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Grass Street1990 MOTHERS 1-9

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 これは決していかがわしい意味の会話ではない。実は俺達への報酬は、スケアクロウのファンクラブである『Grass Cahoots (グラスカフーツ)』に入会することなのである。もちろんできるかぎり家族や友人も引き連れて。その入会金や年会費が収入となるし、まかり間違って本当にファンになる奴が出ないとも限らない。今までの例を見ると、本当に万が一の話なのだが……
 ともあれ、今回は30人、3年、だから割といい仕事である。加えて、ただの30人ではない。若い女性30人!
 思った通り、全員満足そうな表情だ。

 「妥当やね。」
 リーダーが言った。リーダーが妥当と言えばこれは誰が何と言おうと妥当である。彼は妥当のスペシャリストなのだ。
以前、リーダーの知り合いの仕事で、報酬が、『入会1人で最低七十年』というすさまじいものがあったのだが、リーダーはそれを妥当と言って請け負ってしまった。おかげで俺は96歳までフラットマンドリンを弾いていなければならない……
 ……待てよ、俺が96歳ということはリーダーは103歳になるということだ。請け負ってしまったということはリーダー、そこまで図々しく生きる気なのだろうか……
 でもなんとなくできそうな気がするから怖い。

「一宮、ですか。」
 大工が言って全員リーダーの方を見た。
「うん、僕の勤めてる会社の近くやね。」
 リーダーが実に嬉しそうに言った。俺は感心してみとれた。『破顔』という言葉がこれほど似合う30路の男も珍しい。
 「それに、その石川女子短期大学っていうと、同じ繊維業界の、石川屋の社長が学長をやってるとこだよ。派手な男だという噂は聞くけどね。」
 「それじゃあ、リーダー中心ですね。」
 ズボが言った。どうも間が良すぎる。しつこいようだが怪しい。
 「そうやな、まず、僕でできることを調べてみるし、それで、今度の土曜日の練習の時に段取りを決めよう。おそらく柳ヶ瀬にその社長の行き着けの飲み屋も、もちろん問題のスナックもあるからおっしょはんには動いてもらわないといけないし、ミノは学校については調べてもらうし……」
 あとの2人は役に立たないとは言わなかった。
この2人、自営業だけに平日の昼間に時間が取れやすい。
 それ以外の取り柄はまだ見たことがない。

 「……それじゃあ、練習しようか。」

 ……う-ん、まだ2時間以上も練習時間がある。恐るべきまとめの速さ……
 ……次に仕事の話があったら、わざと遅刻して来よう。




 次の日、午後6時24分。俺は校舎の脇にある焼却炉の近くで川本を待っていた。

 不覚にも、昨日大事なことをいくつか聞き忘れたのだ。情けない。きっと臭い靴箱のせいに違いない。だから今日は待ち合わせ場所をあそこから遠く離れたゴミ焼き場の近くにした。
 考えてみると、ここはなんだか落ち着く場所である。校長室や事務室、職員室なんかよりもずっとお世話になっている。さらにそれを偉ぶったりもせず、堂々とうす汚れた様を見せている。素晴らしい。
 6時15分に約束したのに、川本はもう9分も遅れている。
9分あればスケアクロウなら3曲は演奏できる……俺のMC(曲間のしゃべり)が入れば1曲だろうが…
…仕方がないからポケットに入っている紙を取り出して読んだ。石川女子短期大学の概要。『螢雪短大』増刊号からコピーしたものだ。
 そういえば俺が高校生の頃は『螢雪時代』はあったが『螢雪短大』なんてなかったような気がする。情報は増え続け、けれど人はただ戸惑うばかり……

 ところで、『螢雪』なんて名称ははっきり言って変である。この雑誌は『中一時代』『中二時代』『中三時代』『高一時代』『高二時代』ときて、『螢雪時代』になるのだ。旺文社は高校三年生を高校生とは思っていないらしい。受験生だと思っている。
 ……そういえば俺が中学、高校生の頃にはこの『時代軍団』に対抗して、学研から『コ-ス軍団』というのが出ていた。昭和51年の3月、小学校の卒業式を間近に控えた俺達は、中学校に入学したら『中一時代』をとるか『中一コ-ス』をとるか、6年1組の教室を2分して争ったものだ。担任の藤村先生が間に入ってくれたのだが、これはそんなことで簡単にカタの着く問題ではなかった。なぜなら『時代』のイメージキャラクターは山口百恵で、『コース』は桜田淳子だったのである。つまり、我々は当時の2大アイドルのどちらを選ぶかというとてつもない難問を突き付けられていたのだ。これは今から思えば人生における重要な選択だったのかもしれない……もしかしたらどこかに統計でもないだろうか、『時代』を選んだ人と『コース』を選んだ人のその後の人生の違いというような……学研の『科学』と『学習』の選択とどちらが人生に重要な影響を与えたかもできれば知りたい……
 ……実は、自慢ではないが、俺は迷うことなく『時代』を取った。さすがだ。山口百恵と桜田淳子の差を中学一年生の段階で見定めることができるなんて……ホテルハナミズキ。

 「先生、来たよ。」
 またもや自分の美点を発見して満足気に微笑んでいる俺の右側に、川本はいつの間にか立っていた。見事だ。若い女の子のくせに『ゴルゴ13』の愛読者だろうか。黙って彼女の後ろに立つのはやめておこう。撃たれるかもしれない。
 時間は6時27分。なんと12分の遅刻だ。スケアクロウなら4曲はできる。俺のMCが入れば……やはり1曲だが……

 「いらっしゃい。」
 川本はこの考え抜かれた言葉には何の反応も示さず、黙って俺の左手に視線を向けた。職員室の明るく安っぽい蛍光灯の光の下で『わりかし』きれいな子は、薄暗い校舎の脇では『すごく』きれいな子になる。背景が包容力のあるゴミ焼き場なので尚更だ。
 「……その紙。」
 「ああ、例の短大の資料や。」
 「じゃあ、調べてくれるの。先生、ありがとう。」
 『すごく』きれいな子だと思い込んでしまった後に笑顔を見せられると、生きてて良かったと思う。さらに、背景がゴミ焼き場で良かった。
 「それで、1つ聞き忘れたんやけどな。」
 俺は左手のコピーを見た。石川女子短期大学の資料、創立は9年前。繊維会社の社長が学長ということで、定員は家政科:100名、生活科:80名、どういうわけか幼児教育科:100名。
 「その噂、どこから聞いたんや。」
 「え-とね……」
 川本は考え込んだ。この表情はかわいい。
というのも、女子高校生の考え込んだ顔はめったに見られないからだ。
 「ウチの部の先輩があそこに入学してね、夏休みに会った時に聞いたの。」
 「どんな話やった。」
 「えっとね」
 2回目は余りかわいいとは感じなかった。やはり新鮮だったからだけなのだ。
 「……その先輩は、幼児教育の人なんだけど、わたしが推薦入学でそこの家政科に行くって言ったら、気をつけた方がいいよって…」
 「そういう、変な噂があるから?」
 「……うん。」
 「どういう言い方だったか教えてくれるかな。」
 「え?」
 「その先輩の言った言葉で。」
 「……えっとね、」
作品名:Grass Street1990 MOTHERS 1-9 作家名:MINO