブルーグラスでは全く何ともならないだろう。あれは心身共に健康な状態で楽しむ音楽である。

 「……ごめんなさい……でも……」
 川本は何度か下唇を噛みながらやっと後を続けた。
 「……よっちゃんを……よっちゃんを助けて欲しかったの。」
 「よっちゃん……?……平田芳美か……」
 俺は門にもたれたまま、まだ噛みしめている川本の下唇を見て聞いた。
 「いつからいなくなった?」
 「先生に話をした日の、3日前、日曜日。」
 「いつから『琥珀』で働いてた?」
 「……よっちゃん、わたし、ずーっと一緒だったの。家も近いし、幼稚園から高校も同じだし、部活もテニスだったし、」
 川本は顔を上げて、意外にしっかりした声で話を始めた。
 それに、見事に俺の質問には答えていない。きっと、俺が電話してから練習したのだろう。
もしかしたら、一週間前から台本を作って練習していたのかもしれない。
 「よっちゃん、あそこの短大に入って、夏休みが過ぎたくらいから何か変だった。急に濃い化粧をするようになったし、服もかわいくなくなったし、聞いても、いいバイトを見つけたって事しか言わなかったけど。」
 「一年以上やってたってことやな。」
 台本通り話させるのもくやしい。リズムを崩すために質問を入れてみた。
 「……うん……」
 川本は一度目を落としてから、また顔を上げて話を続けた。リズムは全く狂っていない。
 「それでも、よっちゃんが一回生の時は、まだ時々買物に連れてってもらったりしてたの。今年のゴールデンウイークぐらいまで。でも、その後くらいから、よっちゃん、あんまり家に帰らなくなって、私とも会わなくなって……そして、先週の日曜日の夜に、私見たの。」
 川本は言葉を区切った。
俺の質問を待っているのだろうが、そこまで仕切られてはかなわない。俺は黙っていた。
 「……よっちゃん、家の前で、黒い外車に乗せられて……」
 「黒い外車?……ベンツ?……」
 思わず口に出してから、俺は一歩川本に近づいて門の脇のフェンスにもたれた。
 「俺に嘘ついて探ってもらうほどの様子やったのか?」
 川本は俺の手が届くか届かないかくらいの位置に右手を置いた。うまい。
 「電話が、かかってきたの……火曜日の、夜、11時頃……」
 「平田から、か……」
 もういい、機嫌が悪いのはここまでにしよう。声を少し優しくして、話を進めることにした。
 「……助けてくれって……か」
作品名:Grass Street'90 MOTHERS 10-18 作家名:MINO