Grass Street1990 MOTHERS 1-9
ここで正直に大工の居場所を教えるのも楽しいかもしれないとは思ったが、ハイライトを吸う奴のことでもあるし、庇ってやろう。
もしFKなら教えてるところだ。
「あっちやけど。」
俺は自分達の来た、メインロードの方を指差した。
2人は礼も言わずに走っていった。やはり世の中はすさんでいる。
大工が汚れたピンクのトレーナーの前を叩きながら出てきた。
「すいません、ミノさん、ズボさん。」
「なんや、今のは。」
「リ-ダ-に電話してから、また店の近くに戻って、写真のコピーを見ながら待ってたんですよ。そしたら店の裏からいきなりあいつらが来て、コピーをひったくって、なんでこの女を捜しとるんじゃーって言って追っ掛けて来たんですよ。」
「どの女や?」
俺の記憶では実に3年ぶりにズボがしたいい質問である。
女が絡むとこいつは妙に冴える。そういえば3年前の質問は……友子には言えないがあれも女がらみだった。
大工は意味ありげに俺達を見た。
「……平田です……」
9
さっき見張っていた場所に、俺は今度はズボと一緒に立っていた。状況はさっきより悪い。暗いし汚いしなんか臭いに加えてFKを吸うズボがいる。何が腹が立つってこいつには腹が立つ。なぜかというとこいつはどんなに寒くても汗がかけるのである。大して働きもない奴が一人前に汗だくになっていると踏みつぶしたくなる。が、足が届かないのでさらに腹が立つ。
大工はもう北中部放送に帰してあった。またさっきのハイセンスな奴等が来てはかなわない。大工を定時連絡の代わりということにして、ズボと俺はもうしばらくPSを張ることにした。青山か渡辺がいれば、平田のことをぶつけるつもりでいる。さっきのような奴等が現れたということは、できるだけ早く聞けることを聞いて帰った方がいい……そうだ、もうしばらく張るということは、リーダーとおっしょはんはまだ事務所で楽器を弾くということだ……かわいそうな大工、きっとあの『エンドレス・ジャムセッション』に巻き込まれるに違いない。
さっきの奴等に捕まった方がまだ幸せだったかもしれない。
「おい。」
大工の行く末を案じて涙を流さんばかりに心配している俺に向かって、ズボが気遣いもなく言った。それもまた、よりによっておい。そんな敬語はない。いつものように注意してやろう。
「あのな……」
「出てきたぞ。」
ホントだ。例の新幹線防音壁候補であるPSのドアが開いていた。女が絡むとさすがに鋭い。きっと天性のものだろう。そして、二人の女が出てきていた。背の高い方がロングのストレートで黒っぽいパンツ。低い方がやや短めのソヴァ-ジュにワインレッド(赤かもしれない)のタイトスカート。
「大当たりだな。」
ズボが訳のわからないことを言った。
どうせしょうもないことに気付いたのだ。聞いてやることもない。
けれど図々しくも奴は俺の許可もなしに言葉を続けた。
「青山と、渡辺だ。」
何?どうやってこいつにはわかるのだ。俺はポケットからコピーを出して見た……まあ、なんとなくそんな気がしないことはない。でも俺にはその程度だ。ズボは一瞬で断定してしまった……
……人間には何か1つくらい取り柄があるものだ……
2人は俺達に背を向けて歩き始めた。次の角を左に-平和通の方に-曲がってから俺達も後についた。あっちへ行くということはタクシーでも拾って帰るんだろう。それともこの時間から飲みに行ったりするのだろうか。最近は店を終えたホステス向けに朝までやってるホストクラブがあるそうだが。そんな所へ入るのだけはお断りだ。俺は圧倒的にというよりも完膚なきまでに絶対に女性の方が好きだ。そんな所へ入るようなら……その先はズボに任せよう。奴ならきっとどちらにもついていける。
どことなく疲れたような足取りで、二人の女の子は灯かりのまばらな道を西へ歩いていた。俺達は15~20メートルほどの距離を保ってついていた。
西洋式に言えばあと3ブロックで平和通に出る角で、2人は手を振って別れ、背の低い方、ズボによると渡辺、が左に、メインロードの方へ曲がった。
チャンス! 一人の方が反応がわかりやすい。俺は自分を指差しながらズボにうなずくと、少し足を速めてその角を曲がった。
……ほんの数メートル前に目指す娘がいる。もしズボの言う通りあれが渡辺なら、この判断は大工に感謝されるだろう。大工は自分の好みの渡辺が、FKなどという絶滅すべきタバコを吸ってるズボに声をかけられるより、週に一度しかタバコを吸わないが吸うのはキャメルかホープかロングピースという趣味の良い俺といい仲になるのを選ぶに違いない。
メインロードに出る前に話がしたい。俺はすぐに追い着いて声をかけた。
「渡辺さん。」
一瞬、叫び声をあげるのではないかと思うくらいに身体を震わせてから、その娘はゆっくり振り返った。
「……はい。」
「渡辺、貴美さんですか?」
なるほど、近くで見ると俺にも写真の娘だとわかる。営業中よりは薄い化粧だが、一般的に見れば濃い。18~19でこんなに塗ることもないのに。かえってみっともない。女性は22~23歳が勝負なのだ。10代でこんなに着飾るのは、オープン戦で勝ちまくって喜んでいる阪神のようなものである。
「ちょっと尋ねたいことがあるんですけど。」
「……あ……あの」質問されるのはヤバい。間髪入れずに聞こう。
「平田芳美さんって知ってますね。」
俺は生まれて初めて人間が青ざめてゆく過程を観察できた。それも濃い化粧を通してわかるほど。
「あ、あの、わたし……」
渡辺は突然早口になった。
「ちょっと連絡したいんですけど、つかまらないんですよ。」
渡辺は数秒間下唇を噛んで俺を見つめ、急に背を向けて走り出した。
追い掛けようと思った俺は、彼女が向かう先を見て足が止まった。
……琥珀!!
何たる不覚!俺としたことが。
渡辺が琥珀のドアにたどり着くと同時に、俺は来た道を走って逃げた。あのハイセンスな奴等に追い着かれる訳はないと思ったが、真砂町通に出るまで、合計8回角を曲がった。
言い訳ではないが臆病であるということは成功の秘訣である。
それに奴等だって先程大工に逃げられた反省からスニーカーに履き代えているかもしれない。
……でも、それもエナメルのピカピカのやつだろう……
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 1-9 作家名:MINO