Da.sh Ⅱ
「うーむ、しかし、たいしたもんだな。構造自体はシンプルさが伺える。特許申請は、どうされているのですか?」
山科技術部長の問いかけに、太郎さんはオレを見た。背筋を伸ばして腰かけたまま、代わりに答えた。咳を交え、声を喉に絡ませて少し濁らす感じで。
「ほとんどは既存の技術の応用ですが、核心部は、ブラックボックスです」
「技術を買うに当たっては、そのブラックボックスの中身も明かしてもらえるんでしょうな」
「はい、もちろんです。ただ、特許を出してしまうと、技術力のある企業は多くありますので、すぐに実用化されてしまう恐れがあります」
「なるほど。特許出願にも善しあしがありますからな」
オレの体から湯気が立ち上っているのではないかと思うほどに、体と頭がゆだっている。成功にこぎつけた、という興奮が加わっているのだ。息を継ぎながらそれだけを言い終えると、ソファに深く体を沈めた。
あ〜つ〜い〜〜。汗で衣類がびっしょりと濡れてきている。水分が失われて頭がボーッとした感じだが、がんばれ、もう少し、だ。
星は満足げな表情を浮かべて、ソファに足を組んで座り、山科技術部長と囁き合っている。
10分ほど経過するとようやくノック音が聞こえ、三村経理部長が書類を手にして現れた。
それを受け取った星は内容を確認し、差し出してきた。
「入金は済ませました。1億5000万円です」
「すみません。頭がボーッとしていたために携帯を持ってくるのを忘れて入金を確認できないので、契約書は持ち帰って、確認後すぐに返送するということではまずいですか。社の者は、今日は全員出尽くしているのです。誠に申し訳ないのですが」
「ハッハッ、構いませんよ。なかなかお忙しいご様子で何よりです。御社のことは信用調査をした上で、信頼に足る会社だと確信しておりますので、お気兼ねなく」
それも俊介君のお蔭だ。そこまでする必要があるだろうか、と口に出して言ったら、明良君は「シュンにまかせておけば大丈夫だ」と言っていた。ハッカーとしての腕は優秀らしい。
上機嫌な星慎之介に対して三村経理部長と、山科技術部長の顔が心なしかしかめられたのを、オレは見逃さなかった。
しかし、俊介君の細かいところまでの細工と、明良君と守君の計画性と実行力には感謝しなければならないぐらいだ。オレひとりでは、ここまで出来なかっただろう。