Grass Street1990 MOTHERS 1-9
「でも、困りましたねえ。」
大工が安堵感を確認した後で言った。
「そうやなあ。」とリーダー。
「きっと、座っただけで2~3万取られる店なんでしょ。調べようがないですよ。」
「……うーん、店を直接ってわけにはいかんだろうなあ……困ったなあ……」
リーダーはいつも嬉しそうに困る。典型的な日本人だ。
「僕も会社の線でもっと調べるし、おっしょはんにはこの3軒をさらに詳しく調べてもらいたいし……ミノは?」
「……えーと、」
なんか久しぶりに声を出すような気がする。
「ちょっと気になることがあって……まずリーダーには、石川女短の家政科を卒業して、石川屋に入ってる女の子達のことを調べて欲しいです。」
俺はマンドリンのケースをあけて、石川女短のパンフレットを出した。
「この、卒業後の進路ってとこなんですけど、昨年のこの短大の卒業生246名中、28名が石川屋に入ってるんです。これがどうも気になるんですよ。」
「いいよ、評判とかやね。」
「それと仕事の部所も。」
次に俺は、ヨーグリーナの空ビンをいつまでも手にしているおっしょはんを見た。
「それからおっしょはんは、この3軒、暴力団が関わっていないか、もしかしたら同じ暴力団やないかっていうのを……」
「そんな危険なことなの?」
おっしょはんが大きな目を更に大きく開けて尋ねた。けれど期待に満ちた目でもあった。
「でも、大抵そういうもんでしょう。そんな店は。」
大工が口を出した。いいフォローだ。さすがハイライトを吸う奴は違う。
「それから残りの3人は、練習の後に、さっきリーダーが言った3軒を、1軒に1人づつ張ろう。」
俺は鞄の中から、2冊の卒業アルバムを取りだした。もちろんウチの高校の。去年とその前のものである。
「この中にある、3人の女の子の写真をコピーする。それを持って、その3軒から閉店後にこの内の誰かが出てこないか、見張っててほしいんや。」
かっこいいなあ、俺は。最後に仕切ってしまった。みんなさぞかし感動しているだろう。
「それじゃあ、」
リーダーが口を開いた。俺を絶賛するに違いない。
「そういう店は1時や2時までやるだろうから、いつもと同じくらい練習できるな。」
誰かこの男をなんとかしてくれ-。
6
午前零時45分、ズボ、大工、俺の3人は、西柳ヶ瀬の西端にある岐山会館の裏を歩いていた。
あと40~50分は練習をやりたそうだったリーダーをやっとのことで説き伏せて零時過ぎに練習を終え、30分ほど打合せをしてからでかけたのだ。
リーダーとおっしょはんは2時まで事務所で待っていてくれることになった。彼らはおそらく、その時間まで休むことなく楽器を弾いているだろう……恐ろしいことだ……
とにかく、何かあったら事務所に電話を入れる。何もなくても、1時半と2時に定時連絡を入れるということになっている。こういう細かい段取りはリーダーとズボの独壇場である……怪しい……
……そんなことより、原案を出したにもかかわらず最後のところの段取りで仕切られてしまう俺はかわいそうな男だ。もっと評価されてもいいと思うのだが……能力がありすぎるのも困りものだ……でもまあ、何と言っても評価というのはする側がされる側より優れているか、少なくとも近いレベルでないとできないものなのだから、奴等に俺の評価ができなくても無理はない。
「お前、この女の子達がいるっていう確証があるのか。」
ズボが言って、FKを取り出した。
……さっき打合せの時に俺からタバコをもらっておきながら、俺が渡した栄光のキャメル(フィルター)を一口吸って「臭い。」とぬかしやがった。
人の吸ってるタバコをけなすなんて最低の人間である。
だからFKなんか吸っているのだ。
「あんまり……誰かは居ると思うけど、今日だけ休みってこともあるしな。」
「僕はこの子がいいな。」
突然、大工がコピーを見ながら言った。俺は自分より能天気な奴を5年ぶりに見た……
……5年前に俺の知っていたその能天気男は、名前をKというのだが、俺と同じ大学の法学部(俺は文学部)を卒業し、就職せずに司法試験の勉強をしているはずだった。がどこで人生を間違えたのか、卒業して間もないあの夏、たいした理由も無い徹夜明けの朝、京都から名古屋の友人宅に向かう新幹線ひかり号の中で寝てしまって東京に到着し、すぐに引き返せば良かったものを金を惜しんで夜遅くに出る大垣行の普通列車に乗ることに決め、時間つぶしのために山手線に乗っている時に置き引きに遭い、全財産と着替え等の入った鞄を失って数日間、日比谷公園でゴロゴロしているところを変なおじさんに声をかけられ、暇なら土木作業のバイトをしないか、日給1万円だという誘いに乗り、連れていかれたのが群馬県と長野県の境のどこかの山のてっぺんで、1日1万円の仕事だと思っていたらそこが噂に聞く『タコ部屋』という所で、日当は一万円付くが食事が1食2千円、寝るのにふとんを使うと使用料2千円、毎晩酒が出されたので喜んで飲んでいるとそれで1回何千円、と、つまりはほとんど一銭にもならず、ヤクザの監視の元コキ使われ、このままでは殺されると思い約1ヶ月後、ヤクザのスキを見て作業着のまま夜の山を駆け降り、国道に出たところで親切なトラックの運ちゃんに拾われ、松本まで乗せてもらい、そこから国道19号線を岐阜に向かってヒッチハイクのつもりで歩きだしたのだがそんな汚い男を今度は誰も拾ってくれず、昼間に歩き、夜はバス停で眠り、そこらになっている柿や道端のお地蔵さんのお供えもの(!)を食べながら10日かかって、どこから見てもホームレスの様相を呈しながら岐阜県にたどりつき、恵那市を通り過ぎたJR(まだ国鉄だったか)中央線武並駅で万策尽き果て、体力の限界も感じて駅舎のベンチに座っていたら偶然足元に20円落ちていて、それを拾ったところで、当時新任教員として恵那に住んでいた俺のことを思い出して電話をかけようと、まず最初の10円でよく確かめもせずに全然関係のない高校にかけてそんな人いませんと言って切られ、後残りは10円、生命のかかった10円を握ったところで、社会人になって半年も立てば俺はもう電話くらい引いているだろうと思いつき、NTT(まだ電々公社だったかもしれん)経由で番号を調べ、なんとその2週間前に電話を引いたばかりの俺がちょうどアパートについた5分後につながって命が助かり、それは土曜日だったのでウチに2泊して、俺のいらない服と1万円を貸して、とりあえず各務原市の実家に帰るというので月曜日の朝、通勤途中に恵那駅で別れて……
……そのまま現在も行方がわからなくなっている……
……大工にはそんな男になって欲しくない。心を鬼にして注意しよう。
「誰や。」
「この、渡辺って子。」
俺達がやろうとしているのは、ウチの高校からこの2年に石川女短の家政科へ進んだ3人の女の子が、例のどれかの店にいないか、ということである。名前はまず2回生が1人、平田芳美。それから1回生が2人、青山美知子と、大工のお気に入りとなった、渡辺貴美。おそらくは全員未成年である。
「俺はこっちの、平田さんの方がいいなあ。」
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 1-9 作家名:MINO