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Grass Street1990 MOTHERS 1-9

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 いかんなー、だんだん言葉が丁寧になってきた。このシチュエーションがよくない……焼却炉と女子高校生……自分を忘れてしまいそうだ。このままでは、あと3分もしたら、敬語を使ってしまう。注意しないと。
 「……こんなふう……家政科は学長のお気に入りの科で、推薦なんかはかなり写真や面接で好みの子を入れてて、なんか夏休み過ぎになるとすごく派手になったり、お金を持ったりする子が家政科に多く出てくる。どうしてかって言うと西柳ヶ瀬のスナックで働くようになるらしい、って。」
 「そうですか。」
 わ、やってしまった。デスマス調だ。こんなに早く出るとは……いかん、深呼吸をしよう。落ち着くんだ。
 俺がラジオ体操第一風の深呼吸を3回する間、川本は少し怒った目をして俺をにらんでいた。仕方ない。生徒に敬語を使うよりは、怒ってもらう方がましだ。
「……それで、」
 石川屋の社長が手を出す前か後かを聞こうと思ったが、これは例の教育的配慮に欠けると思ったので、とっさに違う質問を思いついた。さすがだ。また自分の美点を発見してしまった。
 「その短大の推薦の締め切りはいつだったっけ。」
 「学校に出すのは、10月3日。」
 「あと……3週間弱か。」
 計算も速い。英語だけではなくて、数学も教えられるかもしれな……やめた。無理だ。この間、logの計算ができなかった。俺がついていけるのは因数分解までである。
 「それと、どうする? もし、噂が事実ってわかったら。」

川本は、なぜそんな事を聞かれたのかわからない、という顔をした。商売柄、俺はこういう顔には慣れている。何も考えていなかったのだ。高校生と一端こうなってしまったら、その話題についてお互いの意見ががかみあうまで少なく見積もって50分はかかる…

そして授業が終わるのだ。

 「……いいや。それじゃあ、期限は期末テストの最終日でいいな。28日だったな。」
 優しいなあ、俺は。
 「……うん、あのね……」
 川本はうつむいた。 誰に教えてもらったわけでもないだろうに、自分がかわいく見える角度をしっかりつかんでいる。たいしたものだ。
 「……先生、危険なことしないでね。」
 「大丈夫。今まで……もうすぐ27になるけど……」
 もちろんこれは誕生日のプレゼントをもらうための布石である。日付までは教えないところがまた見事なところだ。
 「ちゃんと生きてこれたから。」

 川本は、男にとっては一番わかりにくい、曖昧な笑顔を見せて帰っていった。
 どうも釈然としない。俺はしばらく黒こげになった空き缶の山をを見つめて考えた。俺の考えすぎだろうか。

……どうしてあいつはこの調査が危険だと思うのだろう……

 大切なことを、まだ何か隠している気がする。
 けれど、それを川本の口から聞きだすことはできないだろう。ゴミ焼き場の横で話して聞けなかったのだ。校長室の前で聞いたって話すわけがない。
ここよりよほど包容力は劣るのだから。
 ……あ、そうだ、もっと大事なことがあった。あいつ、俺の誕生日のことはしっかり頭に入っただろうか……不安だ。やっぱり、日付と曜日、それから当日の俺の日程まで教えておけば良かった…
…このあたりが、ソツなくひっかけるズボとの差かなあ……




「かえって、同業者というのは調べにくいな。」

 リーダーの話はいきなり言い訳で始まった。
 けれど油断してはいけない。こういう時に限って成果があった可能性が高いのだ。リーダーとはそういう男である。
 「でも有名な男だし、一応、これから動けるだけのことはわかったと思うよ。」
 やっぱり! 

 土曜日の午後9時5分過ぎ、メンバーが全員揃ったところで打合せが開始された。最後に来たのはいつものように新入りのはずの大工である。ハイライトを吸う男でなければ許されないところだ。これだけでもこいつがハイライトを吸う価値がある。
 さて、それぞれの前には隣の遠山酒店でめいめいに買った飲物が置いてある。おっしょはん以外は皆ビールである。リーダーが『一番搾り』、大工が『スーパードライ』、ズボが『モルツ』、そして俺が『クアーズ』。実に統制がとれている。同じビールを飲むことがめったにない。いいバンドだ。その中でもおっしょはんが特に素晴らしい。『ヨーグリーナ』のストロベリーである。おっしょはんは酒屋のくせに、酒を余り飲まない。最初のうちは隣の酒屋を儲けさせたくないからだと思っていたが、どうもそうではないらしい……もしかして酒というのは俺達が思っているよりさらにとんでもなく身体に悪いもので、酒屋はそれに気付いているけど黙って売っているのかも知れない。

 「僕も酒を入れてるスナックに何軒か聞いたけど、」
 そのおっしょはんが言った。ヨーグリーナのストロベリーはもうなくなっていた。おっしょはんはいつもこの後、練習の終わり頃にヨーグリーナの今度はプレーンを飲む。考えてみるとこれは怪しい。ここにも酒屋にしか知らされていない何か秘密があるのかも知れない。
 世の中は全く油断がならない。
 「かなり柳ヶ瀬でも有名だったよ。特に西の方でね。」

 岐阜の柳ヶ瀬という繁華街は間の平和通(金華橋通)という大通りで東と西に分けられている。東柳ヶ瀬には若者向けの店が多く、西柳ヶ瀬はややガラの悪い歓楽街である。
……しかし『平和通』とはなんたるふざけた名前だろう。最近、反戦・平和運動が世間でマトモに受け入れられなくなった背景には、こういうふざけた命名による言葉の陳腐化があるのだ。
 「ほとんど毎晩出てるんじゃないかな。」
 リーダーは俺が気付かぬうちにFKに火をつけて話していた。気付けば、止められたかも知れない。くやしい。
 「西柳ヶ瀬ばかりらしいよ。中でも特によく行くところを3つ聞いてきた。」
 「どうやって聞いたんですか。」
 ズボが尋ねた。俺も疑問に思う。
 「ああ、それか、」
 リーダーは心底嬉しそうな顔になった。そんなに聞いて欲しかったのか…
 「石川屋と、ウチの会社の両方に仕入れてる業者がいてね、世間話で聞き出した。」
 この男のことだから相手も驚くくらいソツ無く聞いたに違いない。

 「……それで昨日曽我君から電話をもらってその3軒を調べてみたんやけど、」
 少し間を置いておっしょはんが言った。
 「えらい高くて、女の子もきれいっていう店やった。」
 リーダーが嬉しそうな顔のままあとを続けた。
 「まず、マハラジャの近くでメインロードの対面を少し入ったところにある『琥珀』、元コマ劇場跡の近くの『ジーザス』、それからそのすぐそばの路地を入ったところの『PS』。」
 当然のことながら、しがない地方公務員(それも、教師の給料の安さでは底辺を争う岐阜県の)である俺は一軒も知らない。だいたい女の子の出てくる店で飲んだ記憶がほとんどないのだ。
 「琥珀、は有名やなあ。」
 ズボが言った。
 全員、嫉妬に狂った目で奴を見た。自営業は破滅したらいい。
 「いや、俺は行ったことないよ、」
 ズボは焦って手を振った。
 「オヤジがね、接待で一度行ったことがあるって言ってた。」
 何とも言えぬ安堵感が事務所に満ちた。これでスケアクロウは解散しなくてすむ。
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 1-9 作家名:MINO