Da.sh Ⅱ
急に腕を取られて、路地に引き込まれた。
自分の思索の世界から引き戻され、腕をつかんでいる源さんを見た。口に指を当ててから親指を伸ばして、通りを指し示している。
建物の角から、指が差している方向を、そーっと窺い見た。
源さんが時々調達してくる、今から裏口へまわろうとしていた高級料亭の玄関口に立っている男が、ふたり。
繁華街の喧騒から少し離れた所に立地しているここの、玄関灯の仄暗い明かりの下でも、ひと目でその筋の者と分かる、恰幅のいい男と並んで立っている奴を見て、オレはびっくりした。
三ツ星製作所の開発部にいた時の先輩、星慎之介である。見間違いではない。
も一度顔を突き出して、確認し、すぐに引っ込んだ。
目の前の道を通り過ぎる時に、「長年惚れ抜いたいい女な」とだけ聞こえていた声には、覚えがある。路地から出て、ふたりの後ろ姿を見送った。
源さんがオレの顔を見上げて、「知ってるのか」と言うその顔の、いつもは垂れて瞳が隠れている目が、少し開かれて光が宿っている、ように感じた。話言葉にも、いつにない厳しさが感じられる。
「ああ、こちら側にいた奴ですけど」
「ほぅ、誰だい?」
「源さんは、どうして身を隠したんです?」
「いやな、隣を歩いていた奴を知ってるからだよ」
「誰なんです?」
「若獅子会のボス、虎尾強。家吉会、って知ってるかい」
「はい。関東最大の暴力団で有名」
「その傘下に入ってる、元はぁ、家吉会の組員だ。でぇ、その横にいた奴は?」
「オレが勤めていた時の部署の先輩です。星慎之介、という名前」
「どこに勤めてたのか、聞いて、いいかな」
オレは黙った。別に隠す必要はないかもしれないが、オレと一緒に今いる仲間たち、みんな素性を隠していて、過去のことはお互い、何も知らない。
しかし、「三ツ星製作所。開発部にいました」と、今は信頼をおいている源さんに口を開いていた。
「星、慎之介とやらは、三ツ星創業者の縁者、かな」
「さぁ、どうでしょうか。オレは出向が多くて、人間関係についてはよく知らないんです。噂はあったかもしれませんが・・・そういえば、会長も星ですね」