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鳴神の娘 最終章「絆を絶つ者」

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 聞き返す斐比伎に答えず、五十猛は磐城のほうを向いて、手に持った神剣・十拳剣を振りかざした。
「おい、伊佐芹彦! 吉備津彦を思い出したんなら、ついでにこれ見て俺の事も思い出しな!」
 五十猛は、人々全てに見せつけるように、十拳剣を振り回す。
 不愉快気な表情でそれを睨んでいた磐城は、やがて思い出したように呟いた。
「それは……確か、十拳剣。……では、お前は……」
「そーさ。吉備津彦の次にあんたの謀略にはまって殺された、古の出雲王・出雲振根だ!」
 五十猛は大声で叫んだ。
「出雲振根……出雲王? あなたが!?」
 驚いたのは、斐比伎のほうだった。
「そうさ、嬢ちゃん。俺も昔、あの皇子にあんたと同じ目にあわされた。あいつは本当に汚ねえ野郎だったよ」
 そう言いながら、五十猛は斐比伎に向かってにやっと笑った。
「つまり、今生に蘇り者は三人いたってことだよな」
「それにしても……あなたなんでそんなに楽しそうなの?」
 斐比伎は、怪訝そうに言った。
 宿敵に相対しているはずの五十猛の表情は随分と軽やかで--おかげで、すっかり調子を乱されてしまった。
「ああ? ……そりゃまあ、やっと宿願を果たせるって時だしな。こう見えても、俺だってここまで来るには、いろいろあったんだぜ。もうちょっと遅けりゃ、嬢ちゃんに先を越されちまうところだった」
 言うと、五十猛は豪快に笑った。
「それに、あいつと違って、俺は立ち向かう為にここへきたんだ」
「--立ち向かう?」
「ああ。俺は、確かに『振根』の記憶を持ってはいるさ。だが俺は、今生きている自分が、間違いなく『五十猛』だってことを知っている。だから、心の奥底まで振根の憎しみにひきずられることはない。--だが、あの皇子はまったく違うぜ」
 言うと、五十猛は急に真面目な顔になった。
「あいつは、『磐城』の自我まで『伊佐芹彦』に飲み込まれてる。もう、自分がどっちだかわかんねえんだ。……壊れちまってるんだよ」
「……そうなの」
 斐比伎は、磐城を見下ろして呟いた。
 あの美しい皇子の内側にあるのは、一体、どれほどのおぞましい混沌なのだろうか。
「……だが、気をつけな。注意しないと、嬢ちゃんもそうなるとこだったぜ」
「私--私が?」
 斐比伎は驚いて五十猛を見上げた。
 五十猛は頷いて、諭すように言う。
「大事なのは戦う理由と、自分が誰でいたいかって事だ。嬢ちゃんにはそれがわかるか?」
「私--私は……」
 斐比伎は燃え盛る宮殿を見渡して呟いた。
 炎が、人の造り出したものを飲み込んでいく。古からの大王が、多くの犠牲の上に造り出した権力の象徴は、こうして脆く儚く崩れ去っていくのだ。
 --けれど。大和の天空は、人の無惨な終焉とかかわりなく、ただ美しく輝く。
 光を放つ朝日を見上げて、斐比伎は思った。
 ……かえりたい場所。戻りたいところ。かけがえのない人。
 --その傍にいたい自分は、いったい誰なのか。
「……私は……斐比伎でいたいから……斐比伎でいるために……吉備津彦の残した負の絆を絶つんだわ」
 自分自身に言い聞かせるように呟くと、斐比伎は再び磐城を見据え、布都御魂剣を構えた。
「……もう、これで終わりにしよう。伊佐芹彦--いえ、磐城!」
 斐比伎は布都御魂剣を振り上げ、磐城に向けて雷撃を発した。
 磐城は素早く天叢雲剣を構える。神力を発して力場を作り、布都御魂剣の雷撃を無力化するつもりだった。
 --だが。
「--なんだとっ!?」
 磐城は驚愕の叫びをあげる。
 雷撃は天叢雲剣を真っ二つに叩き折り、そのまま磐城の胸を貫いた。
「何故だ……」
 崩れ落ちながら、磐城は呟いた。
「何故神力が発揮できない……前は……」
『……古とは違う』
 空に浮いていた若日子建は磐城の前に降り立ち、彼に向かって語った。
『伊佐芹彦だったお前は、かつてその旧く濃い天孫の血をもって、天津神剣の神威を発揮した。……だが、あれから長き時がたち、お前の身体に流れる天津神の血は薄められてしまった。……今のお前は、母の吉備の血のほうが濃いのだ』
 土に膝をついたまま、凄絶な瞳で若日子建を見上げていた磐城は、苦し気に顔を歪めると、狂ったように笑い出した。
「……ふ、ふふ、ははははは! なんてことだ。なんという呪われた縁だ! あれ程憎んだ吉備の血が、今、この私を滅ぼそうとは!」
 磐城は笑い続ける。--その姿は、どこか哀れに見えた。
「磐城……」
 斐比伎は、宿敵だった男を見下ろしながら、その名を呟いた。
 彼女の隣にいた五十猛は、塀から飛び降りると、磐城の前に立った。
「禍夢の終わりだ、大和の皇子。……出来るなら、今度は違う血の裔に生まれてきな」
 五十猛は十拳剣を振りかざし、磐城の背に突き刺した。
 末期の呻きを残し……磐城は息耐える。
 斐比伎は布都御魂剣を持ったまま、塀から飛び降りた。
 絶命した磐城を見下ろし……呟く。
「……終わったのね。これで……」
 磐城は、死してなお美しかった。
 絡まった負の絆の果てに、消えていった大和の皇子。もしも縁がこんなふうにもつれていなければ……自分たちには、違う道もあったのだろうか?
「--いや。終わってないさ、まだ」
 斐比伎の後ろで、五十猛が言った。
 驚いて振り返った斐比伎に、彼は十拳剣をつきつける。
「俺とあんたの戦いが残ってる」
「私とあなたが--戦う? どうして!」
 切っ先を向けられたまま、斐比伎は信じられない思いで叫んだ。
「……それはな、嬢ちゃん」
 五十猛は、それまでの彼とは打って変わった真剣な面持ちで告げた。
「俺が国津神の裔で……あんたが天津神の裔だからだ。--さあ、神代の決着をつけようぜ」 


 --神代。
 おかした罪により、高天原を追放された須佐之男神(すさのおのかみ)は、出雲の地へと降り立った。
 その後、須佐之男の末裔であり、国津神の祖となった大国主神(おおくにぬしのかみ)は、海の彼方より現れた少彦名神と義兄弟の契りを結び、旅をしながら国津神の仲間を集めて、「国造り」を行なった。
 ある時、高天原の主神である天照大御神は、この地上を統治する支配者として、自らの子孫を降臨させようとした。
 しかし、地上に生まれた国津神達は、高天原に坐す天津神の要求に従わなかった。そこで天照は、天津軍神である武御雷神をつかわし、地上を平定させることにした。
 国津神達はやがて、武御雷神に従うこととなった。しかし、最後までこれに強硬に反抗したものがあった。大国主神の子にして国津軍神・建御名方神(たけみなかたのかみ)である。
 武御雷神と建御名方神は戦い、武御雷神が勝利した。……そして、「国譲り」は行なわれた。

「……出雲王・振根の妻は、建御名方神の神裔にあたる巫女だった。そしてその二人の間に生まれた子の、更に裔に生まれたのが、この俺ってわけさ」
 斐比伎を見つめながら、五十猛は言った。
「国津神の血を引いた、出雲振根の生まれ変わり。……な、あんたと似てるだろ? 血も魂も、背負った縁がぐちゃぐちゃだ」
「だからって……」
 五十猛を見返したまま、斐比伎は困惑しながら言った。