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Grass Street1990 MOTHERS 1-9

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 そして、どんな会話がされていたかも聞けなかった。印象に残った台詞が1つもないのだ。これはすごい。店の高級さと会話の意味は反比例の関係にあるのかもしれない。それが証拠に、ズボと俺が居酒屋『たぬき』でした会話にはあふれんばかりの意味があった。意味がありすぎて彼女に聞かれたらはっきりと危険ですらあった。
 それにしても、いきなり大将にぶつかってしまうとは。さすがだなあ。やっぱりスケアクロウの中心は俺だ。確実にいいところにいる。これから全てを取り仕切る資格は十分だ。
 ま、言うまでもないが。
次の路地に入って様子をうかがうと、ベンツが見えなくなると同時に、ドアのライトが消えた。女の子の着替えにどれくらいかかるかわからないが、電話する暇はもちろんあるだろう。もう少し早い時間ならたぬきで一杯やる時間もあるかもしれない。

 女性の着替えというのはそれくらい長いものなのだ。体育の後の、女子の着替えに割り当てられたクラスの授業は絶対に40分以上できないという事実がそれを物語っている。言うまでもなく、本当は50分なのに…
 ……男子生徒と共に、廊下で、女子が「入ってもいいよー。」と言うまで待っている教師たる自分の姿にはどうしても承服できかねる。

 だいたい更衣室の無い高校を平気な顔で作る岐阜県というところは、一体どうなっているのだ?




 「お前、見張りはどうしたんや。」

 さっきジャムパンしかなかったコンビニエンスストアの公衆電話の脇で、性懲りもなくFKを、吸ってもおらずただふかしているだけのズボに向かって俺は言った。
 「やってなかった。」
 ズボは眠そうな目で俺を見た。
 「電気もついてなくて、しばらく待ったけど誰もいないみたいやった。」
 やっぱりな。こいつは生れながらの脇役だ。張り込み先が留守なんてことは主役には絶対にない。
 「電話したか?」
 「ああ、大工も、まだ店の女の子たちは見てないらしい。あっちは、店はもう開いてないけど、人はいるみたいなんで待ってみるそうや。」
 さすが大工! というよりハイライト! 情けない脇役にならずに済んだ。アメリカ映画で言うと、ズボがすぐ死ぬエキストラで、大工は、主役にはなれないけど主役の良い理解者という、よく黒人がやる役だ。
 「お前はどうやった?」

 遂にこの時が来た! こいつも俺の成果を聞けばFKをやめてロングピースを吸うようになるかもしれない。そこまでは無理でもマイルドセブンのフィルターを外して吸うくらいするかもしれない。そうしたらズボにも『トレースシリーズ』に出てくるガウチョの役くらいやってもいい。
「PSには学長がいたよ。」

 俺は称賛と懺悔の言葉を聞くためにしばらく待った……奴は濁った目でFKをふかした……何て奴だ! これだけの事実を突き付けられてもまだFKが吸えるとは! FKは体に悪いだけじゃない。頭にも悪い。吸ってると感動が無くなるのだ。当たり前のことだ。毎日味のないタバコを吸ってれば感動が生まれるはずがない。
 「それで?」
 もういい。こいつには何を言っても無駄なのだ。FKを吸う限り。
 「電話する。」
 俺は受話器を取って事務所に電話をかけた。リーダーなら俺の素晴らしさが理解できるかも……だめだ。リーダーもFKだ。
 予想通り、3回の呼出し音の後リーダーの夜中を感じさせない声がした。リーダーはいつもたとえ自分が電話の目の前にいても呼出し音を3回鳴らしてから受話器を取る。一生のうちでこれによってロスされる時間は相当なものだと思うのだが、リーダーはかたくなにこうしている。かたくなに対してもリーダーはスペシャリストなのだ。

 「どうやった?」
 「PSには学長がいました。」
 「ほんとか?」
 「これからズボと一緒に、女の子達が帰るところを張ります。」
 横目で見たズボは不服そうな顔をしていた。構うものか。せめてこのくらいの役に立たないでどうする。
 「じゃあ、2時半にまた電話くれ。」
 ……うーん、またしっかり仕切られてしまっている。手強い奴だ。FKを吸う割には。

 電話を切って振り返ると、ズボはFKを 靴の裏でつぶしているところだった。全くマナーの悪い奴だ。俺ならそのまま溝に捨てる。
 「行くぞ、ガウチョ。」
 「え?」
 ズボはバイ菌を見るような目で俺を見た。えらい。ガウチョのキャラクタ-をしっかりつかんでいる。奴には生れながらガウチョの素養があるのかもしれない。
 ガウチョ……じゃない……ズボは足を引きずるようにして俺の後についてきた。ズボの名誉のために言っておくが、実はこいつでも役に立つ仕事はあるのである。
『女がらみ』である。
女性関係のことでは俺はズボに全く及ばない。だからズボには、若い女性の顔を見分けるくらいは簡単なのである。逆に言うと、そのくらいできなければこいつの存在意義は無い。俺がズボをPSに連れていくのは、哀れな脇役が蚊ほどでも役に立つようにとの配慮からである。さすがに俺は主役だ。人間ができている。それにしても、こいつのために俺がしてやったことは今まで星の数ほどあるのだが、未だに礼の言葉一つ聞いていないのはなぜだろうか。
 次の角を曲がればPSというところまで、ズボは何も言わなかった。俺も、礼の言葉を待っていたので何も言わなかった。
 このままこいつと言葉を交わすことなく暮らしていけたらどんなに幸せだろう……死が二人を別つまで、ルース・レンデル……とか考えているうちに、ズボがやっと声を出した。
 「おい。」

 おい、なんて礼の言葉はない。日本語の乱れを注意しようと思って振り返ると、ズボは前方を指差している。見ると、その先には、どういうわけか血相変えてこっちに走ってくる大工の姿があった。大工は俺達の姿を見ると人差指を唇に当てながら、前に駐まっていたグレイのレガシィの陰に入り込んで腹ばいになった。
 一拍置いて、大工の小さな声がした。
 「後を向いててください。」
 何が起こったのかさっぱりわからなかったが、ハイライトを吸う大工の言うことだ。聞いてやってもいいだろう。俺達は自分達の来た方向を向いた。
 ……なんかばかばかしい。暇つぶしをしてみよう。声に出さずに、数を数えてみた。
 「3、2、1……」
 すごい。ちょうど0のところで背中に足音が聞こえた。
 そちらを向くと、大工と同じように角を曲がって二人の男が走ってきた。いかにも、というパンチパーマ。75%の色のついた小さい眼鏡。ノータイの薄い色のスーツに夜中でも輝きのわかるとがった革靴……
 俺は感動した。よくこの格好で人を追っ掛けようという気になったもんだ。このスタイルでは大工は元より、ここ数年走っている姿を見かけたことのないズボにも追い着けるはずがない。
 「おい。」
 紫色の眼鏡の方が言った。俺はできればこういうセンスの人とは会話を楽しみたくないのだが、手前にいたからだろう。話しかけられてしまった。もしかして、無駄に背の高いズボと話をするのは首が疲れるからかもしれない。
 「ピンクのトレ-ナ-の男、どっちへ行った?」
 「はあ?」
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 1-9 作家名:MINO